177:飲ませてあげよう。
よし、意識がはっきりしてるうちに上がってしまおう。
このままシルクに揉まれてたら、また眠気に襲われてしまいそうだし。
あ、でもログアウトしてご飯食べる予定ってのは知ってるはずだし、ちゃんと起こしてくれるかな?
まぁ起こしてくれなかったら困るし、せっかくのマッサージだけど中断してもらおう。
「シルク、ありがとねー。このままだと気持ち良くて寝ちゃいそうだから、もう上がるよー」
っていつの間にかシルクも脱いでる……
あー、腿の辺りを揉もうと思ったらお茶に腕を突っ込まないといけないから、着たままだと湯あみ着に色が付いちゃうからかな?
シルクは頷いて私をお茶から引き揚げ、シャワーで私に付いたお茶を洗い流す。
そういえば揉み方とかが妙に上達してたのって、コレットさんに教えてもらったのかな?
コレットさんは普通にやってただけっぽいし、プロの技を間近で見て頑張って覚えようとしたのかもだけど。
まぁどっちでもいいし、どっちでもなくてただシルクが頑張った結果かもしれない。
……カトリーヌさんをここでグニャグニャにしてた時の経験も生きてたりするんだろうか。
うん、それも気にしないでおこう。
あ、そうだ。
「シルク、ちょっと止まってー」
私を洗って湯あみ着を着直し、抱っこして出口に向かうシルクに声をかける。
ふとエリちゃんが言った事を思い出したので、【血肉魔法】と【鑑定】を入れ替えてお湯をチェックしてみよう。
……なんか妖精茶とかいう文字が見えたので、即座にパネルを閉じる。
うん、何も見なかった事にしよう。
スキルを元に戻して何事も無かったかの様に振舞う。
シルクも一緒にパネルを見てたけど、喋れないからバラせないし。
まぁ喋れても私が言うなって言ったら、怖がって絶対に言わないだろうけど。
ん? あれ、いつの間にか置かれてる。
シルクが作業中以外で私を解放するなんて珍しいな。
なんかカップの方に向かって行ってる。
あー、お湯入れっぱなしだったから抜いちゃうのかな?
いや、あれ違うぞ。なんか両手をお椀の形にしてお茶に突っ込んだ。
「あっ、こらシルク! そんなの飲んじゃいけません!」
掬って口元に持ってきて、一口含んだ所で慌てて注意しておく。
しまった、強めに言ったせいで怯えちゃったよ。
「あ、いや別に怒ってる訳じゃないし、お仕置きとかも無いから。大丈夫だから落ち着いて」
向こうから触れてくる分にはかなり元通りになったとは言え、脅かしてからまだ一日も経ってないからなぁ。
迂闊に声を荒げてしまうと、すぐに怖がって震え始めちゃう。
うん、気を付けてあげないとだね。
しかしまさか唐突に残り湯を飲まれるとは思わなかった。
っていうか、なんか落ち着いたシルクから幸福感が伝わってくるんだけど……
流石に「ごしゅじんさま」の入ってたお茶を飲んだからじゃないだろうし、お茶がどうにかなってるのかな?
「シルク、お茶に何か起きてたの?」
笑顔のまま首を傾げるシルク。
詳しく聞こうにも喋れないからなぁ。
今みたいに選択式の質問なら出来るけど、答えが返って来るとは限らないし。
っていうか何か起きてたかって質問したけど、素の状態のお茶を飲ませた事が無かった様な気もする。
普通の状態を知らなきゃ変質してても判りようが無いか。
かといって、流石に確かめる為でもさっきまで自分が入ってたお茶を飲みたくはない。
垢とかは出ないってのは解ってても、なんだかなぁ。
仕様上はただの水のはずだけど、お湯の中で結構汗かいてると思うし。
「そういえばシルク、苦いの平気なの?」
物がお茶だし、苦いっていうか渋いか。
ふるふると首を振る。
「え? でもそれ……」
何も入れてないでしょ? と言おうとしたら、飲めば解るからとばかりにお茶に浸けた人差し指を唇にそっと当てられた。
……あれ? なんか甘いぞ。何でだ。
いや、なんでも何も私のせいなんだろうけど……
結構甘いのにベタつかずに、逆になんか喉がスッとする。
むぅ、もしかして本当に何か薬効でも染み出してるのか?
気になるならもう一回【鑑定】すればいいだけなんだけど、スキルは外したしどうせ表に出す気は無いから詳しく知らなくてもいいや。
放っといてもお湯で煮られそうな人が一人居るから、妖精茶っていう物の存在はその内知られるだろうけどね。
……今更だけどさ。
差し出されたからとは言え、こんな幼い子の指先をペロペロ舐めてる姿って……
うん、誰も見てないからきっとセーフだ。そういう事にしておこう。
シルクがシャワーで手を洗って戻ってきた。
私の所に来てポフッと抱き上げ、そのままお風呂を出ていこうとする。
「あれ、お湯抜いとかなくて良いの?」
昨日は抜いてなかったけど、今日はこの後ログアウトするから作業する時間は無いぞ?
ピタッと止まってこっちを見てくるシルク。
「ほら、この後は一旦還ってもらうからさ。今のうちに捨てておいて、カップも水で軽くすすいでおいた方がいいんじゃない?」
ちゃんと洗ってる時間は無いしね。
って何そんな「すてなきゃダメ……?」みたいな顔してんの。
「どうしたの? 早くやっちゃおうよ」
私に促されてカップの取っ手の前に来たけど、排水の印の手前でシルクの指がピタッと止まる。
どうしたのかと顔を見ると、なんか悲しそうな顔になってる……
むぅ、なんだなんだ。
「えっと…… 気に入っちゃったの?」
コクコクと頷く。むぅ……
「いや、でもほら、今は時間も無いしさ。朝まで放っといたら冷めちゃうし、傷んじゃうかもしれないよ」
変わらず悲しそうな瞳で見つめてくる。
どうしろって言うのか。私だってご飯食べに抜けたいのだ。
「うー…… 解ったよ。それじゃ私は自分で体拭いてるからさ、その間にささっと済ませちゃってよ」
……オロオロし始めた。
私のお世話を放棄するのは……って感じだろうか?
「はい、これ使って。それじゃ、私は外に居るからね」
迷うシルクの背中を押すために、【魔力武具】でシルクに合わせたサイズのコップを作って手渡した。
正直な所、自分が入ってたお風呂のお湯を飲まれるとか、かなり恥ずかしいんだけどね。
まぁうん、シルクには色々無理させてる気がするから……
実害が無い事は出来るだけ許してあげるとしよう。
「ほんとに!? ほんとにいいの!?」って感じでパァッと笑顔になるシルク。
恥ずかしい思いするくらいでこの笑顔を取り戻してくれるなら……
うん、でもやっぱ飲まれてるのを見るのは恥ずかしいわ。
飲みやすいからゴクゴク行くのかと思ったら、じっくりと口の中で味わってるし。
むぅ、すっごい幸せそうな感情が流れ込んでくる。
……まぁさっさと体を拭きに出ていくとしよう。
あんまり待たせると服も回収して着ちゃうからねーって言ったら、黙々と飲んでるシルクの背中がピクッと反応した。
いや、自分で言っといてなんだけど、それって普通の事だと思うんだ。