114:四角くなった。
おっと、忘れる所だった。
「レティさん、手出してー」
「はい」
唐突な要求にも疑問を挟むことなく、スッと手を出してくれた。
手の平にきな粉飴を一つ置いたけど、工房で食べ物を出して良かったんだろうか?
まぁもう出しちゃったから仕方ない。次があれば聞いてからにしよう。
と言っても、今はフェルミさん居ないから聞きようが無いんだけどさ。
「今日作ったきな粉飴ー」
「おや、ありがとうございます」
よし、渡す物も渡したし行くか。
……フェルミさんに渡すのはまた今度だ。うん。
「それじゃ、頑張ってねー」
「はい。ではまた後程」
「うん。カトリーヌさん、行こうか」
「それでは、失礼しますわ」
レティさんに手を振り、カトリーヌさんと一緒に妖精ドアから出ていく。
さて、おばちゃんの露店に向かうとしよう。
「大通りには出ずに、適当に路地でも通って中央に行こうか」
「はい。そういえば、言葉はどうするのですか?」
「市場の人達には基本的に聞こえないから、ジェスチャーで何とかする感じだね」
「あぁ、なるほど。しかしこのサイズだと大袈裟に動く必要がありそうですね」
「そうだね。まぁその頑張る動作も人間からは可愛く映るみたいだし、恥ずかしがらずにやるしか無いねぇ」
必要以上にやるのは恥ずかしいから私じゃ無理だけどね。
「ふむ、なるべく媚びた方がいいのでしょうか」
「んー、あんまりあざとくならない方が良いと思う。普通に伝えようと頑張る位で丁度良いんじゃないかな」
「可愛がられようという意図が透けてしまいますか」
「だねぇ。少なくともプレイヤーからは痛い子を見る目で見られそうな気がするよ」
というかカトリーヌさんがやりだしたら私もやらなきゃいけない空気になりそうだし。
それは色々と困る。お姉ちゃんに見られたら、絶対に現実でもイジられるからな……
そんな微妙に黒い会話をしつつ、中央広場へ向かって飛んで行く。
昼間の半端な時間で、更に通りから外れてはいるが少しは通行人も居る。
目が合えば笑顔で手を振り、出来るだけ好感度を上げる努力をしておこう。
「しかし、この大きさで果物を食べるとなると色々と大変なのでは?」
「あぁ、大丈夫。いつも行く露店のおばちゃんは優しいから、私達でも持てるように小さく切ってくれるよ」
「それは嬉しいですわね」
「初めて行ったときも、粒が小さいラズベリーなら私でも食べられるかなーって見てたら、一つ貰えたしね」
「ラズベリー…… あぁ、確かにほぐせば口に入りますわね」
「まぁ種も大きいけどね。ラズベリーの種なんて初めて気にしたよ」
「あぁ、そういう問題もあるのですね」
色々と雑談もしつつ進んで行き、中央広場の近くまで来た。
この交差点の次がもう広場だったっけかな。
移動ついでに【魔力感知】の訓練のために、周辺の人の魔力を探知し続けている。
やっぱり【妖精】と違って、人間の魔力は薄すぎて感じ取るのが難しい。
ん、その角にも人が居るのかな? まぁこっちに進んで来てる訳じゃないから、ぶつかりはしないだろう。
カトリーヌさんが建物の側に居るので、必然的にそちら側を向いたまま交差点に差し掛かる。
「ところで白ゆ」
「へっ?」
網?
「きゃっ!? ……えっ? な、何が起きましたの?」
「あいたっ。くそー、油断したー…… んー、死んじゃったねぇ」
噴水広場で二人して尻餅をつく。
多分というかほぼ確実に、あの角に居た人間だよなぁ……
まぁたまには悪い人も居るか。むしろ今までが平和過ぎたとも言うけど。
私達を捕まえてどうするつもりだったんだろうか。
「さっきの建物の陰に人が居て、その人が網を振ってきたみたい」
「網ですか?」
「多分だけどね。一瞬だけど十センチ角にカットされたカトリーヌさんが見えたし」
【妖精】の事、あんまり知らなかったんだろうなぁ。
あんな勢いで振ったら【妖精】が生きてる訳ないじゃないか。
「なんと……」
「笑顔のまま顔が真ん中から四分割されて…… うぅ、グロい物を見た……」
いや、カトリーヌさんは液状になってたりで今更な感じはするけどさ。
半端に原形がある分きつかった。
「なんと勿体ない…… せめて即死は避けたかったですわ……」
「うん、そう言うだろうなーってのは薄々察してたよ」
流石にいい加減読めるわな。
「しかし何故なのでしょう?」
「うーん、判んないけどありそうなのはお金目当てかな? 私、結構目立つやり方で稼いでたし」
「あぁ、市場で蜜を売っていたのでしたね」
「うん。それにしても現金目当てなのか蜜を採らせようとしたのかは判らないけど」
「まぁどちらにせよ失敗に終わった訳ですね」
「だね。あんなもので【妖精】を捕らえられると思うなよ!」
「堂々と仰っていますが、弱すぎるからというのが悲しい所ですわね」
「……うん。まぁ次からはもう少し気を付けるよ」
建物の陰に人が居るのは解ってたんだから、一応注意はするべきだったんだよなぁ。
「ですわね。そういう人がもう居ないという事は無いでしょうし」
「うん。まぁとりあえず、気を取り直して市場に行こうか」
「えぇ。しかし流石に死に慣れていますわね」
「そりゃまぁダイスカットされた程度でいちいち怯えてちゃ、【妖精】なんてやってられないしねー」
ゲーム開始直後にミンチになったくらいだし。
あ、そういえば服は…… うん、破れたりはしてないな。流石に網にかかったくらいなら問題ないか。
ということは私はそんなに細かくは…… いやどうでもいいわ。
今度は潜んでる人間が居ないかを軽く気を付けつつ、市場に戻ってきた。
あれ、なんか普段より妙に店が少ないような?
「おぉ、白雪ちゃん。大変だったねぇ」
よかった、おばちゃんの店はあった。
「そっちの子は初めましてだね。大丈夫だったかい?」
「えぇ、この程度なんとも」
「いやカトリーヌさん、私たちの声聞こえないんだってば」
「あ、そうでしたわね」
大きく二度頷き、問題ないと伝えるカトリーヌさん。
っていうか、おばちゃんも何かあったのは知ってるんだな。
「馬鹿はとっ捕まったから安心しな。まったく、妖精に手出しするなんて何考えてんだか……」
あー、周りに人居たしすぐ通報されてるか。
というか、建物の隙間とかじゃなく交差点で事に及ぶのも何考えてるんだって話だよね。
生きたまま捕まえられても、結局すぐにお縄だろうに。
「しかしよりによってこの近くで妖精を襲うなんざ、本当に馬鹿な奴だね」
……ん?
「あいつら、やり過ぎてなきゃいいけど。まだ生きてるかねぇ……?」
もしかして、捕まえたのって衛兵じゃないのか……?
「まぁそう簡単に死なせてやる様な素人は居ないし、心配要らないか」
……うん、深く考えない事にしよう。