116:誤解されよう。
さて、それじゃ片付けようか。
「しかし、これはどうやって持って帰りますの?」
ザルに積まれた銅貨を見て疑問を呈するカトリーヌさん。
「あぁ、流石にこれだけあるとボックスにも入らないから両替して貰ってるよ。その面でもおばちゃんにはお世話になってるねー」
ザルのふちをぺちぺち叩いて、おばちゃんに頭を下げてお願いする。
「はいはい、ちょっと待ってな」
おばちゃんはザルから手づかみで銅貨を取り、カウントしていく。
……って地味に凄いな。毎回きっちり十枚ずつ掴んでるよ。
「はいよ、お待たせ」
十枚ずつの山を二十個ザルに放り込み、銀貨二枚と残りの銅貨が目の前に置かれる。
取りあえず銀貨を一枚持ち上げて、カトリーヌさんに押し付けた。
「はい、カトリーヌさんの分」
半ば暇潰しの様な物とはいえ、横で接客してくれてたしね。
「そんな、私は横に居ただけですのに受け取る訳にはいきませんわ」
「いいのいいの。さっきの支払いでお金持ってないでしょ?」
「それはそうですが、それは白雪さんがご自分の蜜を売って得たお金ですので。私が頂くのは筋が違いますわよ」
「むぅ、仕方ない。それじゃこれをあげよう。付き合ってくれたのに何も渡さないのも気になるよ」
どう言っても受け取ってくれそうに無いので銀貨をボックスにしまって、代わりにきなこ飴を二つ取り出す。
というか手伝ってくれたのに渡すの忘れてただけなんだけどね。
「ありがとうございます。これくらいでしたら気兼ねなく受け取れますわ」
よし、受け取ってくれた。あ、そうだ。
「なんだい? おや、私にもくれるのかい。ありがとうね」
手を出させて二つ乗せる。おばちゃんにも世話になってるからね。
手から離れてもう一枚の銀貨もボックスにねじ込み、カトリーヌさんの手を引いて飛び立つ。
「まだ銅貨が残っていますわよ?」
「あぁ、あれはいいの。お礼とか手数料とかそういう感じで、いつも置き逃げしてるから」
「はぁ」
「よそのお店で商売させてもらってるんだし、両替もしてくれるしね」
「ふむ、ショバ代という訳ですわね」
「いや、その言い方はどうかと思うけど」
なんかおばちゃんがちょっと悪く聞こえちゃうぞ。
「ちょっと、忘れ物だよ! ……って言っても持っていかないんだろうねぇ。また来なよー!」
空いた手でおばちゃんに手を振って離れて行く。
「なにやら受け取りたくはない様子でしたが?」
「いやー、市場の人達って皆タダで食べ物を分けてくれようとするんだよね。だからいつもこっそりと、お皿の陰に銅貨を置いて逃げたりしてるんだ」
「愛されていますわねぇ」
「というか、【妖精】には優しくしろって言い伝えがあるみたいだよ」
「この体のハンデに対する救済の様なものなのでしょうか?」
「どうだろね。最初は私もそう思ったんだけど」
「という事は、今は違うのですか?」
「正直、仲良くしておいて襲われない様にしようって事に思えてきたよ」
「あぁ、そういう……」
「今は私達二人しか居ないけど、滅びる前は沢山居たんだろうし」
いや、確かな事は何も判らないけど。
「ほら、人間って美味しいし…… 迂闊に群れを敵に回したら大変な事になるんじゃないかな」
「この体躯で鬼の巨体を丸呑みできますしね」
「こう、隣村からの連絡が途絶えたから調査に行ってみたら、建物はなんともないのに家畜と人間が居なくなって、そこら中に村人が着てた服が散らばってるとか……」
「とんだホラーですわね……」
「まぁそんな事が本当に起きたかは知らないけど、無いとは言えないのが怖いよね」
「それにしても、人間ってそんなに美味しいんですの?」
「あぁ、そういえばまだ人間の魔力は吸ってないんだっけ」
「えぇ。雑草から吸ったくらいですわ」
「そっか。一人ひとり違うけど大体果物の味がして美味しいよ。たまに木の実だったりお芋だったりするけど」
「そんなに色々な方を頂いたのですか?」
せめて「方から」って言ってほしかったぞ。
「あぁ、放った魔法も本人と同じ味がするんだよ。【MND強化】の経験値を稼ぐために撃ってもらって、その時にね」
「それは素敵ですわね」
どっちが? って思ったけど、間違いなく撃たれる事の方だよね。
「ところで、私はどのような味だったのでしょうか?」
「あぁ、オレンジみたいな感じだったよ」
「なるほど…… ちょっと失礼」
「ひゃっ!?」
繋いでいた手の甲に口を付けられた。
というかなんで未だに繋いでたんだ。まったく意識してなかったよ。
なんか周囲の目がいつも以上に微笑ましかったのはそのせいか……
「あら? 吸えませんでしたわ」
「そりゃまぁ、同意が無きゃ抵抗の判定があるし…… 急にやめてよー、びっくりするじゃない」
「すみません、つい気になって。改めてお願いできますか?」
「いいけどさぁ。あ、普通に発動すると一気に吸い取っちゃうから、弱めにするように気を付けてね」
「解りました。……んー、何の味もしませんわね」
「え、そうなの? 結晶とかも自分の魔力だから味がしないんだと思ってたよ」
「白雪さんも、私で試してみますか?」
「うん。……ほんとだ。【妖精】の魔力は味が無いのかな?」
「共食いの予防でしょうか?」
「地味に嫌な事言わないでよ…… あ、あと人間から魔力を分けて貰う時も弱めにしてあげてね。下手したら吸い尽くして殺しちゃうから」
「はい、気を付けますわ。善意で譲ってくれた方を死なせてしまっては、申し訳ありませんものね」
まぁ何か対価を払ってかもしれないし善意じゃない事もあるけど、そこはどうでもいいか。
殺したら申し訳ない事には変わりないし。
「さて、これで一通り終わったかな……? あ、まだ裏庭があった」
「裏庭ですか? あぁ、中庭で仰ってましたわね」
「うん、役場の裏庭。あそこでの除草は一応ちゃんとしたお仕事だし、申請しに行こうか」
「私も頂いてよろしいのですか?」
「いや、良くなかったら言わないよ。それに結構広いから、私一人じゃ当分終わらないだろうしね」
朝から晩までやれば別だろうけど、私は夕方にちょっとやってるくらいだし。
「まぁ給料は無いに等しいから、本当に一応って感じだけど」
「あくまでおまけという事ですわね。構いませんので、お願い致しますわ」
「うん。……てか、なんかさっきから周りから妙な目で見られてない?」
ちょっと顔が赤い人もいるし。羊さんとか両手を頬に当てて真っ赤になってるぞ。
ていうかあの人、妙によく見かけるな。単に印象に残ってるだけだろうけどさ。
「あぁ。ずっと手を繋いでいる上に、先程お互いの手に口付けをしていたからでは?」
「……あっ」
一瞬固まり、手を離して全速力で役場の方向へ飛んで逃げる。
そういうのじゃないからねー!!
「白雪さーん! 待ってくださいましー!! それじゃ照れて逃げた様にしか見えませんわぁー!!」
「言うなぁーっ!! ほら早く行くよー!!」
くそう、なんでカトリーヌさんは平然としてるんだよ……