第2章
「ねえ、どうやって仲良くなったの」
「どうして若葉にだけあんなに親しそうなの」
月曜日から私は那美の親友となっていた。
あのあと何も言わずに図書室から走って逃げ出し、鍵を職員室に返すと、大急ぎで家に帰って自分の部屋の布団をかぶって震えていた。
もう、おしまいだ。女に、しかもファンの多い彼女にキスをしたとなったら、私にどんな仕打ちが待っているだろう。変態扱いされて総スカンぐらいは覚悟しなければならない。
悩みすぎてろくに眠れず、月曜の朝には目の下にくまができていた。
しかし、体をひきずるようにして登校し、勇気をふりしぼって教室に入ると、にこにこと笑う那美が真っ先に「おはよう、若葉」と声をかけてきた。
ぎしりと体が固まって、言葉が出なくなる。
「おはよう、どうしたの」
もう一度繰り返した言葉は、言外に脅迫めいたものが込められていた。日本語にすると「分かってるだろうな、お前」だ。
「おはようございま……」
視線がきっと鋭くなる。
「おはよう……柊さん」
これを聞いてまた笑みを浮かべると、手を振りながら自分の席に帰っていった。
それからは休み時間の度に女友達に囲まれることとなった。その後ろでは、気になってしょうがない男子達がちらちらとこちらを眺めている。
「あの、昨日帰り道にちょっと」
できるだけ図書室とは関係のなさそうな言葉をえらんでごまかそうとしたが、質問したくせに今の彼女たちは話を聞く耳なんて持たなかった。てんでばらばらに羨ましいの合唱。本当にここまで人気があるとは、冷や汗をかきながら縮こまる。
「授業はじまるぞ、席につきなさい」
先生のこの声こそが唯一の救いだった。
昼食を食べたら、長い長い昼休みが始まる。
普段なら楽しみなそれがこの日は憂鬱でしかたがない。これまでと同様、あっさりクラスメート達に囲まれて、私の30分間は拷問に決定したように思われた。
しかし、
「ちょっと若葉を借りてもいい」
やわらかいが、有無を言わせない声が響く。
囲みはざわめいて自然に道をあけた。そこにはクッションを抱えた眠り姫が、すこぶる上機嫌そうに私をみつめていた。
「こっちよ」
私の手を握り、すいすいと歩いてゆく。時間の無駄といわんばかりに説明のひとつもなく、私はなされるがままにひっぱられていく。
「あの、どうして私に構うの」
返事はない。ずんずんと進むこの通路は私にも馴染みの道で、たどり着く場所はひとつしかなかった。
図書室の扉がみえた。
クッションを私に押し付けて、空いた右手で扉を開くとまた何も言わずどんどん進む。
知り合いの図書委員が貸し出しカウンターの中で目をまん丸にしてこちらをみていた。
ひとつ、ふたつ、みっつ目の棚、その奥。
「ここよ」
眠り姫の寝所に、私は通された。
彼女はソファの真ん中に座ると、その右隣の席をぽんぽんと軽く叩いた。
意味が分からず立ち尽くしていると、またきっとなって睨みつけてくる。
「若葉はここに座るようにいっているの」
おずおずと言われたとおり腰を下ろす。3人掛けのソファなのでわずかに肩が触れてしまい、また体をひきつらせることになった。
座る私を満足そうに眺めて、彼女は私の膝にクッションを置いた。
「よっと」
靴を脱ぎ捨てると頭を膝の上のクッションにあずけて、私のお腹に腕をまわすようにして横になる。
「ひ、柊さんなにするの」
顔を上げて再び厳しい視線を至近距離から投げてくる。
「質問はあとで。那美と呼んで。眠りの時間をじゃまするやつは許さない」
目をつぶってクッションに頭を据えなおしてから、言った。
「もしも起こしたら、ばらすわよ」
抱きまくらみーつけたの声が頭の中でリフレインする。呆然と、私は30分間座っていた。すやすやと眠る彼女をみつめながら。