166:衝撃を受けよう。
あーもう、シルクの背中に飛び散って酷い事になってるじゃないか。
これカトリーヌさんが死んだ時に消えなかったら洗わなきゃだぞ。
っていうかシルクの脚の間から、ソニアさんの口元にも飛沫が散ってる。
あ、唇に付いたの舐めちゃった……
「あ、なんかこれ、美味しい……」
ん、大丈夫なのか? でもアヤメさんもちょっとなら大丈夫だったしな。
ある程度の量が口に入るとどうなるか判らないから、安心はできないぞ。
「……んあーっ! も、もー無理! くすぐったいよー!」
あっ、ライカさんが振動に耐えかねて頭振っちゃった。
「うっ…… これは……」
流石のアリア様もカトリーヌさんの惨状を見て口元を押さえた。
いや、確かにアレは流石にきっつい……
振られた角の加速に付いていけずに、その場に取り残されて喉からおへそにかけて破られ、上半身が開きになって落ちていった。
本人の顔が凄い満ち足りてるのがまたなんとも……
……吐かずにこんなもの見れてる時点で、私もかなり毒されちゃってるなぁ。
っていうかなんか片側がちょっと足りないんだけど、どこ行った?
具体的に言うとにっくき塊の辺り。
あ…… 丁度今ライカさんの角からずるりと剥がれ落ちて、ソニアさんの顔にべちゃっと落ちた。
「あぁっ、ごめんよソニアちゃん!」
うぅ、やったの私じゃないけど、なんか本当にごめんよ……
「うぶ。……むぐ」
ちょっ、何で食べた!?
口に来た物を何でも食べるんじゃありません!
「んむぅ、美味しい…… なに、これ……?」
「と、トリ胸肉……?」
「何言ってんのエリちゃん……」
……ん? あぁ、カ『トリ』ーヌさんの『胸』のお『肉』ね……
ぼかすにしても無理があるだろ……
あ、流石に塊はやばいんじゃないか?
「ソニアさん、体はなんともない? なんか変な感じしない?」
「ん……? 大丈夫、だよ……?」
【樹人】が吸っても大丈夫だったみたいに、【吸血鬼】も【妖精】の毒に耐性があるのか?
「あ、変な感じ、っていう、か…… なんか、力、出てきた……」
いや、それどころか薬になっちゃうのか……?
「白雪、どうしたんだ? む、角がドロドロだな。コレット、拭いてやるが良い」
「頼むよ…… うぅ、私の角……」
うん、流石に触られるのは良くても汚されるのはアウトだよな……
「アリア様、私が」
「お前は拭いた布をどうするか判った物では無いから駄目だ」
「そんな……」
即座に断られ、ガックリとうなだれるモニカさん。布をどうするつもりだったんだこの人は。
「いえ、今朝方の事なんですけど私の破片を食べたアヤメさんがちょっとおかしくなっちゃってたので」
「おかしく、とは? ……え、破片?」
「何て言いますか、妖精の餌になろうとしてましたね。近づいて来て、こちらにうなじを晒して座り込みました」
「幸い、吐き出す事で元に戻りましたが」
「そうですね。モニカさんのボディブローに助けられました」
「だからお前達はどういう日常を過ごしているのだ…… まぁ解った。常人が【妖精】を食べると、洗脳されてしまうという訳だな」
洗脳…… まぁ洗脳か。ちょっとだけ柔らかく言うと魅了?
……言い方を変えても酷い事やってるのには変わりないな。
「まぁ【吸血鬼】に毒は効かんだろうな。屋外に居て弱っていれば別かもしれんが」
あー、肉体や魔力だけじゃなくて耐性も凄いのかな?
「え、今の…… カトリーヌ、さん……?」
ソニアさんが少し青ざめた気がする。元々色白で解り辛いけど。
ていうかシルク、もう離れて良いよ。いつまで顔にへばりついてるんだ。
「あー、事故みたいな物だからあんまり気にしないでくれると……」
「というか、【吸血鬼】が人を食べるのを気にしていたら食事もロクに出来ぬだろうて」
あぁ、まぁそうか。
……いや、肉はあんまり食べないんじゃないか?
ここの【吸血鬼】がどうなのか知らないけどさ。
あと今食べたの『人』じゃないけど。いやそこはどうでもいいな。
「そう、言うなら…… あ、でも、本当に、美味しかった…… 良いお酒、飲んだ時みたいに、ぽかぽか、する……」
むぅ、【吸血鬼】にとって【妖精】は嗜好品の類になっちゃうのか……?
妖精が滅びる要因がどんどん増えていくんだけど。
ってちょっと待って。
「えーっと、ソニア……さん?」
あ、エリちゃんも気付いたっぽい。
「……んー? さっきは、ちゃん、だったのに…… どう、したの……?」
「あー、言いたくないなら答えなくていいんだけど……」
「え、なに……?」
「歳、聞いてもいいかな……?」
リアル情報はあんまり聞くべき事じゃないからなぁ。
流石のエリちゃんも遠慮がちだ。
「ん…… 構わない、よ…… 今年で、二十一に、なった、よ……?」
マジかー。
「えーっと…… 見た目の年齢、作った時に引き下げてる?」
「んーん…… 髪と、目の色は、変えたけど…… 他は、そのまま……」
……マジかー。
この見た目と仕草で成人してるのか……
なんていうか、大学か職場かは知らないけど保護動物扱いされてるのが目に見える気がする。
「今日一番の驚きだよー…… ユッキーなんて目じゃないファンタジー生物が存在しちゃったよ……」
「失礼な。私は現実ではごく普通の目つきが悪いデカ女だよ……うぅ」
「何自爆してんのさー。あ、ごめんよー。人をおかしな物みたいに言っちゃって」
「ん、いい…… よく、言われる、から…… あと、呼び方、ちゃんでいい、よ…… そっちのが、慣れてる……」
まぁそうだろうなぁ。
「白雪さんも、そっちでいい、よ……」
「あー、うん。そっちも好きに呼んでね。ちゃん付けでも呼び捨てでも何でも構わないから」
「わかった…… じゃ、雪さん、で……」
あ、さん付けなのは変わらないのね。
もしかして年上って思われてないか? まぁ別に良いか。
しかし明らかにNPCには解らなそうな会話してるけど、特に疑問を差し挟んでこないな。
まぁそっちの方が助かるんだけどさ。
「アリア様」
ん、コレットさんが少し驚いた様な声で呼びかけた。
なんか珍しいな。
「む、どうした?」
「これをご覧ください」
ん、カトリーヌさんが刺さってた方の角?
……なんだこれ、すっごい綺麗になってる。
普通に美術品になりそうなくらいの色とツヤが出てるぞ……?
「これは…… ライカ、見てみろ」
あ、鏡はコレットさんが出すんだ。
具体的に言わなくても即座に懐から出てくるあたり、流石だな。
「おぉっ!? なんだいこれは!?」
「なんだいも何も、お前の角ではないか」
「いや、そりゃ解ってるさ。なんでこんなに……」
言葉を止め、ほぉっとため息をついてうっとりと自分の角をさするライカさん。
豪快な人だけど、自分の体が綺麗になるのはやっぱり嬉しいものなんだな。
「恐らくは【妖精】の生き血、もしくはモツ及び内容物の影響かと」
いやコレットさん、モツて。
もうちょっと言い方が無かろうか。
「うんうん。いくら磨いても、こうはならなかったからねぇ……」
「ふむ、しかしこうなると左右のバランスが悪いな」
あー、確かに。もう片方が悪い訳じゃないんだけど、カトリーヌさんを塗った方だけが綺麗すぎるな。
……あの、ライカさん、物欲しそうな顔でちらっとこっち見るのやめて? 怖いから。