124:色々あげよう。
「もーお腹いっぱい、ありがとー。おいしかったよー」
「ついでにお水も出せるけど要るかな?」
「わー、それじゃーおねがーい」
少し上を向いてギギギッと口を開くめーちゃん。
……足元じゃなくていいの?
「はいはーい。そいやー!」
手の上からだと少し遠いので、開かれた唇に乗って両手から水を流し込む。
これだけおっきな体なんだし、遠慮なく流し込んで大丈夫だろう。
……腐らないよね?
ほーれ、どばどばーっと……っておわぁっ!?
まだそんなに流し込んでないのに溢れて逆流してきた……
うぅ、一気に行ってたから凄い勢いで返ってきたよ……
「あれ、溢れちゃったかー。ごめんねー」
すぐに閉じられないし拭くことも出来ないので、よだれの様に口の端から垂れ流しながら謝って来るめーちゃん。
むー、またびしょ濡れだよ……
「いや、必要以上に勢いよく流した私が悪いから…… ってあれ?」
……なんだ? 唾液や胃液とは違う香りがうっすらと。
「んー? どしたのー?」
「いや、なんか……」
濡れそぼった右手を顔に近づけ、嗅いでみる。
んー、なんだかちょっぴり木の香り……
お腹に樹液でも溜まってたのかな?
しかし、なんだろ。なんか微妙に覚えのある香りだな。
ん? ちょっと甘いぞ、これ。
……人の口から吐きだされた水を躊躇なく舐めるとか、我ながらどうなの。
いや、どっちかっていうと木の洞みたいなもんだけどさ……
まぁそれは置いといて。なんだっけ、この風味……
んー…… あっ。
「ねぇ、めーちゃんってもしかしてカエデの木?」
「んー? どうだろー。あー、葉っぱの形はそんな感じだったかもー」
うん、やっぱりか。
めーちゃんの口に溜まった水を掬って飲んでみると、メープルシロップみたいな風味がほんのりとある。
メープルウォーターって奴かな? 私の水で薄まってるけど。
「ねー、さっきからどーしたのー?」
「いや、なんか甘いから何の味だったかなーって思って」
「あー、樹液かなー? あっ、そういえばやっぱり口からじゃあダメみたいだねー」
やっぱりか。
しかしこれ、口とお腹に溜まった水は放っといて大丈夫なんだろうか。
まぁ変形の時になんとかなるかな?
「あ、今更だけど素足で唇踏んじゃってたよ。ごめんね」
「いやー、いーよいーよー。気にしないでー」
普通に何も考えずに踏んでたよ。
人間より更にサイズに差があるから、人の顔の一部だって感覚が薄くなってた。
うん、気を付けよう。
「それじゃ、ちょっと足元にかけてくるよ」
「んー。おねがいしまーす」
珠ちゃんをその場に残し、地表付近まで降下する。
おー、当然だけど足もおっきいなぁ。
人差し指が私と同じくらいかな。いや、少し私の方が長いか?
親指と人差し指の股に足の裏を当てて、転がって背比べしてみる。
……よし、なんとか勝ったぞ。
「なにしてるのー?」
「あ、ごめんごめん。今撒くねー」
アホな事やってないで、さっさと水をあげよう。
両足の間に行き、手を上に掲げてスプリンクラーの様に全方位にばら撒く。
「おー、やっぱり普通の水よりおいしー!」
「それは良かった。もっと一杯要る?」
「んー。でも多すぎてもダメかもだし、ちょっとだけおねがいー」
「はいはーい」
散布を続けながらふと思う。
足にちゃんと爪まであるけど、あれ意味あるのか……?
いや、そもそも人型自体の意味もあんまりないし、あれもただの飾りなのかな。
まぁいいか。人型ならあった方が違和感少ないし。
「はいおしまい、っと」
そろそろいいかなと思い、散布を止めて再浮上して手に座り直す。
私の居ない間に珠ちゃんが手前側に寄って来ていたので、モフッと寄りかからせてもらった。
……あ、やば。
さっきの樹液で服と体がちょっとベタついてるけど、毛が貼り付いたりしないかな?
うん、大丈夫だと信じよう。
そんなに抜けるなら今までのモフモフで毛だらけになってるはずだし……
っていうか元々背中側は布に染みていったくらいで、そんなに濡れてないか。
「ありがとねー」
「どういたしましてー。ん……? 栄養と水が美味しかったんなら……」
「んー? まだ何かあるのー?」
「いや、【姫蛍】っていう光を放つスキルがあるんだけどね。流石にこれは日光とは別物だろうしなぁ」
「多分大丈夫だよー? 光合成って蛍光灯とかでも出来るらしいからー」
「へぇ、そうなんだ。あぁ、そういえば植物用照明とか聞いた事あるかも」
「そーそー、そーいうの。試しにやってみてもらってもいーかなー?」
「うん。それじゃ、ちょっと頭に乗らせてもらうよ」
「どーぞー」
手の甲から頭の上に飛び移る。
普通に発動したらお尻が光っちゃうので、意識して両手で発動するようにした。
別にいけない訳じゃないけど、なんか恥ずかしいし。
両手から放たれた光を【光魔法】を覚えた時の要領で捻じ曲げ、全てめーちゃんの頭に降り注がせる。
しかしこれ、光量とか大丈夫なのかな。
まぁ強すぎて痛かったら言ってくるだろう。
「おほー……」
いや、おほーってなんだ。
「ぬくーい…… なんかほっとする暖かさだー」
あぁ、好評なのね。
なんだろう、【妖精】は【樹人】のお世話をする種族でもあるのかな?
単純に植物全般に強いだけかもしれないけど。
お世話係っていうか共生関係なのかもしれないな。
めーちゃんの樹液、甘くて美味しかったし。
というか一人しか知らないから判らないけど、他の木の【樹人】も居るのかな?
お世話の対価に果物や木の実を貰うとか…… うん、有り得るな。
いや、居るのか知らないけどさ。
「もーいいよー。ありがとー、満喫したー」
「あ、そう? それじゃおしまいっと」
頭からジャンプして飛び立ち、手の甲に戻る。
「いろいろやってくれたけど、今はこれくらいしか持ってないや。ごめんねー」
「ん? 別に気にしなくていいんだけど……」
これくらいって何だ?
手の上には何もないけど……
「あー、ごめん。みぞおちのあたりにあると思うよー」
見に行ってみるか。
日陰になってて少し薄暗いな…… ぐぬぅ……
おや、なんか穴があるな。この中に何かあるのか?
おぉ、銀貨が一枚置いてある……
え、これどうなってるの?
鞄の代わりに体に収納があるの?
「あったー? それ、上げるよー」
「うん、銀貨が置いてあるけど…… これじゃ貰い過ぎだよ」
「いーのいーの。この体じゃ買い物にも行けないからねー。ここの地主のおじさんにもお礼で渡したけど、余ってるんだー」
「うーん、それじゃありがたく貰うけど……」
「気にしなーい。お喋りにもつきあってもらったしねー」
「それこそこっちも暇だったんだけどね。まぁいっか、ありがと」
「うんうん、お互い様だねー」
しかし銀貨十枚あれば、端っこの方ならちょっとくらい土地買えるんじゃ?
……と思ったけど自分で買いに行くことも出来ないし、使い切ったら土や水の世話も頼めないのか。
不自由極まりない種族だなぁ……