186:人で試そう。
「とりあえずやってみるか…… カトリーヌさん、口開けてー」
「はい、どうぞ」
仰向けにだらーっと転がったカトリーヌさんの横にしゃがみ、翅の先端を口元に持っていく。
「でもさっきどれくらい吸ったのかよく解らないな…… ちょっとずつ行こうか」
「一気に来て頂いて構いませんよ?」
「いや中和出来ないかって目的だからね?」
別にカトリーヌさんを喜ばせる為に追加する訳じゃないのだよ。
翅の先に【麻痺(硬直)】の粉を少しだけ精製して、根元をトントン叩いてカトリーヌさんの口の中に落とす。
「毒になっても味は変わらないんですのねぇ」
「へー。で、脚はどんな感じ?」
「……ふむふむ、どうやら中和はされない様ですわね」
手を伸ばして腿を両手で揉み、確認しつつ答えるカトリーヌさん。
むぅ、ダメかー。
「弛緩しているか硬直しているかの違いはありますが、私の自由にならない事には変わりない様です」
「そっかー。……なんか脚の形が妙に見えるけど、どうなってるの?」
微妙にデコボコしてて、普通だと有り得ない力の入れ方をした感じになってる。
「弛緩したままの部分と硬直した部分がありまして、揉んでいて違和感がもの凄いですわね。触ってみますか?」
「良いの? ……うわ、何これ怖っ」
「断面を色分けするとまだら模様になっていそうですわね」
「怖って言うけどさ、周りから見ればそれをやった白雪の方が怖いと思うぞ?」
「わざとじゃないやい。しかしどうしたものかな?」
少なくともこんな奇妙な感じにしたのはわざとじゃないぞ。
「私としては別にこのままでも。ほら、飛んでしまえば脚なんてただの飾りですわ」
「なんか腰の所から力が入ってないから、すっごいダレてるように見えるけどね」
あと方向転換した時に、勢いに引かれて脚がブランブランしてるし。
まぁ中和出来ないなら仕方ないかー。
【妖精】に効くような毒が人間の魔法で治療できる気もしないしね。
あぁ、【妖精】の魔力で普通の治癒魔法を…… いや、こんな酷い状態を治せそうなの覚えてないや。
……とりあえず【妖精吐息】でごまかせないかな?
「カトリーヌさん、下半身ブラブラさせて遊んでないでちょっとこっち来てー」
なんか硬直が混ざってるせいで奇妙な動きになってて、その具合を色々動かして確かめてるっぽい。
「すみません、なんだか楽しくなってきておりましたわ。何でしょう?」
「いや、気休めに吹いておこうかと思ってね」
近づいてきたカトリーヌさんの下半分に満遍なく息を吹きかける。
ええい、くすぐったそうな声を出すな。
まぁくすぐったくても身が捩れなくて変な感じなんだろうけどさ。
「あら? なんだか…… あ、今少し動きましたわね」
「あ、ほんとだ。もっと吹いとく?」
「いえ、なんだか吹かれてから少しずつですが、麻痺が抜けていく感じがしますわ。これでしたらその内、元に戻るのではないでしょうか」
「残念そうな顔で言われても微妙な感じなんだけど。まぁ治せるなら良かった」
放っといたら一度死んでリセットしそうだしな、この人。
そういえば食べていいよって言ったけど、ぴーちゃんは手が無いから食べづらいんじゃないかな?
あ、シルクが手に取って舐めさせてあげてる。
うん、羽が砂糖まみれになったら洗うの大変そうだしな。
……走り回ってるラキは手遅れだな。あれお腹に付いた粉をどうやって取るつもりなんだ。
シルクに怒られても知らないぞ?
いや、人型部分の外見年齢は新人二人ともシルクどころか私よりも上なんだけどさ。
しかし今更だけど砂糖のみをモグモグ食べてるってどうなの。
食べて良いって言ったのは私だけどさ。
……まぁ喜んでるならいいか。
「んー、カトちゃんに通じるって事は人間なんてひとたまりも無いって事かなー?」
「試してみる?」
「うーん、力が入らなくなる奴なら大丈夫かなー?」
「いや、冗談のつもりだったんだけど」
「止めておいた方が良いのでは……」
「即死する可能性が高そうな気がするぞ?」
「でもさー、どうなっちゃうのか気にならない?」
「解らなくも無いけど…… あ、【石化】とかどう?」
「お姉ちゃん、なんで困惑したみたいな顔のまま殺しにかかってるのさ」
「それもちょっと気になるけどやめとこっかな。どうせやるなら門の脇とかでやりたいよね」
「いや、私の変な噂が更に悪化しそうだから勘弁して」
既に色々酷い事になってそうなのに『人を攫って石像に変えて飾る』とか追加されても困る。
死に戻りで消えそうではあるけどさ。
「よっし、それじゃユッキーカモンカモーン」
「えー、本当にやっちゃうの?」
「だいじょーぶさー。今なら死んじゃっても夜にはまた美味しくなってると思うしー」
「いやそんな心配はしてないけどさ。っていうか晩御飯になるのは決定事項なんだ」
というか死んじゃいそうってのは大丈夫じゃなくない?
「え? そりゃそうでしょ?」
「そんな『何言ってんの?』みたいな反応されても。まぁ仕方ない、それじゃこっち来て」
皆の近くでやって、粉が風に乗って吸い込んじゃったりしたら困るからね。
「うぃー。あ、倒れたら危ないし最初から転がっとくねー」
あー、確かに。下が芝生とはいえ頭を叩きつけると痛いじゃ済まない可能性もあるか。
角度が悪いとそれが原因で死に戻る羽目になりかねない。
「それじゃ行ってみようか。何か希望はある?」
「んー、種類の指定だけで他は初期状態でいいんじゃないかなー。私は飛べないから脚でも全身でも動けないのには変わらないし」
「解った。よし、行くよー」
「どんとこー……ぃ……」
「あれ?」
私、自分でも見えないくらいにしか出してないんだけど……
顔の上で少しだけ出して、翅をトンと叩いて落とした次の瞬間にエリちゃんが動かなくなった。
「えっ? ちょっと雪ちゃん、それ生きてるの?」
「息をしていない様に見えますが……」
「おいちょっと待て、息どころか心臓も止まってないか!?」
うっわ、これはまずい。
とりあえず急いで【妖精吐息】を胸の辺りに吹きかけよう。
せめて脈と呼吸だけでも戻さないと……
「……ぅあー、しーぬかと思ったよー」
「えっと、何言ってるか聞き取れないけど多分『死ぬかと思ったよ』だよね?」
「うー」
なんとか死に戻りは阻止したけど、まだかなり麻痺が残っているらしく全然呂律が回ってない。
ここまで効くとは流石に思わなかった……
「うー、あー、らー、ぬー、かーっぱーっぱー」
「喋れるか試してるの解るけど、何で河童……」
「いみは、ないー、よー。うん、らいう、良くなってきた」
濁点が付くのは微妙にダメっぽいな。
「ぱ」は言えたのにな。
「体の方はまだ無理そう?」
「んー、しあらく、らめ、かなー。いやー、強力らねー」
「まさかあれだけで沈むとは思わなかったよ」
「こっちも、まさか、本当に全部あ、ゆるゆるに、なるとはー」
「心臓や横隔膜もやられちゃってた感じ?」
「んー、多分ー。少し意識あ、曖昧らった、けろねー」
まぁ血が止まった訳だしそうもなるのかな?
「ほれもらけろー、目玉すら、うろかせなかったよー」
「完全にオフにされちゃってたんだねぇ。まぁ生きてて良かったよ」
「これ、半端に生きてる方が、しんどい気もするけろねー」
あー、まぁ確かに死に戻りすればペナルティが付くとは言えすぐに元通りだもんなぁ。
とはいえペナルティは貰わないに越したことはないだろう。
あ、今ちょっと濁点が言えてたな。
「まー、美味しいままの方が、良いよねー。おー、ちょっと指が、動かせたー」
いや、味の心配はしてないけどさ。
とりあえず追加の【妖精吐息】を全身に振りかけて、ご飯を食べに行くまでに頑張って回復に励んでもらおう。