180:見物しよう。
「それじゃ、中でねー」
そろそろゲーム内が朝になるので、お喋りを止めてお互い部屋に戻る事に。
手を振ってリビングを出ていくお姉ちゃんを見送り、コップなどを片付けてから私も部屋へ。
ベッドに転がりギアを付け、ログイン操作をして意識を手放す。
あー、やっぱりお布団がぬくいなぁ。
まぁこのままゴロゴロしてる訳にも行かないし、とりあえずシルクを呼ぼう。
本音を言うとこのまま好きなだけ転がっていたい所ではあるけど、どうせお姉ちゃん達につっつかれるだろうし。
呼び出したシルクにベッドから抱き上げられ、鏡の前に浮かべられる。
……何故ガウンをベッドに残して、裸の私だけを抱き上げたのか。
まぁ良いけどさ。どうせ脱がされるんだし。
少しだけ待たされて妖精の服を着せられ、その上に普通の服を着せられた。
うん、今日もいい感じだな。
そうだ、スキルのチェックを…… ってなんか外が騒がしいな。
どうしたんだ、こんな朝っぱらから。
カーテンを開けバルコニーに出て外の様子を見てみよう。
えーと、凄い混沌としてるけど何が起きた。
……あー、これ多分アヤメさんが褒めちゃったんだな。
唖然とした顔のアヤメさんの目の前に小さなお立ち台が置かれ、その上で魔人のお姉さんが筋肉を披露してるし。
それだけならまだ良い……いや良くは無いけど、更に一緒に居た大工さん達が背後で音楽を奏でている。
鬼のおじさんが歌って、熊さん二人が伴奏か。
……おじさん、めっちゃいい声だな。
熊さん達は芝生に敷物を敷いて、その上に座って弦楽器と太鼓を演奏してるけど、あの楽器なんだっけ?
そうそう、シタールとタブラだ。現実だとインドの方の楽器だったっけかな。
スキルを使っているのか妙に気分が高揚するBGMの中、ライカさんと同じチューブトップとホットパンツ姿で様々なポーズを取り、筋肉をこれでもかとばかりに見せつけている。
あ、良く見たら演奏してる熊さん達の横に上着が置いてあるな。
それをお弁当を食べながら笑って見ているライカさんともう一人の鬼のおじさん。
あぁ、あれから作業を続けてて今は休憩時間なのか。
レティさんとエリちゃんも一緒に座って見物に回ってるな。
とりあえずめーちゃんに手を振って挨拶して、理解が及ばずに混乱しているお姉ちゃんの元へ。
「やっちゃったんだねぇ」
「あ、雪ちゃん。さっきの忠告はこういう事だったんだね……」
「うん。ジョージさんにこうなるからって言われたんだよね。まぁ音楽まで入るとは聞いてなかったけど……」
よく考えたらこの人達、朝から人の家の前っていうか庭の中で大騒ぎしてるのか。
まぁログアウトしてて居なかったし、別に良いんだけどさ。
多分文句言ったら、素直に止めて謝ってくれるだろうし。
「おはようございます」
「あ、カトリーヌさんおはよー」
「おはよー」
「朝から楽しげですわねぇ」
「当のアヤメさんは放心状態だけどね」
あれ、多分逃げようとしたら回り込まれるんだろうな……
「それにしても、お美しいですわねぇ」
「あれ、カトリーヌさんってそういう趣味も有ったの?」
「いえ、これは鍛え上げられた肉体に対する、普通の意味での称賛ですわよ? 【魔人】という身体能力に優れない種族であそこまでの体を作るとは、並大抵の努力ではないでしょうね」
あー、まぁ確かにそうかも。
純粋に体つきだけを見れば凄い完成度だしね。
それでいて太過ぎもしないから、ゆったりした服を着て隠せば普通の綺麗なお姉さんって感じだし。
ただし今は殆ど裸の状態だから、鍛え抜かれた肉体に優し気な色白美人の顔が乗ってるっていう違和感の塊なんだけどね。
「っていうか、あれレティさんは何してんの?」
「なんでしょうね。何やら銅貨を並べて布に乗せていますが」
三枚の銅貨を一列に並べて、布を畳んで板状にしたな。
それを持って立ち上がり、アヤメさんの方に歩いていく。
何をするつもりだ。
「おひねりの類でしょうか?」
「そうなのかな?」
「でもレティちゃんだしなぁ……」
「ん?」
どういう意味だ?
「いや、レティちゃんって基本的には真面目なんだけど……ぷふっ」
……そっと近寄って行って、魔人さんの腰に包みを差し込んだ。
あぁ、ここだとお札が無いからわざわざ作ったのか……
私の言葉に答えていたお姉ちゃんが我慢できずに吹き出したよ。
「あ、あれで結構悪戯とかそういうの好きなんだよ……」
「なにやってんのあの人……」
「後ろの方たちにも、こちらは普通のおひねりを置いていますわね」
うん、まぁ実際その価値はある演奏だと思う。
普通に上手いし良い声だし。
チップを差し込むレティさんを見て大笑いしている三人の元へ向かう。
大丈夫かこの人達、朝から酔っぱらってないか?
いや、素面でこのテンションなんだろうけどさ。
「おはよー」
「あ、おっはよー」
「あぁ、おはようさん。済まないね、うるさかったかい?」
「いえ、大丈夫です。でも、止めなくていいんですか?」
「大丈夫だけど、止めなくていいのー? って言ってるよー」
「そうだね。そろそろ続きもやらないとだし。おーい、そろそろ再開するよー! っと、大丈夫かい?」
至近距離で大声を出されて久しぶりに耳が痛くなったのを見て、ライカさんが申し訳なさそうな顔になった。
とりあえず大丈夫だよーってジェスチャーで返しておこう。
「そんじゃ、後は内装だけだから。サクッと済ませちまうよ」
え、もう!?
ほんとだ、管理室の横に建物に沿う様に下り階段が掘られてる。
魔人さん達は広げたセットを片付けて集合し、地下にゾロゾロと入っていった。
……今更だけどあのお立ち台、魔人さんの私物か。
いや、建築用の資材で作られても困るけどさ。
「ぅあー……」
「お疲れ様です」
「アヤメちゃん、大丈夫?」
「もう二度と褒めない……」
アヤメさんは今日も朝から災難だな……
昨日は私のせいだけど。
とりあえず【妖精吐息】をかけてあげるとしよう。