117:叩きつけよう。
しまった、全力で飛んだらカトリーヌさんが追い付けないじゃないか。
広場から出た所で我に返り、一息ついてカトリーヌさんを待つ。
うん、なんか羊さんの表情につられて凄く恥ずかしくなったから逃げたけど、確かに落ち着いて考えてみれば堂々としていれば良かったんだな。
こっちはただスキルを使ってただけで別にやましい事はしてないんだから。
いや、手を繋いだままだったのは確かに恥ずかしくはあるけどさ。
そもそも今までだって普通に人間のうなじに口付けしてたんだし。
必要以上に仲良く見えたってだけで、普段とやってる事自体は同じじゃないか。
それに人間の目に可愛らしく映るなら、望む所ではあるんだし。
いや、まぁそっちの人と思われるのは少し困るけど……
って実際何か困るかって言われると気になるってだけだな。
別に現実でそう言われるでも無し、実害は無いだろう。
これからは気にしない事にしようか。
あ、来た来た。
「ふぅ。置いていくのは酷いですわぁ、白雪さん。」
「ごめんごめん。恥ずかしくてつい逃げちゃったよ」
「逃げたのは逆効果では無いかと思いますが」
「だよねぇ…… まぁ、過ぎた事はもう仕方ないね」
「そうですわね。今更無かった事に出来る訳でもありませんし、これから気を付けるくらいでしょうか」
「いや、もう気にせず堂々とすることにしたよ。別に変な意図がある訳じゃないし、恥ずかしがってる方が変な感じになっちゃいそうだからね」
「それは確かにそうかもしれませんわね。やっているのはただの食事ですもの」
「いちいち気にして口から吸わないようにしてたら、人から貰う時にも得られたはずのMPが無駄になっちゃうからね」
「せっかくの食事ですのに、美味しくありませんしね」
「いや、そこは別に我慢できるから良いんだけど…… まぁここに居ても仕方ないし、役場に行こうか」
立ち話を切り上げ、役場の方向へ移動を始める。
「……ねぇ、カトリーヌさん」
「はい、何ですの?」
「なんでそんな位置取りなの……? 凄く気になるんだけど」
何故隣に並ばずに私の背後に。
しかもなんかちょっと下の方だし。
「綺麗なおみ足だなと思いまして」
「え、ちょっと待って? 一体何を言いだしてるの」
いや本当、唐突に何言ってんだこの人。
「あぁいえ、普段地面を踏んでないとこんな感じになるのか、と」
「まぁ、ずっと飛んでるからね。というか経験値を稼ぐために、地上に居る時も【浮遊】で殆ど体重かけないようにしてるし」
「妙に軽やかだと思えば、そういう事だったのですね。私も実践してみますわ」
「うん。ただレベルを上げるだけでもステータス補正が入るし、上げておくに越したことはないからね」
「で、歩くのに使用しない足を現実で見る機会などありませんから、少々気になりまして」
まぁ最初は素足で石畳の上を走ったりしてたけどね。
飛べる事すら忘れてたし、思い出す余裕もなかったから。
というかあの時は飛んだら警報が鳴ってたけどさ。
「うん、まぁ確かにねぇ」
「ちょっと失礼」
「えっ? ちょっ、ひぃぃっ!?」
いきなり私の右足に両手を添え、踵に額を当てて顔の右半分をうずめてきた。
いや、何考えてんだこの人は!? っていうか土踏まずに鼻が当たってくすぐったいんだけど!?
「おぉ、これはなかなか…… ぴたりと吸い付くような柔らかさに、ほんのりとしたぬくもり……」
やめろ、喋るんじゃない! 足の裏に唇が触れてぞわっとするんだよ!!
「ちょっ、くすぐったい!! こらー! 離せー!!」
「もう少し、もう少しー!」
右脚を持ち上げるとそのまま引っ付いてきたので、添えられている両手を掴んで引き剥がそうとする。
……が、まったく剥がれない。なんなんだこの無駄な腕力は!?
「くそぅ、離せぇーってうわぁーっ!?」
「け、蹴るのでしたらこちらをどうぞ!」
苦し紛れに左足で肩を押して蹴り剥がそうとしたらそちらも掴まれ、右脚と揃えて顔に添えられてしまう。
くそう、私の方がレベルが高いのに抵抗できない……
って筋力上がる様なスキル持ってないからそれは関係なかった。
顔を私の両足で包んで、ご満悦なカトリーヌさん。
両手で足首を掴まれ、前腕で足の甲をホールドされて、自由になるのは指先くらいだ。
片方を引っ張ってもう片方で押し込んでみても、顔にかかる圧力で悦ばれるだけらしい。
「あっ」とか「ふぅっ」とか言われて、余計にくすぐったくなるだけ損だ。
両足を揃えたままぶんぶん振ってみても、きっちりその動きについてくる。
なんだよこの無駄に凄い【浮遊】技術は!
腕力と言い本当にどうなってるんだよ!?
「離してよぉー!! 離さないとひどいことするよー! 思いっきり壁にぶつけるよー!?」
「ぜ、ぜひ、ぜひお願いします!! それならば私、死んでも離しませんわぁーっ!」
「ひぃーっ!?」
しまった、逆効果だったぁ!!
「な、舐めるなぁーーーっ!!?」
親指と人差し指の間にヌメッとした感触がして思わず叫びつつも、勢いよく回転してカトリーヌさんを壁に叩きつける。
「あひぃっ! そ、その調子ですわ! もっと、もっと強く!!」
「もうやだぁーっ!?」
叫ばれるたびに足の裏に口が当たり、力が抜けていく。
何度も叩きつけられボロボロになりながらも、足を掴む力は衰える気配が無い。
むしろ強くなってきてる気さえするんだけど……
「ま、まだまだ、いけますわ! 白雪さんの、力は、そんな物では、無いはずです!」
あんたはトレーナーか何かか!?
「いい加減にしないと本当に怒るよー!!」
「ど、どうぞ、私を踏み躙り、惨たらしく、殺してくださいましぃ!!」
追い出すとかいう方向で怒ったらどうするつもりなんだこの人。
……いや、それはそれでカトリーヌさん的には良いのか?
しかしそう言うなら遠慮は要らないな。っておいこら!
「だから舐めるなって言ってるだろぉーーーっ!!!」
カトリーヌさんがまとわりつく両足を下に向け、地面に向かって急降下。
自分の足が地面につく寸前で急停止して、墜落死を防いだ。
何度も叩きつけられて柔らかくなったカトリーヌさんの体が、ビクンビクンと痙攣している。
芯が無くなりおかしな方向を向いていた両脚が暴れまわるが、少し経てばそれも収まった。
……本当に死んでも両手は離さなかったな、この人。
うぅ、頭蓋骨を踏み砕く感触なんて知りたくなかった……
しかも素足で直にって……




