190:突き落そう。
「ごちそうさまー。んっ、ありがとね、シルク」
完食して水を一口飲み、口を拭われて一息。
うん、ぴーちゃんとラキも満足したみたいだね。
突然ぴーちゃんの羽の上からピョンっと飛び降り、カトリーヌさんの足元へダッシュするラキ。
どうしたんだろ?
「おや、ラキ様。私に何か至らぬ点でも御座いましたか?」
ごく自然に自分の立場を召喚獣の下に置くな、この人。
なんで叱られるっていう前提で話を…… あぁ、特に無くてもそういう事にして叱って欲しいからか。
考えるまでも無かったな。
ラキは両手を交差させて×印を作り、首を振って否定した。
少し上体を後ろに傾けたシルクのおなかにぷにっと寄りかかり、顔だけ傾けてカトリーヌさんの方を眺める。
隣に居たぴーちゃんが私の体の上に、そっとおふとんの様に羽を被せてくれた。
おー、ふかっとしてほんのり温かい。ありがとね、ぴーちゃん。
「あら、それでは私に何かご命令でも?」
笑顔で首を振り、お尻をぴっこぴっことリズミカルに振りながらカトリーヌさんに向けて手を伸ばす。
「あー、もしかして遊んでほしいんじゃないの?」
「もしくは求愛の踊りなのでは?」
私の言葉にうんうんと頷き、食べながら見ていたレティさんの言葉に「ちがうよ!?」といった感じの焦った顔でぶんぶん首を振る。
そんな必死に振り回したら、首が痛いでしょうに。
「そうですか。それでしたらただ一言『私と遊べ』とお命じくだされば、如何なる『遊び』にもお付き合いさせて頂きますのに」
「いやいや、ラキは喋れないからね。無茶言っちゃ駄目だよ」
ていうか『遊び』に変な含みを持たせるんじゃない。
ラキはそんな子じゃないぞ。……うん、多分。
「あ、そうでしたわね。申し訳ありませんでした、ラキ様。この無礼に対する罰は如何様にも……」
いや、自分がやって欲しいだけでしょ?
別にラキは全然気にしてないし。
ん、あれ? なんで悪戯を思いついた様な顔してんのさ、ラキちゃん。
じっと自分を見ているカトリーヌさんの顔を見て、カトリーヌさんが揃えて寝かせている膝を指さしてからその手をクイッと垂直に立てる。
「脚を揃えて立てればよろしいのでしょうか?」
足の裏を板に付け、まっすぐ座った状態になったカトリーヌさんを見てうんうんと頷くラキ。
とことこと足に近づいて行って、カトリーヌさんの足指に自分の足をかけよじ登っていく。
足の甲を尖り気味の細い脚で這い回られてかなりくすぐったそうだけど、足の上にラキが居る為に迂闊に動かすことも出来ずに、脚に力を込めてふるふる震えるカトリーヌさん。
これが罰かな……と思ったら違ったらしい。足首の所まで行ったラキは、お尻から糸を出してカトリーヌさんの足にペトッと貼り付ける。
何をするのかと思って見ていると、そこから飛び降りて糸を伸ばしながらピョンピョンと足の周りを跳ねまわり始めた。
見る見るうちに真っ白い糸に覆われていく、カトリーヌさんの両足首。
あ、なんか凄い嬉しそうっていうか期待に満ちた顔してる。
まぁそうだよね。カトリーヌさんだしね。
最後に縛られた足同士の隙間をもぞもぞと通り抜けて、縛った糸を縦に数回巻いてキュッと締める。
うん、真ん中をきっちり閉じたから縄抜けできなくなったな。
で、それどうすんの?
あれ、何もせずに糸を伸ばしながら離れていく。
少し余分に出しながら歩く事でたるませておいて、反対側の端を台の端っこに貼り付けたぞ?
あ、笑顔で駆け戻ってきた。
えーと、なんとなく想像は付いたけど……
カトリーヌさんの足元に戻ったラキは、足から少しだけ離れた所の糸を掴んで引っ張る。
「はい…… はい?」
引っ張られたのを歩けって意図だと解釈したカトリーヌさんが立ち上がろうとしたけど、自分の体重など無いかのように軽々と引きずられて呆気に取られている。
ラキちゃん凄いな。力持ちだとは思ったけど、私達くらいなら余裕で運べるのか。
この分だとぴーちゃんも普通のスズメくらいには頑丈で力持ちなんだろうな。
さっきもお姉ちゃんの頬ずりに耐えて反撃してたし。
触った感触は私達と同じ柔らかさなのに、なんかズルいぞー。
あ、台の端に到着したな。
「あの、もしやああああぁぁぁぁぁぁ」
仰向けに転がったまま問いかけようとしたところでポイッと台から投げ出され、悲鳴を上げながら落下していくカトリーヌさん。
まぁ私の位置からじゃ全然見えないけどね。
【魔力感知】で大体の位置は判るから問題は無いだろう。
「おぉ、酷いな」
「でも嬉しそうだね。おー、伸びる伸びる」
あ、ラキの糸もゴム状に出来るんだな。
「ぁぁぁぁぁああああぶへぁっ」
足元の板から何かが衝突した様な音が鳴る。
いや、どう考えてもカトリーヌさんが衝突したんだろうけどさ。
台の端に立って下を覗きこんでいたラキの顔が、「あ、やばっ」って感じになってる。
ゴムで戻ってきて足場にぶち当たるのは想定外だったのか。
糸をくるくる巻き取っていき、だらんとぶら下がっているであろうカトリーヌさんを釣り上げるラキ。
お、見えた。うわー、おでこにでっかいコブが出来てる。
よくそれくらいで済んだな……
カトリーヌさんを台に横たえたラキは足の糸を外して輪っかにまとめ直して、「ごめんね、ごめんね」と申し訳なさそうな顔でカトリーヌさんに差し出した。
「いえ、大丈夫です。それは白雪さんにどうぞ」
「ん、お詫びの品なんだし受け取ってあげたら良いんじゃないかな。いいよ、気にしないでーって事でさ」
「……そうですわね。それではラキ様、ありがたく頂戴致しますわ」
あ、ほっとした顔になった。ちゃんと反省するんだよー。
「それにしてもカトリーヌさん、自分で飛べるんだし何も素直にぶつからなくても」
「いえ、バンジージャンプをさせられている最中に自力で飛行するのは、あまり空気が読めてないかなと思いまして」
「まぁそうかもしれないけど」
「流石に死に戻るのは遊んでくださったラキ様に申し訳ないので、一応ぶつかる直前に衝撃は弱めましたわ」
「あぁ、それでコブが出来たくらいで済んでるんだね」
「そのままの勢いでというのも魅力的ではあったのですが、ラキ様に遊んで頂けなくなってしまっても困りますので」
「うちの子に変な遊びを覚えさせないでよ?」
「えぇ。大丈夫ですわ」
うん、悪いけど全然信用出来ないぞ。
あと私の足に治癒の効果は無いから、私の足指で患部を覆うのやめない?
あぁほら、反対の足に「それ楽しいの? 私もやるー!」って感じでラキちゃんが来ちゃったじゃないか。
二人が仲良さそうなのは良いんだけど、くすぐったいよぅ。
こらこらラキちゃん、親指に抱き着いてちゅっちゅしないのー。
君そういうのじゃないでしょう?
まぁ多分私の体ならどこでも良くて、カトリーヌさんみたいな意味は無いんだろうけどさ。
うぐ、私もご主人にひっつくーって感じでぴーちゃんが胸のフカフカを私の顔に乗せて来た……
更に私達二人をまとめて抱きしめる様に、シルクの両手が添えられる。
むぅ、ぷにぷにとふわふわと変態に包まれてしまった……