122:木と話そう。
珠ちゃんを止めて木をじっと見つめる。
むぅ、なんだこの面妖な木は。町中だし敵ではないんだろうけど。
「……あ、驚いた……? それじゃ……成功って事で……」
いや、何がだ。
しかし妙に間の空いた喋り方だな。
それぞれの言葉自体はそこまでゆっくりじゃないから、余計に違和感がある。
「ほんとは……後ろから…………『わっ!』て……驚かそうと……思ってたの……」
……何でだよ。
「あ……いきなり、ごめんね……? わたし……エイス・メイ……っていうの…………めーちゃんって……呼んで……ね……?」
とりあえず「あ、どもども」って感じに頭を下げておく。
フレンドリーな木だなー……
ん、そういえばカトリーヌさんの話に【樹人】なんてのがあったような。
もしかしてこの木、プレイヤーなのか? いや、NPCの【樹人】なんて可能性も無いでは無いけど。
「……あ……私、【聴覚強化】……あるから…………普通に喋って……くれればいい……よ……」
【妖精】の声が小さいのは知ってるんだな。
今は中継出来る人が居ないから、スキルを持っていてくれるのは助かる。
「あー、どうも。【妖精】の白雪です。こっちは召喚獣の珠です」
「……白雪ちゃん……に、珠……ちゃん、ね? ……よろしく」
「よろしくです。ところで、ここで何をしてたんですか?」
「ぼーっと……してた…………白雪ちゃんが……こっちに来る……のが見えたから…………びっくりさせようと……したら見つかった……」
……暇だったのか?
「見つけたというか、なんか魔力を持った妙な木だなー、って気になって見ただけですけどね」
「あれー、それじゃ……自分から勝手に…………出て行っちゃった……のかー……残念……」
「まぁそうなりますね。……失礼ですけど、その喋り方って素なんですか?」
「……んー? ……やー、この状態だと…………喋りにくくて……ねー」
ん、種族的な制限でもあるのかな?
このゲームの事だから、どんな嫌がらせが仕込まれててもおかしくないしな。
「……んー……聞いてる方も……面倒だよね…………ちょっと……待ってね……」
お、何かやるのか?
「えーい…………んっ……」
おぉ、左右の大きな枝を残して他の枝葉が引っ込んでいく。
下の方も二股に分かれて行ってるぞ。
ただ結構メキメキ言ってるけど、これ大丈夫なのか?
「ふー…… よーし、これで喋りやすいよー」
……うん、シルエットは人型になった。それはいいんだ。
確かに人型だけど、でっかすぎるよ! 何メートルあるんだ、これ……
比較対象が無いから判り辛いけど、常人の三倍はありそうだな。
私から見れば五十メートル越えだよ。
結構離れてるのに、殆ど真下を見るような体勢になってるし。
というか喋ってる時も口は全く動いてないから、何で喋りやすくなったのかも謎だよ。
いや、謎しかないからそんなの今更なんだけどさ。
木の時だってどこから音が出てて、どこで音を聞いてたのかもよく判らないし。
「あー、痛かったー。改めてよろしくねー」
「あの変身、そんなに痛いんですか?」
「あ、そこまででもないんだけどねー。なんていうか、関節を鳴らす感触が、全身で起きる感じかなー」
なんかぞわっとしそうだな、それ。
「で、たまーに痛いのが混ざる。我慢できる程度だけどねー」
しかし、普通に喋れるようになっても微妙に間延びした喋りの人だな。
別に何も問題はないんだけどさ。
顔立ちはキリッとした格好いい感じの人なのになぁ。
いや、人形みたいに表情が動かないから余計にそう見えるんだろうけど。
「あぁ、そうだー。白雪ちゃん、ここに座るといいよー」
開いた手の平を前にして垂らしていた両腕から、左腕だけを動かし始める。
……すごいゆっくりだな。しかもまたメキメキ言ってる。
体を動かす度にそうなるのか?
あ、背筋も伸ばし始めたな。
「お待たせー」
しばらく待つと、前を向いた顔の正面に左手の甲が配置された。
ここっていうのはその手の上の事か。
私飛べるから、足場は無くても大丈夫なんだけどな。
というか、そこに珠ちゃんを連れていくのは無理だなぁ。
下で日向ぼっこでもしててもらうか?
「珠ちゃん、木登りはお好きかなー?」
……うん、好きみたいだな。
尻尾がピンってまっすぐになった。
「私の体、登っていーよー。痛くないから、爪出しても大丈夫ー」
なんだかわくわくした顔で、こちらをチラッと見る珠ちゃん。
いいよ、行っておいで。
ただ落っこちない様にだけは気を付けるんだよ?
珠ちゃんから降りて背中をぽんぽん叩くと、テテテッと走って行ってめーちゃんの脚に飛びついた。
おぉ、爪をひっかけて器用に登っていく…… うわぁ、あれ現実でやられると痛いだろうな。
ん、良く見ると両足は地面に繋がったままなんだな。移動はどうするんだ?
珠ちゃんは遊びに行ってしまったので、一人で飛んでめーちゃんの手に座る。
「それじゃ失礼して……と。わざわざ止まり木を作ってくれましたけど、何か用件でもあったんですか?」
「んー? いやー、せっかくだからお喋りしようよ、と思ってー。何か聞きたい事とか、あるかなー?」
あぁ、要するに暇だったんだな。
「あー、それじゃ一つ。その状態になっても根は張ってるみたいですけど、移動ってできるんですか?」
「んー、一応、不可能では無いかなー。でも結構痛いしすっごい遅いから、出来ないって言ってもいいかなー」
「痛いんですか?」
「んー。一歩ごとに足を上げて根を引きちぎらないとだからー。髪の毛をプチッて抜いたくらいの痛みが、足にちくちく刺さるねー」
結構つらそうだな……
「でも、最初の二歩だけなんじゃ?」
「んーんー。さっきの動きの遅さ、見たでしょー? 一歩進むたびに根っこを伸ばして片足を固定してからじゃないと、足を上げたらそのまま倒れちゃうよー」
あぁ、しかも受け身も取れないのか……
下手をすると腕がへし折れちゃうんだろうな。
「そんな体なのにさー。ひどいんだよー?」
「え、何があったんですか?」
「あ、変な感じがするから、普通に喋ってほしいなー。で、何がひどいってねー」
変な感じと言われても。まぁそう言うならそうするけどさ。
「ゲームのスタート地点って、港でしょー?」
「うん」
あ、この人プレイヤーだな、うん。
「あそこって、石畳じゃない」
「うん、そうだね」
あぁ、まともに歩けないのか……
「だから根っこも張れなくて、その場に転がったまま潮風に吹かれ続けて、枯らされちゃったんだよー」
……うん、もっと酷かった。
本当にこのゲームの開発は意地が悪いな。
「死に戻りで噴水広場に出て、それからどうやって移動したの? あそこも根が張れないと思うけど」
「こんなでっかいのが転がってて、すっごい邪魔になっちゃったんだけどねー。横に落ちてきた【鬼人】のおねーさんが、ここまで担いで持ってきてくれたんだー」
これを担ぐのか…… やっぱ【鬼人】って凄いな。
「カトリーヌっていう、有名な人だったんだってー。白雪ちゃんは知ってるー?」
「あぁ、うん…… よく知ってるかな……」
そういえばあの人、アレさえ無ければ凄く良い人なんだっけ……