195:布を織らせよう。
「さて二人とも、さっき言ったようにやってみてくれ」
アリア様の言葉にシルクが頷き、ラキを手に乗せ織機の前に置かれた小さな椅子へ向かう。
あぁ、シルクの大きさに合わせて作ってあるんだな。
確かに私が使うには少し大きすぎる。
シルクは椅子に座り、張られた糸の横にあるL字型の台にラキを乗せた。
あぁ、あれはラキ用の足場か。反対にもあるし。
糸とは反対側に壁があるのは転落防止用かな?
足元のペダルを踏んで、二つのパーツに交互に張られた縦糸を上下に動かすシルク。
確認してなにやら納得がいったのか頷いて、ラキの乗った台を指で叩いて合図を送った。
合図を受けたラキは端の縦糸に向けて糸を放って、ぴとっとくっついたのを確認して糸の間にある三角形の隙間に飛び込み、少し太めの糸を伸ばしながら縦糸の上をダッシュ。
一気に反対側まで駆け抜けて台に向かってジャンプし、壁を蹴る様にして止まった。
あー、あれが無いとこの子吹っ飛んで行きかねないのね。
ラキが通り抜けたのを確認してからペダルを踏み、縦糸の上下を入れ替えてラキの糸を挟み込むシルク。
入れ替わって隙間が広がり始めた時点でラキが飛び込んだ。
うわ、ちょっと危なくないか?
そんなタイムアタックしてる様なスタート切らなくてもいいだろうに。
シルクは二本目の横糸が通ったのを見て、奥にある目の細かい梯子の様な形のパーツを手前に引っ張ってきた。
あー、あれでトントン叩いて横糸を均すのね。
均し終えて梯子を奥に戻すシルク。
あ、戻り始めた瞬間にラキが飛び込……もうとしてシルクの手にぶち当たった。
手の甲のラキが落ちない様にすぐに横にしてから、台に近づけて縦にして転がす。
うん、まだ縦糸を入れ替えてないからね。そりゃ阻止するよね。
数往復もすればお互いに慣れてきたのか、だんだんとペースが上がって行く。
おー、文字通りのシャトルランだな。ペースが上がるのも含めて。
まぁこっちは別に遅れても問題は…… あ、先走ったシルクに梯子でむぎゅっと挟まれた。
シルクは慌てて梯子を戻し、ラキは台に飛び乗って両手を上げて威嚇のポーズで抗議する。
うん、二人とももうちょっと落ち着きなさい。
別にそんな急ぐ必要は何も無いんだから。
「はっはっは。まぁ動作に問題は無い様だな。白雪、これもお前にやろう」
「またそうやって貸しを増やしていくんですから……」
「なに、元々材料はお前の物だし、待っている間の暇潰しで作った様なものだから気にするな。それにだ」
「何です?」
「このサイズで我々にどう使えと言うのだ」
「あー、まぁそれはそうですけどね…… うぅ、ありがとうございます」
人間には小さすぎて【妖精】には大きい、シルク専用みたいなサイズだからなぁ。
というかシルク一人でやるには少し幅が広いから、シルクとラキが揃って初めて機能するサイズか。
両側に手は届くけど、普通のシャトルを投げるには少し辛そう。
というかラキ用の足場が邪魔になりそう。多分取り外せるんだろうけどね。
「代わりと言っては何だが、今織った布を貰っても良いか?」
「あ、はい。もちろんですよ」
「あぁ、残った糸はそちらに譲ろう。というか糸を巻いている軸もその機械に合わせた物なのでな。外すのも中々に手間なのだ」
「うぅ、先回りして逃げ道を塞がれる」
「外せなどと言うなよ? その小さな軸にちまちまと巻いていったコレットの努力が無駄になるからな」
「余計に言えなくされた……」
まぁ小さなって言っても太さ自体は普通の棒っぽいけど。
ただ薄くて広い円盤みたいな形の物をずらっと並べた感じの仕組みだから、一つ一つ巻くのはかなり大変そうだ。
「ラキ、布はそこまでで良いから端っこを引っ付けちゃってー」
話している間にシルクと和解していたラキに指示を出し、糸の端が外れていかない様に引っ付けてもらう。
あ、最初に手前側にあった軸、もう一本あるんだな。
シルクが足元にあった軸を取り出して布になった所の少し先で縦糸をまとめて挟み込み、切り離しても糸がバラけない様にした。
「コレット」
「はい」
アリア様に声をかけられたコレットさんがスッと近寄っていき、布と新しい軸の間を細い指でツーっとなぞる。
……なぞった所の糸が綺麗に切断されて、布がはらりと垂れ下がった。
相変わらずどうなってるんだあの人は。
コレットさんが機械から軸を外して、その軸に巻かれた布を回収して予備の軸入れに戻す。
その手が引っ込められたのを見て、持っている糸付きの軸をセットし直すシルク。
微妙に息が合ってるのはなんなんだ。良い事だけどさ。
結構往復してたと思ったけど、布になったのを見るとまだ横幅と同じくらいしか進んでなかったんだな。
カトリーヌさんより少し小さいくらい、人間で言うと十五センチくらいの四角い布になってた。
「ふふふ、これをティーの奴に自慢してやるのだ……」
ティーって誰だろ。
まぁよく解んないけど喜んでるみたいだから良いか。
「さて、それでは我々は失礼するとしよう。と言ってもすぐにもう一度立ち寄るが、気にしなくて良いぞ。ソニアを連れてくるだけだからな」
「あ、はい。そうか、地下室出来てますもんね」
「うむ。それではまた会おう」
「アリア様、肩のぴーちゃんは置いていってくださいね」
「むぅ。ほら、主人の所へ戻って良いぞ」
アリア様の肩から飛び降りる様に加速して、そのまま宙を滑ってテーブルに戻ってくるぴーちゃん。
毎度攫おうとしないでほしいんだけど。
まぁ明らかに突っ込み待ちでやってるっぽいから良いけどさ。