176:お腹を触ろう。
「あ、そうだ。さっきエリちゃんの分も淹れて良いって言ったけど、別に欲しければ好きな時に淹れて飲んじゃって良いからね」
「おー、太っ腹ー。それにしてもこれ、おいしーねぇ。結構良い奴なのかな?」
「えーと、確かその一缶で銀貨二枚だったかな?」
「えっ」
カップを持った手がピタッと止まった。
そんな「マジで?」みたいな顔されても。
「えー…… そんな気軽にカパカパ飲んで良い代物じゃないじゃん」
「いいのいいの。私は入浴剤として買っただけで、使い切れない分はお姉ちゃんや皆に飲んでもらおうと思ってたんだから」
「お高い入浴剤だなー。……ん?」
ん?
エリちゃんが唐突に、何かに気づいた様な表情になった。
「ミルクを入れたらミルクティーだしレモンを入れたらレモンティー……」
……なんかもう予想出来た。
「って事はユッキーが入ったお茶はフェアリーティーかー」
「まーたしょうもない事を……」
「いやー、なんか薬効とか染み出てそうじゃない?」
「何か出たとしても、どっちかというと毒の方だと思うよ……」
【妖精】の体から出る物なんて、大体ろくなもんじゃないからな。
いや、スキルを使えば別だけどさ。【妖精吐息】とかね。
「まぁ何にせよ、残り湯なんて誰かに飲ませたりしないけどね。っと、カトリーヌさんが帰ってきたみたい」
なんかガヤガヤ聞こえるし、カトリーヌさんの近くにぼんやりとした魔力を感じる。
多分ジョージさんが大工さん達を連れて来たのと一緒に帰ってきたんだろう。
「おかえり。ライカさん、角が綺麗になって喜んでたよー」
「ただ今戻りました。それは良かったですわ」
「おっかえりー。カトちゃんもお茶飲むー?」
「あら、それでは一口頂けますか?」
「はーい。ちょっと熱いから気を付けてねー」
「慣れていますので大丈夫ですわ」
スプーンで差し出されたお茶に口を付け、少しだけ飲んで礼を言うカトリーヌさん。
慣れてるからって言われても、自分が差し出したお茶で火傷されたら気まずくなるだろうに。
まぁ幸いそんな事は無かったけどさ。
そんな姿をニコニコと見ている大工さん達。
【鬼人】と【獣人(熊)】の男の人が二人ずつと、【魔人】のお姉さんが一人。
おじさん達、凄い筋肉だなぁ。ていうかもうちょっと何か着ようよ。
お姉さんは前髪で目が隠れてるけど、見えてる部分から判断すると結構な美人さんっぽい。
んー、【土魔法】とか事務や設計とかの担当の人かな?
……いや、この人がある意味では一番筋肉凄いわ。
太くは無いけど、尋常じゃなくカッチカチに引き締まってる。
なんていうか、金属バットで叩いたらバットの方が曲がりそうな感じだ。
わー、あの腹筋ちょっと触ってみたいぞ……
いや、今の私じゃお姉ちゃんのお腹すらへこませられないけどさ。
むー、ちょっと行ってみよう。
近寄ってきたことに全員が若干戸惑っているけど気にせずに、お姉さんのお腹の前まで行って顔を見て挨拶する。
「えっと、はい、こんばんは。どうしたのかな?」
そーっとお腹に近寄り、両手を上げてぽむぽむ触ってみる。
おー、間近で見るともっとすごいなー。
「おや? 妖精さんもこの筋肉の良さが解るのかなー?」
いや、別にそういう趣味は無いけどさ。
色白の綺麗な顔をしたお姉さんがヌンッて言って、えーと、何て言ったっけ……
両手を後頭部に当てて腹筋を強調するポージング……
そうそう、アブドミナル・アンド・サイだ。
それをやり始めるから変なインパクトが凄い。
確かに腹筋も腿の筋肉も凄い鍛えられ方だけどさ。
「なんだお前、そんな趣味が有ったのか?」
「いやいや。この人【魔人】さんですよね? それなのに凄い体だなーって思って」
「あー。まぁこいつは【魔人】の癖に脳まで筋肉で出来てる様な奴だからな」
「あー。酷いですよジョージさん。私だってちゃんと魔法使えるんですからね」
「使ってんの見た事がねぇよ」
「それはジョージさんが見てないだけですよ。ちゃんと役場で登録も済ませてます」
ジョージさんの言葉に抗議するお姉さん。
まぁ流石に全く使えないって事は無いだろう。
「……でも使ってるの、俺らも殆ど見た事ねぇよな」
「あいつ、『これくらいなら使わなくても大丈夫でしょう』っつって何でも力で解決しようとするからな」
「俺一回も見た事無いんすけど、あの人本当に魔法使えるんすか?」
……他の大工さん達がこっそり話してるのが聞こえてくる。
うん、まぁ仕事に支障が出ないなら物理でも良いんじゃないかな……?
「まぁそんなこたぁ良いから、いい加減自分達の仕事に行けよ。親分にどやされんぞ?」
「うぃーっす」
「納得は行きませんけど、仕方ないです」
ジョージさんの言葉に従い、ぞろぞろと管理室に向かう大工さん達。
「……おい、次に会う機会があってもあいつの筋肉は褒めるなよ? 延々とポージングを見せられる羽目になるからな」
見せられたのか……
ジョージさんが普通に褒めたとは思えないから、会話の流れでそうなったんだろうな。
どういう流れかはさっぱり推測できないけど。
「気を付けます。ジョージさんはこれからまた役場でお仕事ですか?」
「あぁ。それじゃまたな」
言い残してまたもスーッと消えていく。
……いつ休んでるんだろうな、あの人。
「いっやー、濃い人だったねー」
あんたが言うか。
いや、食べられたがるって以外はちょっと馴れ馴れしいだけの普通の人だけどさ。
「なんていうか、生まれてくる種族を間違えちゃった人だねぇ」
「まぁそういうのはどうしようも無いからねー」
「まぁそうだね。で、カトリーヌさんは何してんの?」
なんか太郎の背後にモフッと抱き着いてるけど。
「いえ、太郎さんの毛並みを少々……」
「まぁ嫌がってないし、また窒息しようとしてないなら良いけどさ」
「でもユッキー、ログアウトしちゃうんでしょ?」
「うん。だから還しちゃうから、離してあげてね」
「はい。それでは私も一旦失礼致しますわ」
「はーい、お疲れー」
「おっつー」
太郎を送還しつつカトリーヌさんを見送って、エリちゃんに向き直る。
「それじゃ私はお風呂に入っちゃうから、そのセットの片づけはお願いするね」
「はいはーい。ごゆっくりー」
エリちゃんに手を振りつつ、テーブルから屋敷へ向かう。
あ、シルクが先回りしてドアを開けてくれてるな。
望んでないだろうけどお礼を言いつつ、ホールに入った所で浮いて止まる。
どうせ一人で先に進もうとしても追い付かれて抱かれるし、最初から大人しく運ばれよう。
予想通り、シルクがドアを閉めた次の瞬間には腕の中に収められていた。
何も言わなくても脱衣場に運ばれ、一瞬で全裸にされて再度抱かれる。
……今の一瞬で自分も湯あみ着に着替えたのか。無駄に凄いな。
お風呂の戸を開けると、紅茶の良い香りがふわっと広がる。
お、ちょっと時間を置いたおかげで、冷まさなくても丁度良い温度になってるっぽいな。
まだ少し熱そうだけど、どうせこれから隅々まで洗われる時間があるし。
シルクの手の上でぐんにょりと脱力し、こしこし擦られて最後にざーっと流される。
うーむ、なんか少しずつ力加減が上達してるのか前より気持ち良かったな。
なんて思ってたらそっとお湯に浸けられた。
うん、いい感じのぬくさだー。
ふへー…… お、今日もマッサージしてくれるのかー。
頭をもみもみ、肩ももみもみ。腕を揉んだら前に回って、腿から足までぐにぐにもみもみマッサージ。
うへぁー、とろけるわー。
このまま寝ちゃってもいいかなぁ……
きっとシルクが全部済ませて、ベッドまで連れて行って寝かせておいてくれるよねー……
って待て待て待て。寝ちゃ駄目だよ、ちゃんとログアウトしなきゃ。
危うく晩御飯を抜く羽目になる所だった。
いや、別に起きてからログアウトして食べてもいいんだけどさ。




