163:大工さんを呼ぼう。
「しっかし、あの人どうやって出て行ってるんですかね」
「ん? あぁ、こちらが認識できないだけで、普通にドアを開けて出て行っているらしいぞ」
「一体どんな謎の技術が……」
「あ、でも、確かに…… 一瞬、お肌、ちくっとした、から…… きっと、あの時、開けたんだろうな……」
「ほう。ふふっ、戻ってきたら感知されたと教えてやるとしよう。きっと悔しがるであろうな」
あ、悪い笑顔だ。
「なんか意地になって更に隠密性が高まりそうなんですけど」
「それで良いのだよ。奴の腕前が上がれば上がる程、それに比例して私の身の安全も保障される訳だからな」
「あぁ、そうか。どこから守ってるかバレてちゃ、裏をかかれ易くなりますもんね」
「うむ、そういう事だ。何も奴の悔しがる顔が面白そうだというだけではないのだ」
「そちらがメインなのですね……」
「まぁ九対一と言った所か」
「それ、ほぼ口実ってレベルじゃないですか」
あわれジョージさん。
まぁアリア様も祝福持ちだろうから、死んでも復活するだけだろうしなぁ。
復活するとは言え痛いのには変わりないし、立場上そう簡単に死んで良い人でも無いからちゃんと守らないといけないんだろうけど。
……っていうか今二人とも離れてるけどいいのかな。
まぁジョージさんが離れるって事は、部屋は違うけどコレットさんの射程内なんだろう。多分。
「時にソニアよ。今更聞くのも何だが、【錬金術】は習得しているのか?」
「あ、じ、実は、まだ、持ってない、です……」
あれ、選別は【錬金術】でどうにかするって話だったのに、持ってないままやるって言っちゃったのか。
「ふむ。では工事の間、役場の図書室に行くか? あそこであれば日の光は入らないし、【錬金術】の教本もあった筈だ」
「あぁ、有りますね。私も読みましたし」
「ほう、その体でよく大きな本を扱えたな」
「まぁ本の出し入れと表紙をめくるのは、職員のおねーさんにお願いしましたけどね。流石に無理なんで」
無理して落としたりしてもいけないしね。
そもそも重すぎて動かせないけど。
「そうだろうな。しかしページをめくるのも大変だったろうに」
「本の幅が私より長いですからね。読書なのに全身を使ったいい運動になりましたよ」
「み、見てみたかったな…… それ、きっと、かわいい……」
「うむ、私もだ」
「面と向かって言われたらちょっと恥ずかしいんですけど」
「白雪さん、今更ではありませんの?」
「いや、知ってる人だと余計にさ…… ま、いいか。私だって立場が逆なら見たいと思うし」
動物園みたいな感じでかわいーって言われるのは、いい加減慣れもするけどね。
「姫様、連れて来ましたぜー」
ノックと共にジョージさんの声が。
あぁ、大工さんと一緒だから黙って入ってくる訳にもいかないか。
「うむ、少し待て。ほらソニア、これでもかぶっておけば少しマシだろう」
アリア様が棚から大き目のタオルを取り、ソニアさんに渡す。
「すす、すみません…… ありがとう、ございます……」
んー、すごい恐縮して受け取ってるな。
自分でやらなきゃいけない事なのにって所だろうか。
「開けて良いぞ」
「へーい。ほれ、早いとこ入って閉めろよ」
「そうは言うがね、入口が小さいんだよ……っと」
「てめーがデカいだけだろが」
うお、ほんとにでっかい……
しかもただでさえ大きいのに、頭に立派な角が二本生えてる。
バッファローっぽいな。牛族の人かな?
しかしそれにしては大きすぎないか。
あれ、角が無くても人間換算で二メートルどころじゃないだろ。
……っていうかね、背丈だけじゃなくてね、色々とでっかいね。
なんだあれ。なにか仕込んでるんじゃないか?
チューブトップみたいなの着てるけど、そこしか隠れてないじゃないか。
ていうか隠しきれてないじゃないか……
しかしまたえらく過激な服装の人だな。
チューブトップとホットパンツの様な短い丈の物の上に、法被みたいな感じで上着を羽織っただけじゃん。
ちゃんと作業着を着ないと危ないよ?
よく見たら足元も、足首から先を包帯で巻いただけで素足みたいな物じゃないか。
気を付けないと色々刺さりそうで怖いよ。
「んもー。姫様、こんな時間になんなんだい? わたしゃ、これからひとっ風呂浴びて寝ようと思ってた所なんだがねぇ」
角が天井に刺さらない様に背中と首を曲げて、髪をわしゃわしゃしながら文句を言う大工さん。
ずっと屋内に居ると疲れそうだなぁ。
「まぁそう言うなライカ。ほれ、そこのタオルかぶってる子がお客さんだ」
ライカさんって言うんだな。
めんどくさそうな顔でソニアさんの方をちらっと…… 見た瞬間にパァッと表情が輝いた。
「おやおやまぁまぁ、なんだいなんだい可愛らしい娘さんだねぇ! ほらほらよーしよしよし、おばちゃんに任せときなぁー? なぁんだって作ってあげるからねぇー」
次の瞬間にはソニアさんの目の前に膝立ちになりギュッと抱きしめて、頭頂部に頬ずりしながら後頭部を撫で回すライカさんの姿が。
「あの、アリア様。あれ息出来てるんですかね……?」
顔が完全に埋まっちゃってるんだけど。
悔しいから何にとは言わないけど。
「【吸血鬼】は呼吸の必要は無いから大丈夫であろうよ。しかし流石にここまで反応するとは思わなかったぞ……」
「あ、必要ないんですね。そうか、深い穴で換気もせずに作業してると普通なら酸欠になるのかな」
よく知らないからなんとも言えないけど。
あ、でもあんまり深く掘ると気圧とかも凄くなりそうだな。
そんなに影響が出る程に掘るのかも知らないけど。
あ、わたわた動いてたソニアさんの手が止まった。
……死んだか?
いや、ライカさんの両脇に手を差し込んで、グイッと押し剥がした。
おぉ、指がまっすぐ伸びた綺麗なはず押しだ。
別にそういうのは意識してやってないだろうけど。
「おぉっ!? 姫様、この子こんなに小っちゃいのにすっごいねぇ! 私が力で押し切られるなんて久しぶりだよ!」
「うむ、その子は可愛らしく見えても【吸血鬼】だからな。しかしライカ、少し落ち着け。怯えているではないか」
「あっ、ごめんよぉ……? んー、ちょっとはしゃぎ過ぎちゃったねぇ」
剥がされても腕の長さの関係で背中に回されたままだった手を引き戻すライカさん。
……なでなでするのは止めないんだな。
「全くだ。ちったぁ年考えろってんだ」
「ジョージさん、女の人にそれは失礼ですよ」
「おい、騙されるなよ。こう見えてこいつ、もうじきしじゅ」
……ん? 私の前に居た筈のジョージさんが消えた。
その代わりにジョージさんが居た所に何やら鋭い刃物が……
刃先から視線を移していくと、短刀を握ったライカさんの手が続いていた。
あそこから届くって、大きいだけあって腕も長いなライカさん。
「っぶねぇなコラァ!?」
「ちっ、仕留め損ねたか。相変わらずすばしっこい奴だね」
あ、居た。
部屋の隅っこの天井付近に貼り付いてる。おー、ニンジャだ。
引っかかるもの無いのにどうやって足を固定してるんだろうな、あれ。
ライカさんはぼやきながら、腰の背中側に挟んでいた鞘に短刀をしまっている。
刃先があった位置から考えると、最短距離で心臓を狙って来たのかこの人……