112:発注しよう。
我に返ったカトリーヌさんと二人でシルクに乗り、玄関まで運んでもらう。
はぁ…… やっぱりこのぷにすべお肌は癒しだわー。
こっち側はちょっと無駄に力が入ってるっぽいけど、怖い物乗せてるから仕方ないね。
ちょっともちもち感が減ってるけど、自分が悪いので我慢だ。
お向かいのカトリーヌさんを見ると、シルクの二の腕にぴっとりくっついて目を閉じている。
向こうは柔らかそうでいいなぁ。
……しかしいくらなんでも懐きすぎじゃないか? まぁ、嫌われるよりはいいか。
「ほらカトリーヌさん、いつまでもしがみついてないで。家具の注文しに行かなきゃ」
表に来たけどカトリーヌさんが離れないので、後ろから肩を持って引き剥がしにかかる。
「うぅ、名残惜しいですが仕方ありませんわね…… 行って参りますわ、シルクさん」
「とりあえず、私の部屋と同じ様にカーテンを付けておいてあげて。行ってきまーす」
シルクが頷いたのを確認して、カトリーヌさんの手を引いて門へ向かう。
さっさと行くぞー。
「し、白雪さん、出来れば少し速度を、落として頂けると、ありがたいのですが……」
あ、しまった。またうっかりしてあんまり速度の差を考慮せずに飛んでたよ。
ずっと引っ張る感じになってたんだから気付け、私。
「ごめんごめん、大丈夫? 腕とか痛くない?」
「は、はい。弱いとはいえ、心地よい痛みですので大丈夫ですわ」
「いや、ちょっと痛いんじゃない…… はい」
さすっている左肘に向けて、【妖精吐息】を吹きかける。
「あら? おかしいですわね。確かに痛みは引きましたが、ほんの僅かですね」
「痛みが引くことを残念そうな顔で言わないでよ……」
でも妙だな。普通ははっきり判るくらい気持ち良いらしいのに。
もう一回吹いてみるか。
「……やはり痛みは僅かな違いですわね。お話に聞いていた程の悦楽もありませんし」
悦楽言うな。
うーん、【妖精】には効果が薄いのか?
よく解んないけど、お互いの魔力が干渉して邪魔してるのかなぁ?
まぁ効きづらいって事だけ解ってればいいか。
「んー、効かないなら仕方ないか。自分でやっておいて無責任だけど、そのうち治るよね」
「えぇ。元々大した痛みではありませんでしたしね」
「いやー、本当ごめんね。お詫びと言っちゃなんだけど、注文しに行った後で果物食べようか」
別に私の奢りって訳じゃないのがなんかセコい感じがするけど、まぁ仕方ない。
「お気になさらずと言いたいところですが、果物は少々興味がありますわね」
「でしょ? それじゃ、早いとこ注文を済ませよっか」
「えぇ。参りましょう」
二人で並んでふよふよ南へ飛んで行く。
カトリーヌさんの為に低めに飛んでるから、少し壁から離れて曲がり角では一旦止まる。
今なら死に戻れば少し近くなるけど、無駄に死にたくはないしぶつかった相手に申し訳ないもんね。
曲がり角で出合い頭にぶつかって、顔が妖精の体液まみれになるとか酷すぎるよ。
市場を通ると屋台に誘われるので、東通りを横断してそのまま南東区に入る。
うーん、こっちからだといまいち道がよく解らないな。
まぁ大体の位置はなんとなく解るし、鍛冶場の音を当てにすればそこまで離れはしないだろう。
やっぱり、たまには違う道を通ってみるもんだなぁ。
初めて見る工房が一杯ある。いや、初めてなのは当たり前だけどさ。
調薬や魔法陣はやっぱり少し気になるけど、今はカトリーヌさんの家具の注文だからな。
うん、寄り道はよしておこう。
「いらっしゃい。あら、そちらの子は初めてね」
一応ノックをしておいて、カトリーヌさんを連れて工房に入った。
迎えてくれたフェルミさんが当然の反応を示すので、挨拶を済ませてもらう。
「お疲れ様です、白雪さん。カトリーヌさんはおめでとうございます」
あ、レティさんも頑張ってるな。
かなり集中してたのか、珍しく少し遅れて声をかけてきた。
「ご丁寧にどうも。白雪さんの家に住まわせて頂く事になりましたので、よろしくお願いいたしますわ」
まぁよろしくって言っても、三人は別に住んでる訳ではないけどね。
「はい。よろしくお願いします」
「ところで、カトリーヌさんも【細工】を習いに?」
「あ、いえ。今回は別の用件で来ました。その前に一応お聞きしたいんですが、そのドアを作ったのはフェルミさんですよね?」
カトリーヌさんに代わって私が話を進めていく。
一応私は知り合いだし、細部は本人に詰めてもらえば良い。
「えぇ、そうだけど?」
「えっと、【妖精】用の家具の注文ってできますか? サイズ的に【細工】工房だと思ったのでこちらに来たんですけど」
「あら、ミニチュア家具の制作? そうね。家具は専門ではないけれど、それでも良いなら出来るわよ」
お、いけた。
「だそうだけどどうかな?」
「もちろんお願い致しますわ」
「はーい。それじゃ、ベッドにテーブルに椅子、それぞれ一つずつ……でいいのかな? うん、それでお願いします」
「ところで、予算はお幾らかしら?」
「あ、そうか。どうする?」
「こういう物の相場が判らないのですが、全て合わせて銀貨八枚で足りますでしょうか?」
ほぼ全部出しちゃうのか。
まぁあんまり使い道ないから問題ないけどさ。
というか絹のハンカチ買った私の言えた事じゃない。
「あら、そんなに。それでは、内容を詰めて見積もりを出すとしましょうか。こちらにどうぞ」
あ、表の店舗でやるんだ。いろんな書類がそっちにあるのかな?
「すみませんが行って参ります。待っていて頂けると助かりますわ」
「うん、もちろん。練習でもしてるよ」
通路に消えていくカトリーヌさんを見送る。
あ、でも練習するって言っても手持ちに金属素材が無いな。
まぁ【金工】を同時に取ろうとしなきゃいいだけか。
その前にちょっと邪魔にならない様に、レティさんの仕事ぶりでも覗いてみよう。
本人が器用みたいだし、スキルレベル低くても凄そうだよね。