138:足元に置こう。
あ、まだ続きがある。「ところで、新しい子とは?」か。
まぁ流石にさっきのだけでわざわざメッセージ送ってこないよね。
カトリーヌさんの事だから快楽に浸るのを優先しそうだし。
あ、でもシルクがこっちに来てるから今は余裕があるのかな。
しかしあれからずっと痛めつけられ続けて、未だにまともにメッセージが書けるってどういう精神力してるんだ。
痛いのが気持ち良いって言っても限度があるだろうに。
……まぁいいか。実際送って来てるんだから限度を超えてないって事だ。うん。
お風呂に戻っていこうとしたシルクが唐突に振り返り、何か言いたげな目でこちらを見る。
「ん? シルク、どうしたの?」
問いかけてみると、両手の人差し指で小さな四角を宙に描いた。
「何? んー、何か持ってきてほしいの?」
頷いたけど、何を持ってくればいいんだ?
多分描いた四角くらいの大きさなんだろうけど。
「えーと、それくらいの布? じゃ、袋?」
布で首を振り、袋で頷いた。
でも袋って言われても、そこにあったっけかな?
「ちょっと待ってねー」
思い出そうとするより見に行った方が早い。
んー、袋は一つも置いて無いなぁ。
仕方ないから適当な布を二つ折りにして、【錬金術】で溶かして左右を貼り合わせよう。
「お待たせー。これでいいかな?」
待っていたシルクに袋を持って近づくと、深々と頭を下げて両手で受け取った。
別に普通に頷いて……あぁそうか、ありがとうって言えないんだった。
しかし袋なんてどうするんだろ?
流石にあのサイズじゃカトリーヌさんは入らないだろうし……
あ、もう戻ってきた。
「何これ? ……あぁ」
手渡された袋を開いてみると、細かく千切られたカトリーヌさんの翅が入っていた。
これを私に持たせて、一体どうしようっていうんだ。
何かに使えるのかな? 薬の材料とか……
いやどちらかっていうと、なんか毒のイメージしか出てこないな。【妖精】だし。
まぁとりあえずボックスに仕舞っておこう。
「そこで待ってるから、洗ったらこの布で包んで持ってきてね。タオルも持ってきておいてあげる」
忘れかけてた布をボックスから取り出して台に置き、シルクにお願いしておく。
どうせ見たくない様な状態になってるだろうしね。
頷いてすぐにドアを閉めるシルク。
手早く済ませちゃうつもりかな?
……そうみたいだな。ドアの向こうから水の落ちる音と激しいうめき声が聞こえてきた。
あー、こりゃ確かにメッセージ送るしかないわな。
あ行しか言えてないし。
この調子じゃすぐに洗い終わるだろうし、聞いてたら精神に来そうだからさっさと取って来ようか。
隣の部屋からタオルを持ってきて台に置き、脱衣場の表で待機する。
そういえばめーちゃんの指、ログアウトでは大丈夫だったけど死んでもちゃんと残ってるかな?
お、よしよし。ちゃんと残ってるな。
というか、やっぱりカエデの木だったんだな。
メニューのアイテム欄に『カエデ』って表示されてるし。
一つだけ『カエデの座椅子』になってるけど、座椅子なのは脚が無いからかな?
んー、脚付けて椅子にしちゃいたいところだけど、綺麗に作るような時間は無いな。
もうお風呂のドアの音がしたし。
ドアが開く音に続いて、ドチャッと湿った柔らかい物が落ちた音が響く。
カトリーヌさん、一体どんな状態になってるんだ……?
いや、多分後悔するだけだから覗くのは止めておこう。
少し間を置いて、重ねた布で何かを叩く様なバンッという音とうめき声が響く。
何かっていうかカトリーヌさんで、様なっていうかそのままだろうけど。
間が開いたのは投げ捨てたカトリーヌさんを放置して、自分の体を拭いて服を着ていたんだろう。
屋敷付きの従者として無駄に真面目に、どうすればカトリーヌさんが悦ぶかを、自分で考えた結果なんだろうなぁ……
どう考えてもカトリーヌさんは途中から指示は出せなくなってただろうし。
最後に一際大きく長いうめき声を響かせ、脱衣場は静まり返った。
お、終わったかな。最後のは布で無理矢理包んでたのかな?
さて、どういう状態で出てくるか……
脱衣場のドアが開き、シルクが顔を出す。
妖精一人分の肉を丸めたくらいの大きさの丸い布袋を、右手に提げて出てきた。
あー、顔まで全部見せられない状態なのね。
布袋っていうか四隅を纏めて括ってるんだな。
いや、その結果布袋になってるんだから何も間違ってはいないか。
しかしこれ、どうやって入ってるんだ?
隙間なく詰めないと丸々は入らないと思うんだけど。
……という事は詰まってるのか。
うん、深く考えない様にしよう。
っていうかよく生きてるな。
HPってシステムに真っ向から逆らってないか?
骨折とかの状態異常が重なっても、それで死ぬような怪我じゃ無ければHPが減りきることは無いのかな?
まぁいいや。生きてるっていう事実だけが有れば。
別にシステムの詳細が知りたい訳じゃないし。
ドアを閉め、左手で私を掬い上げて玄関に向かうシルク。
うん、こんな時でもお世話は忘れないんだな。立派だ。
さて、さっきのメッセージで質問があったしカトリーヌさんに話しかけるとしよう。
「あ、カトリーヌさん聞こえる? 聞こえてたら声を出してくれるかな」
うん、大丈夫みたいだ。
「さっきの質問だけど、新しく【樹人】の子が庭に来たから。なんか以前カトリーヌさんに助けてもらった事が有るって言ってたよ」
うめき声の相槌を聞きながら話していく。
「おっと」
玄関に着いたのでシルクから離れ、ドアを開けてあげる。
出ていくシルクに続き、ドアを閉めて皆の元へ。
「お待たせー」
「おー。ってカトリーヌは?」
「雪ちゃん、まさかそのシルクちゃんが持ってる袋に……?」
「うん。どうなっててどう詰まってるかは私も見てない」
見たくないし。
「さて、めーちゃん」
「んー?」
「片足をちょっとだけ上げてくれるかな? 根っこも外してくれると助かるかな」
「はーい。どうするのー? ……いたたー」
きしみながらゆっくりと足を上げていくめーちゃん。
おぉ、千切れた根っこは少し経つと消えるんだな。
「あ、そのくらいで大丈夫」
「はーい」
私が立って入れる程度の高さ、めーちゃんから見れば五センチ前後だろうか?
これくらいあればシルクもしゃがんで作業が出来るだろう。
えーと、親指の付け根……母指球だっけ? が有ったのはこの辺りか。
別に土踏まず以外ならどこでも良い気もするけど、まぁここで。
力を入れて踏むならここか踵ってイメージがあるし。
いや、力なんて全く入れる必要は無いんだけどさ。
「シルク、それ袋から出してこの辺りに置いてちょうだい。あ、待って。開けるのは私が離れてからにしてね」
結び目に手をやったシルクを制止して、足に隠れて見えなくなる位置まで離れる。
「そうだ、仰向けにしておいて上げてね。その方がカトリーヌさんも嬉しいだろうから」
親指の横から顔を出し、頷いて引っ込むシルク。
別にわざわざお返事しなくても大丈夫だよ。