161:町の事を聞こう。
まぁ【吸血鬼】のイメージの齟齬は置いておこうか。
こっちがどんなイメージを持ってても、この世界じゃそういう種族なんだって言われたらそれで話は終わりだし。
「金物や武具を売って、何を買っているんですか?」
「主に食料と布や木材などの資材だな」
「【吸血鬼】の町にしては、割と普通ですわね」
「うむ。まぁ食料は他種族の為の物だがな」
「あ、他の人達も居るんですね」
流石に【吸血鬼】だけの町じゃないか。
「あぁ。城の周りには主に取引相手の商人達が住む町が出来ているし、上層にある【吸血鬼】の居住区や地表の城には、住み込みの奉公人達が大勢居るのだよ」
「奉公人?」
「口さがない連中は家畜と呼ぶがな」
「呼んだー?」
うおっ、びっくりした。エリちゃん帰ってくるの早いな。
あんまりドアを強く開けたら壊れちゃうぞ。
っていうか呼んでないよ。君別に家畜じゃないよ。
「あいたたたたた」
「あぁっ!? ごめん、すぐ閉めるよ!」
「もー、駄目だよエリちゃん。ソニアさんが居るの知ってるでしょ?」
「ごめんよぅ。なんか呼ばれた気がしてつい」
「いや、気のせいだよ」
「そっかー。いやー、本当にごめんね」
「いい、よ…… あ、それじゃ…… そのおみみ、ちょっと触らせてくれない、かな……?」
あ、ずるい。私もモフりたいのに。
いや何もずるくないか。
「そのくらいで良いならいくらでもー。ちょっと今弱ってて、毛並みが悪いかもだけどねー」
デスペナって毛並みも荒れるもんなの?
「わーい…… ふかふかー……」
「おぉぅ、こりゃ確かにくすぐったいねぇ」
「あ、嫌だったら、止める、よ……」
「お楽しみの所済まんが、話を続けても良いかな?」
「あぅ、すすす、済みません……」
「別に怒ってはおらんから、そんなに謝らなくとも良いさ」
うーむ、気の毒なくらいアリア様に怯えてるな。
別に何かされる訳じゃないのにね。
あ、私一回殺されてたわ。
まぁあれは私が脆すぎるのが問題なだけだからノーカウントで。
「奉公人の話でしたっけ?」
「うむ。【吸血鬼】達の身の回りの世話をする者たちで男女を問わず、下は五歳、上は二十歳位までの若者を主として構成されている」
「えっと、それって」
「まぁそういう事だな。彼ら奉公人は【吸血鬼】達の食料でもあるという訳だ」
「それで家畜って訳ですか」
「うむ。しかしそう呼ぶ主な理由は、選ばれなかった事での嫉妬からだろうな」
「えっ?」
なんでエサにされることに嫉妬するんだ?
「【吸血鬼】の城の使用人は、競争率のとても高い人気の職場だからな」
「へっ?」
「白雪にも心当たりがあるだろうが、精気や血の味には対象の健康状態が深く関係していてな」
「あぁ、確かに。さっきのエリちゃん、不味かったもんなぁ」
「ひどいよぅ」
「いや、自分でも薄々解ってて実験したんじゃないの」
「そーだけどねー。って事は、その職場って?」
「うむ。心身ともに健康である事も、仕事の内という訳だ」
「いいなぁ……」
なんか外からめーちゃんの悲しそうな声が聞こえて来た。
「それぞれに使用人としての仕事は割り振られるが、【吸血鬼】の側も優しく接して出来る限りストレスを与えない様に努める様だ」
なにその温かい職場。
「地底に居っぱなしでは、健康にはよろしくないのでは?」
「うむ、その点もきちんと気を遣っていてな。日中は交代で地上での活動をする事とされている。健康を維持する為の運動もな」
……放牧?
「三食昼寝付きー?」
「当然だな」
「当然なんだ……」
「そして使用人として働く事で家事や礼儀作法、最低限の学問を修めて行く事となる」
「やっぱり褒めて伸ばす方針ですの?」
「うむ。だが叱るべき所では叱り、その後のケアも忘れない」
「更に、希望者にはより深い学問や武術、各種専門技術の指導も行われます」
「寿命が無いに等しい種族故に、殆どの技能は町の中に一人は達者な者が居る様だな」
あぁ、長い事生きて暇を持て余すのね。
「何よりの人気の理由がだな」
「何です?」
「契約した期間を勤め上げ優秀であった者や真面目に心から尽くした者達には、長年培った豊富な人脈から嫁ぎ先を探して仲立ちをするのだ。あぁ、男の場合は婿入り先か」
「貴族や商家の跡継ぎでない方は、それを目当てに奉公に出される事が多い様です」
「あー。でもそれだと必死になっちゃいそうですね」
「うむ、まぁそれも仕方なかろう。しかしそういう悩みを抱えているとやはり味が悪くなるからな。しっかりとケアして貰える様だ」
理由が美味しくなくなるからってのがまたなんとも。
大事な事なんだろうけどさ。
「それでも心を病んでしまったり、他者を蹴落とす様な行動に出てしまった場合には仕方なく親元に送り返されます」
「それ、知られると評判悪くなりそうだねー」
「うむ。実際、【吸血鬼】に追放された者は社会的に死んだも同然となるな」
「はい、【吸血鬼】の奉公人に対する過保護さは有名ですので。彼らでさえ投げ出す程に性根の曲がった者だと思われてしまいます」
「それと同時にきちんとした教育をする事でも知られているから、【吸血鬼】の奉公を勤め上げたというだけである程度の信頼を得られるという利点もある」
なんだろう、なんていうか就職における有名大学とかそんな感じの評判に聞こえる。
「卒業したら、炭鉱夫として残ったりする人も居るのかなー?」
「あぁ、それは無理だ」
「えー?」
「【吸血鬼】達の採掘は、他の種族には到底真似出来る様なものでは無いからな」
「彼らは素手に自らの魔力で作った籠手を纏って、まるでそれがスライムであるかの様に岩盤を掘り進んで行きますので」
「あぁ、それは確かに無理だね……」
「へー、流石にそれは熊でも無理だなぁ。せめてつるはしとか無いとねー」
「ちなみに籠手を纏う理由は『爪の間に土が入って嫌』というだけだそうな」
あぁ、別に掘る補助とかでは無いのか。
「それ、普通に手袋じゃ駄目なの?」
「エリちゃん、そんな作業に耐えられる素材が無いよ」
「あ、そっか」
「それと、作業環境も問題が有ってな」
「問題?」
「影響を受けない【吸血鬼】しか作業していないという事で、地熱も毒ガスも一切の対処をしていないのだ」
「えー……」
「んー、対策しても足手まといになるだけなのに、更にそのコストまで必要になるとあっちゃなー」
流石にお世話になった所でそんな我儘は言えないよねぇ。