サンタクロースの正体 (2014年・無職転生クリスマス短編)
冬。
12月25日。
魔法都市シャリーアでは、猛吹雪が吹き荒れている。
そんな猛吹雪の中、二つの人影があった。
「トナカイ三号君。任務を説明する」
「お兄ちゃん、寒い……あと眠い……」
赤い帽子に赤いコート、白い大きな袋に白い髭を装備したルーデウスと、
近隣の魔物の毛皮をつなぎあわせて作った着ぐるみを着たアイシャである。
顔の部分はあいているものの、頭の上には山羊のトロフィーに無理やり獰猛なグレートアンガーホーンの角をくっつけたキメラが乗っている。
子供が見れば失神すること間違い無しだ。
「任務の最大目標は、ルーシーたちにクリスマスプレゼントを届けることだ」
事の起こりは一ヶ月ほど前。
寝る前にお話をして、とせがむルーシーにクリスマスのサンタクロースの話をしてやった事から始まる。
12月25日の深夜。
良い子の元にはサンタが現れて、プレゼントを授けてくれる。
そんな話を、幼いルーシーは信じてしまった。
一ヶ月前から「サンタさん来てくれるかなぁ」と言いつつ、家のお手伝いを積極的に手伝う良い子になっている。
良い子にはご褒美だ。
しかし、夢を壊してはならない。
プレゼントは俺からではなく、サンタからでなければならない。
「ただし、エリスに見つかってはならない」
「なんで?」
「エリスも信じちゃったからだ」
別に幼くないエリスも信じてしまった。
一ヶ月前から「どうせルーデウスの作り話でしょ……」なんて言いつつ、家のお手伝いを積極的に手伝う良い子になっている。
良い子にはご褒美だ。
彼女もいい大人だが、大人が夢を見てはいけない理由は無い。
大人になったらもらえない、とは言ってあるが、夢を壊す必要は無い。
「あと、できればノルンにも見つかってはいけない」
「なんで?」
「ノルンは純粋だから、信じてそうだからだ」
「いやお兄ちゃん、それはいくらなんでもノルン姉のこと、ナメすぎだよ……」
アイシャは呆れて言っていたが、もし信じていたら、可哀想だ。
ノルンは別に特別良い子にしていたわけではないが……。
なんとなくだ!
「作戦は簡単だ。
俺たちは裏から裏庭に侵入、俺の寝室の近くから屋根へと登る。
そのまま、暖炉から家の中へと潜入。シルフィの部屋で寝ているルーシーの枕元に、プレゼントを置く」
「なんでわざわざ暖炉から行くの? 普通に裏口から入った方がいいんじゃないの? あたし、裏口の鍵持ってるよ?」
「サンタは暖炉から侵入するものだからだ。夢を壊すわけにはいかないだろ」
「初耳なんだけど……」
あれ? 言ってなかったっけか……。
まあいいさ。
「家の中に先行して潜入しているトナカイ一号が一時的に暖炉の火を消してくれる手はずだ。さらにトナカイ二号がエリスをなんとかしてくれる手はずなので、その隙に一気にいく」
「曖昧だなぁ……あたしは何すればいいの?」
「俺のサポートだ」
「……了解」
アイシャは眠そうな目をこすりつつ、あくび混じりに頷いた。
むっ、早速問題発生か。
トナカイのモチベーションの低下が著しい。
「頼むよ。これ終わったら、何か欲しいもの上げるから」
「んー……じゃあ、お兄ちゃんの添い寝で」
「わかった」
「よーし……いこうか!」
そう言うと、アイシャはパンパンと頬を叩いて、気合を入れてくれた。
ミッションスタートだ。
---
屋根の上へとのぼる。
そして、そのまま煙突の中に、突入。
手はず通り、シルフィが火を消していてくれる。
よくよく考えて見れば、俺が魔術で消してもよかったんだが……まあいいか。
「あ」
俺がロープを使ってズルズルと降りていこうとすると、上から声がした。
「どうした?」
「これ、角がつっかえる」
「……マジで」
グレートアンガーホーンの角はトナカイっぽい角の形をしている。
つまり、でかい。
うちの煙突穴は、そこそこ広めに作られている。
だが、狭い。
通れないのは、道理である。
「仕方ない。トナカイ三号はそこで待機。戻ってくるまで待っててくれ」
「寒いからヤダ」
「そう言わずに。なにかクリスマスプレゼントあげるから」
「じゃあ、コート。オシャレなので」
「了解」
自分を置いて先にいけ。
そんなトナカイの魂の叫びが聞こえたような気がした。
幻聴だろう。
ともあれ、俺は一人で家屋へと侵入した。
「ん?」
しかし、おかしな事に、内部でバックアップしてくれるはずのトナカイ一号の姿がない。
おかしい。
トラブルだろうか。
いや、まだそうと決まったわけではない。先に進もう。
食堂から階段へ。
「エリスの背中は綺麗ですね。ルディが言ってましたよ。エリスは背中から抱きしめたいって」
「知ってるわ。でも、シルフィには前から抱きしめたい、ロキシーには後ろから抱きしめてもらいたいって言ってたわね」
「わたしが後ろから抱きしめようとしたら、おんぶみたいになっちゃうんですがね……」
途中、風呂場からエリスとロキシーの声が聞こえた。
トナカイ二号は予定通り任務遂行中のようだ。
よしよし。
「…………わふ」
リビングから、レオとジローが顔をのぞかせていた。
何してるの? って顔だ。
俺は口元に指をあてて、「シー」っと一言。
レオとジローはいそいそと顔を引っ込めた。
「よし。今度、美味しいお肉をごちそうしてやるからな」
そう言いつつ、二階へ。
抜き足差し足忍び足。
音を立てずにシルフィの部屋の前へと、移動する。
そのままドアノブに手を掛けて、
「サンタさん、今日くるんだよね? パパ、満月の雪の日って言ってたもんね!」
「えっと……あのね、ルーシー、サンタさんはね、寝てないと来てくれないんだよ」
「そうなの? でも、パパ、そんなこと言ってなかったよ?」
「えっと……夜更かしとするのは悪い子だからね」
「でも、ママ、いつも言ってるよね。ものをもらったら、ちゃんとお礼を言いなさいって。だから、ちょっとだけ夜更かしするけど、ちゃんとお礼を言うんだ! その方が良い子だよね?」
「う……うん、そう……だけどね」
いかん!
ルーシーが寝ていない!
まずい、これは想定外だ。いつもならこの時間はぐっすりのはずなのに!
アイシャですら眠そうにしてるのに!
これはいかんな。もっと遅い時間に決行すべきだったか。
一度出直すか?
しかし、エリスだっていつまでも風呂に入っているわけには……。
「どなたですか?」
「ぴゃ!」
唐突に声を掛けられて、思わず飛び上がった。
背後には、いつの間にかノルンが立っていた。
ああ、なんてことだろう。
純粋なノルンに、サンタの正体がバレてしまうとは……。
ノルンの夢を打ち砕いてしまうとは……。
「兄さん、なんでそんな……あ、そっか……失礼しました」
ノルンは俺の格好を見て、何かを悟ったらしい。
頭を下げた。
別にショックは受けていないらしい。
てことは、サンタなんて信じてなかったってことか。
それはそれでショックだ!
「サンタさん来た!?」
と、思った瞬間、部屋の中から嬉しそうな声がした。
「あ、ルーシー!」
部屋の中からドタドタと走る音が聞こえる。
俺は咄嗟に身を翻した。
廊下を走り、階段へ、そのまま極力音を殺しつつ駆け下り、食堂へ逃げこむ。
「なに!?」
ほぼ同時に、エリスが風呂場から叫びながら飛び出してくる気配を察知。
そのまま食堂へと向かってくる。
「ここねっ!」
「!!!」
俺が弾丸のように暖炉へと飛び込むのと、全裸のエリスが食堂に飛び込んでくるのはほぼ同時だった。
「……誰もいないわね。玄関の方に行ったのかしら」
幸い、姿は見られなかったらしい。
俺は気配を殺しつつ、ゆっくりと暖炉を登っていく。
大丈夫だ。気づかれてない。
「へくちっ! 寒っ……何よ、暖炉の火が消えてるじゃないの、誰よ消したのは……しょうがないわね」
暖炉の下から、何かボソボソと声が聞こえる。
嫌な予感がした。
「汝の求める所に大いなる炎の加護あらん、勇猛なる灯火の熱さを今ここに『ファイアボール』」
エリスが暖炉に火の玉を叩き込んだ。
煙突穴を炎が舐める。
「……ッッッ!!」
ケツに火がついた。
俺は叫び声を上げるのを必死で我慢しながら、煙突穴を上り抜けた。
「う、うわっ!? お兄ちゃん、大丈夫!?」
「あちっ。あちっ!」
俺はケツを屋根の上に積もった雪へと押し付けた。
ジュウ、という音がしつつ冷却されるケツ。
ああ、気持ちいい……。
見てみなきゃわからんが、確実に火傷になっただろう、あとで治癒魔術だな……。
と、思った次の瞬間、雪がズルリと動いた。
「うお!?」
俺の重みによってバランスを失った雪は、雪崩のように屋根を滑り落ちる。
上に乗っている俺も、当然ながら道連れだ。
「へぶっ……」
俺は雪と共にそのまま、庭へと落ちた。
ちょうど、雪かきで山となっていたあたりに、ずぼっと。
さらに上から雪が落ちてきて、俺は完全に雪に埋まった。
「むぐぐ……」
なんとか、顔だけ出す。
「サンタさん!」
そこで俺の視界に写ったのは、ちょうど玄関から飛び出してくるルーシーの姿だった。
慌てて雪をかぶって頭を隠し、視界だけは確保しつつ、ルーシーを見守る。
「サンタさん?」
パジャマ姿で出てきたルーシーは、猛吹雪にあおられながら、キョロキョロと周囲を探している。
見つかってはいないようだ。
今の姿が見られたら、サンタの権威と俺の威厳がかなりヤバイ。
「サンタさん……?」
庭を見渡し、何もないことを確認。
さらに小走りで入り口の門の所までいき、門の外にも誰もいないことを確認。
ルーシーはみるみるうちに、悲しそうな顔になった。
「ルーシー」
「ママァ……」
遅れて出てきたシルフィに、ルーシーは泣きそうな顔で抱きついた。
「サンタさん、帰っちゃったの?
私が、夜更かししてたから、悪い子だって、怒って帰っちゃったの?」
ルーシーは、めそめそと泣き始めてしまった。
むぅ……。
なんてこった。
こんな事なら、部屋の前にプレゼントを置いといた方がよかったか。
「えっと……もう少ししたら来ると思うよ。だから、お家の中に入ろう? 風邪ひいちゃうよ」
いや、夜中にでも、こっそりとプレゼントを置いておけばルーシーの悲しみも癒えるだろう。
うん、クリスマスってのはそういうものだ。
来ないと思っていたものが来る、嬉しさは二倍だ。
夜中の騒動は、俺がローリングクレイドルで家中を転がり回ったから、とでも言っておこう。
「あっ!」
次の瞬間、ルーシーの顔が、パッと輝いた。
門の前に、人影が現れたのだ。
人影は異様だった。
まず、血の色を思わせる真紅のローブを着ていた。
さらに同色のツバの広い魔術帽に、大きな大きな白いバックパック。
そして、その顔は無骨な黒いヘルメットで隠されていた。
人さらいのような姿だ。
「サンタ……さん?」
「……」
ダークサイドに落ちたようにしか見えないサンタは、無言だった。
猛吹雪、風と雪の音が支配する中、無言で、袋の中に手を入れた。
中からは、何が出てきてもおかしくは無かった。
血塗られた山羊の頭か、血塗られたナタか……。
ただ一つだけ言えることがある。
そこからは本当の恐怖が取り出されようとしているのだ。
と、もし彼がヘルメットを付けていなければ、誰もがそう思っただろう。
「……」
取り出されたのは、プレゼント箱だった。
その異様さと似合わない、可愛いリボンでラッピングされたものだ。
彼はそれを、ルーシーへと差し出した。
「わぁっ!」
ルーシーは喜色満面の笑みでそれを受け取り、両手で大事そうに持って、頭を下げた。
「サンタさん! ありがとうございます!」
龍聖闘気に守られし世界最強のサンタは、ルーシーの頭に手を置いて、優しくなでた。
そして吹雪の中、ゆっくりと、その姿を消したのであった。
---
翌朝。
俺は興奮したルーシーからさんざん自慢話を聞かされた。
「パパ、あのね、私ね、サンタさんに会ったんだよ!」
「へぇ、そりゃあ凄いねぇ。どんなだった?」
「えっとね、うふふ、教えたげない! でも、パパも知ってる人だったよ!」
「へぇー、気になるなぁー」
終わりよければ全てよし。
ルーシーは上機嫌になり、サンタの実在も証明された。
俺の用意したプレゼントは、今晩にでもルーシーに上げればいいだろう。
アイシャには埋め合わせをしなきゃいけないが、万事オッケーだ。
「それで、ルーシー、何をもらったんだい?」
「えっとね……これ!」
ルーシーが見せてきたもの。
それは――。
ルーシーの頭が入りそうなサイズの、毛糸で編まれた真っ赤な靴下だった。
来年になったら、社長にクリスマスの詳しい説明をしよう。
そんなことを思いつつ、俺は娘と共にクリスマスを過ごしたのであった。
※この物語はフィクションです。
無職転生にクリスマスは存在しません。