第5章
それからも毎日昼になると彼女は私の膝の上で眠った。30分近くもじっとしているのは疲れるが、彼女を撫でているとすぐに過ぎてしまう。
ひと月が経つころになると彼女はだんだんとクラスの中でも明るくなってきた。それまでもにこにこと話はしていたが、それも声をかけられたときだけで自分から話すことは全くなく、名前さえ覚えていなかった。うっすらとその無関心を感じていたのか、彼女に接する人はどこかおそるおそるだった。
「ねえ那美さん、美術室一緒にいこう」
「ええ」
それが今ではみんなと連れ立って行動し、休み時間は談笑に加わっている。
私が彼女の変化に一役買っていることは誇らしくて、相変わらず一番の親友であることは嬉しかった。
けれど。
この落ち着かない気分はなんだろう。
私は彼女の髪を撫でている。
柔らかくて長い栗色の髪を。
やりすぎると髪が痛むので、ゆっくりと、そっと。
その寝顔は世界でたったひとつの無邪気なものに見える。
この顔を間近でみることが許されているのは私だけ。
こんな顔をさせることができるのも私だけ。
それは幸せなことなはずだ。
でも……。
ぼうっとしていると気づかずに手を止め、彼女の顔をみつめていた。
桜色の唇。
それはたしかにあのときくちづけた唇だ。
こんなに優しく触れるものがあるとは知らなかった。
あんなに慌てた瞬間でも私はたしかに幸せだった。
そういえば、彼女はキスを気にしたそぶりもみせなかった。
それは…………寂しい。
そうだ、寂しいんだ。
変だ、それは。
どうして寂しいんだろう。
「若葉、行こう」
すっかり冬らしくなったある水曜日に、彼女はまくらと肩掛けを片手に抱えて私の手をつかんだ。
その手を、私は振り払った。
「若葉……?」
「私、もう嫌」
彼女の顔が悲しそうな色に染まる。
予想外の言葉にすっかりおろおろしていた。
「若葉……」
「もうこんなこと止めよう」
「ねえ、私、なにかした? 嫌われるようなことした?」
目にうっすら涙さえ浮かべている。弱みを握っているのは、そっちなのに。
「お昼寝なら、ひとりでして」
そういって背中を向けた。どこに行くわけでもないけど、彼女から離れたかった。
午後の授業が始まっても、決して彼女の方を見なかった。
どうして突然あんなことをしたのか、自分でも分からない。ただ無性に寂しくて、気づけば彼女の手を払っていた。
けれど寂しさは消えるどころかどんどん大きくなっていく。
彼女の髪が撫でたかった。
彼女はいったいどうしてあそこまでお昼寝にこだわるのだろう。どうして泣きそうになるほど私が必要なのだろう。
彼女のことを何も知らなかった。
私は、次の日学校を休んだ。その次の日も仮病をつかった。
ずっと布団のなかにいるのに、一睡もできなかった。