136:降ろしてあげよう。
しかし自分の体を引っ張り上げる位の腕力は普通にあるだろうに、何故さっさと登らないのか。
あぁ、さっきジタバタしたせいでもう指が外れかかってるのか。
無理に力を入れたら滑りそうで怖いんだろうな。
っていうか別にあの高さなら落ちても大丈夫だろうに。
足から落ちれば死にはしない……いやそういう問題じゃないか。
挫いたり折れたりすれば普通に痛いし。
「んー、どーしよー。動いたら落ちちゃうよねー」
「ごめんね、うちのバカが迷惑かけて」
兎さん達から逃げようとしてこうなったから間接的に関わっていなくも無いけどな。
いや、でも普通に兎さん側も被害者だしな。
いきなり前衛に自殺されちゃ無事に戻ってくるのも大変だったろうし。
「んーんー。この子、人集めて私をここまで運んでくれたからー」
「あぁ、居なかったのは人助けの為ね。たまには良い事もするんだな」
「ぬ、なんだとー。私はいつだって正義の味方だぞー」
「仲間を見捨てて自分の為に自殺する正義が居るかバカ。あとそういう事情があるにしてもメッセージくらい送れよ」
「あー、ごめん忘れてた」
「ったく、探す方の身にもなれよな」
いや、そっちからメッセージ送れば良かったんじゃないかな?
歩いて探し回るより確実だろうに。
「やばいよー、手が滑りそうだわー。ねー、上から引っ張ってくれない?」
「ごめん、こっちも巻き添えで落ちそうだから無理」
「無理ぃ……」
「はくじょーものぉー」
まぁ肩や腕の上だって気を付けてないと普通に滑って落ちるしな。
流石に髪を命綱にするのも気が引けるんだろう。
っていうか肩の方の子、自分が落ちない様にするのでいっぱいいっぱいっぽいし。
「雪ちゃん、助けてあげたらー?」
おいお姉ちゃん、気軽に言うけど私のサイズでどうしろって……
あぁ、地面に転送すればいいだけか。
でも熊さんの位置からだと地面まで届かないな。
まぁ二回連続で使えばなんとかなるか。
「ん、じゃあちょっとやってみようか」
「妖精さん、無理しなくても放っとけばいいよ?」
「いや、めーちゃんが動けないと他の人達も降ろしてあげられないんで」
っていうかお姉ちゃん、助けてあげろってのは高くて怖いから早く降りたいのもあるんじゃないか?
別に誰が損する訳でも無いから、別にいいんだけどさ。
「あー、そっか。いっそもう撃ち落とせば……いや、外してその人に当たったらまずいからダメだな」
「酷くなーい?」
「うっさい。こっちは大変だったんだからな?」
熊さんの抗議はすっぱり切り捨てられる。
まぁ当然だわな。
「まぁ撃ち落とすとかじゃないんで。いきますよー」
「おーい、妖精さんが助けてくれるってさ」
「わーい…… ってあれ、どうやって?」
「よっ、ほっ」
「へっ!? ほあっ!? うぶっ」
落下の加速が付かない様になるべく素早く連射して、熊さんを地上に送り届けた。
……のは良いけど、足を垂らして上半身を極端に前に出した姿勢で着地した訳で。
うん、当然前に倒れるよね。
しかも頑張ったとは言え一瞬は落ちた訳だから、結構な勢いでね。
しかもよりによって芝生じゃなくて、めーちゃんの足に顔から突っ込んだ。
せめて中間に降ろしてればセーフだったんだろうけど、ちょっとずれちゃったよ。
顔は親指の上、右腕は足の甲。そして左腕は芝生の上に伸ばされる。
落ちた時に伸ばされていた脚は畳まれて、膝をついてお尻を突き出すポーズになっていた。
なんかこのポーズに覚えが…… あぁ、カトリーヌさんのお腹の上でこんな感じになったわ。
まぁあっちは平らだし柔らかかったけどさ。
っていうかアレ大丈夫か。
結構強く叩きつけられてたけど……
まぁ消えないって事は生きてるって事だろう。
あ、ぷるぷるし始めた。
「うえぇん、痛いよぉー……」
うわ、結構血が出てるな。
ていうか鼻血が凄いぞ。折れてない? 前歯とか大丈夫?
「おいおい、大丈夫か?」
流石に兎さんもちょっと心配してる。
でもさっき撃ち落とすとか言ってたよね?
っていうかめーちゃん。かかった血、こっそり飲んでないか?
妙に足と地面が綺麗なんだけど。……まぁいいか。
「いや、本当ごめん…… せめてもうちょっと離せば良かったよ」
「まぁそのまま落ちるよりはマシなんじゃないかな」
兎さんはそう言うけど、自由落下の方が受け身とか取れた気もするぞ。
少なくとも顔面からモロに突っ込む事は避けられただろう。
「気にしないでー。ありがとねーってあれ?」
あら、なんかいきなり治った。
あぁ、レティさんが回復魔法を飛ばしてきたのかな。
目が合ったら笑顔で頷いたし、そうなんだろう。
「あれ、お前治療した?」
「いや、私じゃないよー?」
「あ、レティさんがやってくれたみたいです。ほら、あっちで手を振ってる魔人の」
「あぁ、あっちの魔人の子がやってくれたんだってさ」
「ありがとー、助かったよー。ほら、皆もお礼言ってふぐぅっ」
「何でお前が要求してんだ。それはともかくありがとうな」
「いえいえ」
おじさんが拳骨を入れながら頭を下げ、レティさんが応じる。
少しは反省しなさい。
「そろそろいいかなー? しゃがむから掴まってねー」
お、もう降ろすのか。
まぁ言い出しっぺは既に落ちてるしな。
そういえば他の人はどうしてるのかと思ったけど、普通に皆でお話してるな。
お茶はモニカさんが出したんだろうか。
っていうかなんか机が増えてるけど誰かの私物かな。
そうだ、めーちゃんからのお礼は配ったけど私は何もお礼してないな。
飴はまだあったかな…… あ、一つ足りない。
一応人数分はあるんだけど、元々アヤメさんに一つ上げる予定だったからな。
……うん、熊さんには反省して貰うためにも我慢して貰おう。
いや、ただの言い訳だけど。
めーちゃんに登った人達の分は降りてきたらで良いとして、とりあえずお茶会と化してる集まりの所へ飛んで行く。
「アヤメさん、手を出してー」
「ん? どうした?」
「はいこれ。元々上げる予定だったのと合わせて二つー」
「おー、作るって言ってたやつか。ありがとうな」
「あと、手伝ってくれた人たちにも配るから伝えてもらえるかな?」
「はいよ。皆、手伝ってくれたお礼が有るから手を出すがよいってさ」
なんだその言い方は。まぁいいけどさ。
遠慮するレティさんの話は聞かずに、ソーサーに一粒置いて逃げる。
隣のテーブルに集まってるお兄さんたちの手に一粒ずつ配って回り、お礼に手を振って応えておいた。
あ、登ってた人達も降りてきたな。
ちゃんと聞こえてたみたいで手を差し出しているので、その上に置いて頭を下げる。
いやお姉ちゃんは手伝ってないだろ。
あげないよ。っていうかもう無いよ。
熊さんも期待に満ちた顔で手を出してるけど……
「すいません、もう無いんです。人を集めておいてもらって悪いんですけど、そっちのパーティーにやらかした罰の代わりってことで一つ」
「はっはっは。おい、お前にやるお菓子は無いってよ」
「えぇーっ!?」
「こっちでやらかした罰の代わりにしてくれってさ。まぁ実際俺らに怒られても大して効果は無いみたいだしな」
「朝にあんだけ言ったのにやりやがったからな…… 良い薬だろ」
「うぅ、そんなぁ……」
むぅ、そんな悲しそうな顔されると罪悪感が……
実際上げられないのはこっちの落ち度だしなぁ。
うん、蜜くらいは上げようか。
「うー、なんか可哀想だから蜜上げますよー」
「気にしなくていいのに。おい、妖精さんが憐れんでくれたぞ。手出しとけ」
「うぅ、ありがとーござますー」
微妙に雑だなおい。
いや、単にそういうノリの人なのは解ってるけどさ。
……そういえばめーちゃんに【蜜採取】使ったらどうなるんだろ。
雑草に使った時は草のエキスみたいなのだったし、木なら樹液なのかな?
「めーちゃん、ちょっとスキルで蜜を貰ってみてもいいかな?」
「んー? んー。いーよー」
よし、それじゃやってみよう。
器を作って【蜜採取】っと。あれ、なんかとろっとしてるな。
これ、煮詰めた後のメープルシロップじゃないか?
むぅ、解せぬ。……まぁいいか。