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6.5話 追憶

 「お父さん! 明日の演奏会、楽しみにしててね!」


 最愛の娘の3度目の花舞台。

 妻と二人、数少ない時間を共に歩んで育んだ我が子の夢が明日叶おうとしている。

 あの日娘がせがんだ誕生日プレゼントは、今もなお丁寧に手入れされ、彼女の元で音を奏でる。

 

 「ああ、もちろんだとも。素敵な演奏を期待しているよ」

 「メリッサ。明日の演奏会で着る衣装、あれちゃんと準備しておきなさいよ?」

 「あ、はーい! もうっ、お母さんってば。私よりうっかりしてる癖に、こういう時はしっかりしてるんだから」


 仕事で家に中々帰ってこれない私にとって、癒しであり、生きがいである。

 この先も、この幸せな時間が続き、孫ができ、次の世代を見送って旅立つ事になるのだろう。


 「よし、明日は手短に仕事を片づけて、演奏会に行くよ。そろそろ後輩にも仕事を引き継いで貰えそうなんだ。」

  

 妻はその言葉を聞いて、はにかんだ。

 

 「ふふっ。仕事一筋の貴方が珍しいわね。あの子も喜ぶでしょうけど、もし遅くなるならちゃんと連絡をして下さいよ?」

 「ああ。三度目の正直ってやつさ。これ以上、あの子との約束を破る訳にはいかないよ」


 そうだ、これ以上あの子との約束を破る訳にはいかないんだ。

 前回も、その前の演奏会も、仕事の都合で行けなくなってしまった。娘も妻も、仕事なのだから仕方ないと言ってくれたが、不甲斐無い私が期待を裏切ってしまったのは事実だ。


 「さて、それじゃあ私は寝るとするよ」

 「お休みなさい、貴方」

 

 明日の朝、早くから仕事をするため、この日は早くにベッドに入って就寝する事にした。

 

 翌朝、予想通り後輩が上手く仕事をさばいてくれている。

 この分なら昼からの演奏会に十分に間に合うだろう。


 「先輩、今日娘さんの演奏会なんでしょ? 奥さんに続いて娘さんも奏者なんて、凄いですね」

 「そうだろ? なんて言っても、私の自慢だからな。今日は早く帰るつもりさ」


 満面の笑みで返事してやった。早くこいつも奥さんを貰うといいのに、未だに「一人の方が楽だから」などと言う。珍しい事ではないのだが、真面目なこいつなら、引く手数多だろう。


 「親父さん、絶対今の嫌味でしょ」

 

 なんだ、ばれたか。

 まぁ、私はポーカーフェイスでもないし、仕方ないだろう。

 そう言えば、ポーカーはやった事がないな。面白いのだろうか。

 

 「いいですよ。あとは俺でも出来るんで、親父さんは行ってあげてください。たまには家族孝行しないとね!」

 「なっ!? お前それ絶対嫌味だろ?」

 「あら? ばれちゃいましたか」

 

 調子のいい奴だ。研修の時はもっと真面目だと思ったのに、一体誰に似たんだ? 

 教育した奴が相当捻くれていたに違いない。ああ、そうだ。何故なら教育したのは私だからな――

 取り繕うつもりなどない。ポーカーではないからな。

 

 「まぁ、なんだ。ありがとな。じゃあ任せたぞ!」

 「おいっす! また俺も娘さんの演奏聴かせてください」

 「ああ、いつかな」


 馬鹿みたいなやり取りも、信頼がおけるからこそだと私は思う。

 足早に更衣室まで行き、職場を後にした。


 外は雪がちらつき始めていた。

 車に乗り、エンジンをかける。演奏会の会場までは約三十分だが、休日なので四十分はかかるだろう。車を走らせ、妻と娘の待つ会場へと向かう。


 私は焦っていた。そして間もなく、対向車線の車がこちらに向かって走ってきた。雪によるスリップ事故だった様で、ハンドルを慌てて切ったが時既に遅く。


 三度目の約束も守れずに、異世界へと旅立っていた。

 妻と娘を残して――――


 全てを恨んだ。

 全てを憎んだ。

 全てに嫉妬した。


 元々研究者だった私は、思いつく限りの事を試した。

 可能性のある物は全て試し、一つ特殊な力が身についている事に気づいた。


 《学者(スカラー)

 

 なんとも御誂(おあつら)え向きじゃないか。

 私に力を持たせるなど、世界を壊してくれと言っているようなものだ。だって、そうだろう? 私は全てを失ったんだ。


 五年、たった五年の間。

 《学者》の能力は凄まじいものだった。

 ある程度の事象なら手に取る様に解る。そうして私はあらゆる魔法を習得し、使いこなし、最適化した。

 それまでに立ち寄った町で、森で、気に食わないモノは全て破壊した。

 何者にも縛られない力であり、何者にも理解されない力。

 孤高であり孤独な存在に成り果てた。


 そうして、異世界での五年はあっという間に過ぎた。

 手にかけた者達にも、守るべき者が、最愛の家族が居る事を知った。


 殺してくれと請い願ったが、誰も彼も願いを受け入れてはくれなかった。

 ある日立ち寄ったエルフの森で、長老と出会い、使い魔と出会った。


 破壊者でしかなかった私が、許しを得られる方法はただ一つ。

 この世界を守る事、ただそれだけだと言われた。


 もはや帰る手段などない、帰れる希望もない。

 あの日あの時の妻と娘の笑顔を、再び見る事も敵わない。

 後輩とした約束でさえも守れない私に何が出来るのだろうか。


 「貴方は、求められて此方(こちら)の世界へ来た。ならばその意味を探しなさい。それが貴方の生きる理由になるだろう」


 都合のいい詭弁だ。

 だが、生きる意味があるというならば探そう。

 でなければ私が全てを失った理由は何だというのか。


 ベルフェドラと名前を変え、世界を旅する事とした。

 使い魔となったヘラを連れて、飢餓にくるしむ村や戦地、果ては竜の住む地にも出向き、世界の在り様を見て回った。

 そうした中で、罪滅ぼしの為に力を使い、人を助けていくうち、《百識の賢者》と呼ばれるようになった。

 

 月日は流れ、私は立ち寄った森で湖面を眺めた。

 そこには白髪と髭を蓄えたた老人が映し出される。

 ずいぶんと歳をくったものだ……もはやあの頃の面影などないのではないだろうか。

 

 そんな時だ、私は一匹の白い竜に出会った。

 見た目だけで判断する訳にもいかない、なにせ相手は竜だ。

 とりあえず万が一も考え、焚火で炙りつつ様子をみる。

 

 するとどうだろう、驚いた事に言葉を話すではないか。これは興味深いと思った。ついでを装って、念のために刺しておいたマウスイーターの針を抜いてやり、解毒処理も行った。


 話す内、元人間の転移者である事が分かった。いや、転生者と言うべきか。

 同郷の者に合える日が来るとは思いもしなかった。


 そして、ある一つの思いが私を突き動かす。それは孫が居たら、まさにこの様な状況なのだろうかという錯覚。話している内に、少し手を貸してやりたくなった。


 ただのお節介だ。そんな事は分かっている。ただ、自分ももう長くはないだろう。ならばせめて、この想いを受け継いでくれる者が欲しかった。


 私は生まれて初めて、弟子をとった。

 竜の落とし子を弟子として、一冊の本を彼に預ける事にした。


 今後彼がどんな道を歩むのか、それは決して平坦な道ではないだろう。

 ただ、彼が正しく進める様に手を差し伸べる事は出来る。私と同じ道を歩まぬように。


 こうして私とヘラと、一匹の不思議な竜との森での生活が始まった。

ちょろっと、ベル爺のお話を挟んでおきます。

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