183:仲良くさせよう。
「ラキちゃーん、それ敵じゃないから大丈夫だよー」
急に後ろから触るとびっくりさせてしまいそうなので、声をかけてから【妖精吐息】をフッと吹きかけて注意を引く。
お、止めてくれた。
ほー、クモって意外とフサフサしてるんだなぁ。
あんまりちゃんと見た事ないんだよね。
クモの顔があるはずの場所から、女性の上半身が生えてる。
……おへそあるんだ。まぁそういうデザインってだけかな。
ぴーちゃんだって鳥なのに無駄におっきいし。
この子はちゃんと上も着てるんだな。
上もっていうか下はクモだから穿きようが無いんだけどさ。
なんていうか、うん、綺麗な顔ではあるんだろうだけど……
バッサリ一言で言うとアホの子っぽい。
いやアホの子っていうか、勢いだけで生きてそうな感じだ。
無駄に元気が有り余って、笑顔で叫びながら走り回ってそうな雰囲気がある。
「ラキちゃん、ちょっと口閉じてじっとしてみてくれる?」
私の言葉を聞いてちょっと首を傾げつつも、言ったとおりにしてくれた。
うん、やっぱり。黙って動かなければ良い所のお嬢様って感じだな。
あ、十秒もしないうちに我慢の限界がきたらしい。
口を開いたとたんに印象が「美女」から「無駄に元気な人」になっちゃうな。
うーむ、これが一種の残念美人って奴か……
「うぅ、嫌われた上にそれって言われたー」
「あんたはもうちょっと落ち着きなよ」
「まー自分の何百倍もある生き物が迫ってきたら怖いよねー。あの大きさじゃそれが日常だろうけど」
うん、私も知らない人にいきなりあんな接近されたら怖いかな。
ラキちゃんがずっとこの大きさで生きてきて慣れてたとしても、簡単に自分を殺せるって事には変わりないんだし怖いだろう。
「白雪さん、その子をこちらに乗せて頂けますか?」
「はーい。ほら、行っておいで。この人たちは敵じゃないから安心していいよ」
レティさんがゆっくりと近づいて来て、そっと左手を差し出してきたので中指の先にラキを乗せてあげる。
うわー、人間の手の上にいるともっとちっちゃく見えるなぁ。
小指の爪より小さいんじゃないか?
「一応言っておくと、その子の名前はラキだよ」
さっきから何回か呼んだのは聞こえてたと思うけど、一応ね。
「はい。よろしくお願いします、ラキさん」
レティさんの挨拶を受けたラキは中指の上を一瞬で走り抜け、付け根の近くから一気に手の平の真ん中までジャンプしてそこでぺこりと挨拶をした。
流石に凄い速さだな…… ジャンプなんて目で追うだけで精いっぱいだったよ。
皆も怖がらせない様に少しだけ距離を開けて順番に挨拶していく。
「うー、ごめんってばー。許してよぅ」
「こらこら、お姉ちゃんを威嚇するのは止めてあげなさい」
あー、威嚇はやめたけどちょっとむーって感じの顔のままだ。
まぁその内馴染んでくれるだろう。
「ぴっ」
あ、挨拶に来たぴーちゃんと目が合ってバックステップした。
「ぴぅー……」
またも怯えられてしょんぼりするぴーちゃん。
まぁ同じサイズのカトリーヌさんが怯えちゃうくらいだしなぁ。
あ、スズメってクモも食べるんだっけ?
でもハーピーとアラクネだし、それは関係ないか。
「ほらほらラキちゃん、ぴーちゃんは怖い子じゃないよー。同期なんだし、仲良くしようねー」
私に促されておずおずと近寄って行き、レティさんの手の端で「ごめんね?」って感じに頭を下げるラキ。
それを見たぴーちゃんがそーっと羽を近づけて、ラキが小さな両手で先端を掴んで握手。
うんうん、良い子たちだ。
……目が合ってまたバックステップした。
うん、まぁそこはちょっとずつ慣れていってもらおう。
ほらほらぴーちゃん、元気出せー。
お、やっぱ背中側ももふもふして気持ち良いわこれ。
「ところでその子たちって、何か能力とかはあるのかな?」
ふと思い出したように聞いてくるお姉ちゃん。
「あー。どうかな?」
ぴーちゃんに問いかけてみると少ししょんぼりした顔で「ぴー……」という返事が返ってきた。
他の子たちも特にある訳じゃないし、気にしなくていいんだよ。
「ラキはどうかな?」
レティさんの手に乗ったままのラキに向けて聞いてみると、誇らしげな顔で胸をどんと叩いた。
どうでもいいけどラキは私と同類だな。まぁ今はそこじゃない。
「あ、何かあるの?」
頷いてからくるっと振り向き、お尻をぴこぴこ揺らす。
どうしたのかと思ったら、突然手の端に向けてダッシュを始めた。
「ちょっ、何を!?」
手の平の端まで行って果敢に大ジャンプ。
受け止めに……行こうと思ったら、途中で何かに引かれる様に落下の軌道が変わった。
あー、そうか。クモ糸かー。
レティさんの手の端を支点にして振り子の様な軌道を描いてくるっと一周。
最初に居た位置に綺麗にしゅたっと着地して、どうだーって顔になった。
「おぉ、糸か。まぁそりゃ下半身はクモだし、糸くらい出すか」
「おー。上手いもんだねぇ」
「あの、少し巻いて頂くわけには……」
「はいはいそういうのは後でね。まぁやるかどうかは別だけど」
自分に正直な人をさっと受け流し、レティさんの手に付いた糸を回収しに行く。
……むぅ、私の力じゃ取れない。流石に頑丈だな。
「白雪さん、自分で取りますよ。……あっ、ごめんなさい」
レティさんが糸の端を摘まんでくるっと自分の手から外したら、まだ繋がっていたらしくぷらーんとぶら下げられるラキ。
わたわたと上半身を動かして糸に掴まり、再度手の平にそっと降ろされるまで大人しくしていた。
まぁ暴れてもどうにもならないからね。
降ろしてもらったラキは自分のお尻から糸を切り離し、くるくると自分と同じくらいの大きさの輪に束ねて私に笑顔で差し出してきた。
あ、うん、ありがと。
ふーむ、だいたい私と同じくらいの長さの糸か。
つい受け取ったけどどうしたものかな。
まぁ色々使い道は有るだろうし、とりあえずボックスにしまっておくか。