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4話 思い出は、優しく淡く

 すっかり夜の闇に染まった森の中で、僕は師匠とヘラと一緒に食糧を取りに、さらに森の奥へと歩いている。焚火に関しては、一度消しておいたため、先ほどまでの明かりは一切なく、木々の隙間から漏れる月明かりのみ。


 ただ、先ほど魔素を見れる様になった為か、地面や草木、空間に漂う魔素が小さな光となって森を照らしている。時折花開く様に草木から魔素が放出されており、まるで灯篭の様だ。


 「少し前まで薄暗いだけだったのに、魔素が見えると、通常よりも明るく見えますね。というか、何か神秘的な感じで落ち着きます」

 「綺麗じゃろう。だが、少しづつだが、体力を奪われる故、まずはその感覚になれるが良い。数か月もすれば、呼吸するのと同じ程度にはなるじゃろう」


 目的地に着くまでの間に、魔素について教えてもらった。

 師匠によると、草木が光合成など、栄養素を摂取する活動と共に、穢れた魔素を吸収し、浄化して酸素と共に放出しているのだそうだ。この他にも、ありとあらゆる微生物などが浄化作用を行っているらしい。


 そもそも、人や魔物が魔法を行使する場合、魔素が消費され穢れが生じるらしい。そこに意思が介入する以上、ほぼ例外は無いそうだ。

 よって、町など人が多く存在する土地の魔素は穢れが多く、様々な悪影響を生みやすいという。

 ほぼ無いと言ったのは、例外として穢れを払おうとする意思を持つ清めの儀式、その他意思を持たぬ微生物ならば穢れを生まず、また浄化する事も可能なのだと教えてもらった。


 「では目的地に着くまでに簡単に、今回の獲物の説明するぞ。今回は豊富な水分を含むウォーターバルーンという木の実を採取してもらう。梨などに似ておる物だが、多きさは倍程あってのぅ。栄養源として水と共に魔素を大量に蓄えておる故、今の状態を保ったまま目視にて見つけて貰うというわけじゃ」

 「なるほど。それで師匠、見分け方などはありますか? 魔素が大量にあるので見つけにくそうに思うんですが」

 「いや、通常の浮遊しておる魔素と違い、大きく輝き、動かないので見つけやすいじゃろう。ただ、気を付ける点があっての。必ず近くに、サルがおる事じゃが……」


 ベル師匠が足を止めた。

 どうやら目的地に着いたようだ。辺りを確認すると、暗闇に一際大きな魔素の塊が見える。それと同じく、近くに小さく動く影が一つ、二つ。こちらの様子を伺っているのか、小さな目が、時折月明かりを反射して光っている。


 目を凝らして観察すると、見た目はほぼリスに近く、木の実を主食とする小動物で、サルの様に自由に木々を飛び回る。

 その姿からリスザルと呼ばれるらしく、可愛い見た目と異なり、縄張り意識が強いため、害を及ぼす者には文字通り噛みついてくるのだとか。固い木の実も自慢の前歯で粉々にするらしいので、噛まれたらかなり痛そうだ。


 「よし、では十個ほど採ってこい。仲間が集まると面倒なので、気づかれぬ様に手早くのぅ」

 「はーい、って結構無茶な気がするんですけど」

 「先に行くから、まずは見てるといいよ」

 

 とりあえず、木の実十個、これをどうやって取るかだな。

 ヘラは先に取りに向かって、物凄い速さで木の実を落として回っているのだが、なぜか近くにいるリスザルに気づかれない様だ。


 「あれ、どうやってるんだろう」


 よく見たら、ヘラを中心に魔素が薄い膜の様に覆っているのが見えた。

 あれって、ひょっとして――

 

 「あれは意思によって魔素が集まり易い性質を利用しておる、一種のカモフラージュじゃよ。膜をどれほど薄く纏う事が出来るかが腕の見せ所じゃ」

 「そんな事まで出来るんですか。自分を覆うってのが今一分からないけど、とりあえず試してみます」


 まずは、意思で魔素を集める。

 とは言っても、良く分からないので深呼吸と一緒に自分を覆い隠す様な大きな膜をイメージした。

 すると、周りの魔素が集まってきた、と同時に自分の体から力が少し抜けた気がした。集まった魔素は二メートルほどの大きな円になっており、ヘラの物よりもかなり大きく、徐々に体力を奪われているような、そんな感覚に襲われる。


 「加護の影響もあってか、流石に早いな。しかし、大きく展開しすぎておる。魔素を行使するために自身の持つ魔力を対価にする、それを如何に効率よく行うか。これが魔力操作であり、魔法を行使する方法じゃ」

 「これ、見た目以上に凄くきついんですね。他の事を考えてる余裕が無いんですけど、こういう物なんですか?」

 「そう簡単に出来ても面白くなかろう。同時に二つを考えるのは難しい。まずは体で覚える事じゃ。てな訳で、取ってくるが良いぞ?」


 師匠、無茶言わないでくださいよ。

 膜を貼った当たりからずっと、酸素が薄くなって息がし辛い感覚が続いているし、維持するほうに意識を遣いすぎて、返事をするとすぐに消えてしまいそうだ。

 今気づいたけど、ベル師匠の稽古はかなりスパルタなんじゃないだろうか。


 「ぅうう。それじゃあとりあえず、逝って(・・・)みます!」

 「待て、字を間違えるな。無理なら帰ってくるんじゃぞ」


 その後は、木の実目がけて走って登ろうとした僕だったが、すぐに膜が消えてしまい、リスザルに見つかり、森の中を追い掛け回される事になった。


 「こらっ! 僕は腐っても竜なんだぞ? この、ちょ。まじでやめてー!」

 「キュイーッ!!」


 命の危険こそないが、逃げる際に噛まれた尻尾がジンジンする。鱗が着いているから、結構固いはずなのだが、リスザル……侮りがたし。鳴き声はあんなに可愛いのに、凶悪すぎだろと泣きつつ、森の奥に入らないように逃げ回った。もう、本当に許して――――!


 リスザルが諦めて僕から離れていったのは、それから二十分ほど走り回った後だった。去り際に舌打ちされた気がしたけど、きっと鳴き声か何かさ、気のせいに違いない。とりあえず走りすぎて、胸が恐ろしい速さで鳴っている。

 そんな僕を見兼ねてか、師匠は木の実採取を終えようと声をかけてくれた。


 「おかえり。まぁ初日にしては大したものじゃ。明日から夜は常にこの繰り返しを行う。今日はヘラの採った物で済ませるとしようかの」

 「はぁ、はぁ……。りょ、了解です……」


 僕らは師匠が編んだ籠に木の実をいれて、焚火の方へ戻っていった。

 道中、自慢げなヘラにコツを教えてもらいつつ、落ち着いてきたら魔素を見える状態にし、体を慣らす。自分でも意外なほど、竜の体は回復が早い様で助かった。

 焚火の前まで着くと、師匠は魔法で火を(おこ)す。すると、先ほど集まった綺麗な色の魔素が炎に代わり、燃えながら煙と共に黒ずんだ魔素を放っていた。


 「良いか? これが穢れを含んだ魔素じゃ。浄化されるまで漂い続け、大小様々な害を生む。大戦等で大量に穢れた魔素は、浄化されるのに長い年月を要する。この世界にとって一番の悩みの種といえるのぅ」

 「あの、師匠。質問なんですが」

 「どうした?」

 「穢れた魔素が原因で、人が死ぬような事ってあるんですか?」

 「ああ、人を害したいという意思で穢れた魔素によって死ぬ事もあるな」


 師匠はどことなく悲しげだった。

 僕よりも長い時間を生きてきた、師匠だからこその想いがあるのかもしれない。それ以上、聞くことは止めて、僕は炎で照らされた知恵の書を開いてみた。

 すると、幾つか読めるページが増えていることに気が付いた。


 「お!? 今気づいたんですが、ページが増えてます」

 「あら、清めの儀式と人化のページも読めるようになったみたいね。それに、これは何かしら。見た事がないページだね」


 ヘラが覗き、魔導書の中盤何ページ目かを開くと、また違った文章が光っている。大きな題目がついており、その数ページ後に、何行か文章が抜け落ちて新しい魔法が表示されている。


 「ふむ? 《自由学芸(アルテス・リベラレス)》と書いておるのう。予想通りだが、ある特定の条件下で読める様になるみたいじゃな。表示されておるのは《第五章七節 音楽》か」

 「音楽、ですか。どういう効果なんだろう」


 魔法なのに音楽とはこれ如何に。

 と、思ったのだけど、よくよく思えば記憶力の強化などがあった知恵の書なので、そう魔法ばかりに特化した本では無いのだろう。

 とりあえず今はもう一つ、先に試したいものがあるのでそちらを優先したい。


 それは、先ほどから僕の興味をくすぐり続けている人化だ。

 ひょっとして、上手くいけばもっと動きやすい体になるかもしれないのだから、今から練習するに越したことはない。


 「せっかくだし、人化を試してみてもいいですか?」

 「ふむ……構わんよ。やってご覧」

 

 師匠は二つ返事で、様子を見守るように切株に腰かけた。ヘラに記載された呪文を唱え、気持ちを込めれば良いと聞き、実践してみる。これが僕にとって、初めて使う魔法。


 そして僕は魔法を使う事に夢中で、風が少し強く吹き付けてページが捲れた事に気付かなかった。


 《我姿(わがすがた)は影となり――》


 途端、眩暈が僕を襲った。

 自分の声が遠のいていくのを確かに感じた。



 ***



 声が聞こえる。

 とても落ち着いた、優しい声。


 「……ると、春人。だめでしょ。こんな所で寝たら」


 僕をいつも見守ってくれる、一番身近な女性の声。


 「お母さん、寝てなんかないよ。僕は楽譜を見てただけだもん」

 

 そうだ、僕は楽譜を見ていただけで、寝てなんかいない。

 そんな分かり切った口答えをする僕を、優しく撫でてくれた。

 金髪を後ろで纏めた、北欧系で年頃の母さん。


 「また勝手に持ち出して。お母さんが練習出来なくなるでしょ?」

 「僕も早く奏者になりたいんだ。お母さんやお婆ちゃんみたいに」

 「なら、楽譜も良いけど、弦の位置や調律も覚えないとね」

 「じゃあさ! また何か弾いて聞かせてよ!」


 そう、僕はいつもこうやって母さんにせがんでいた。

 お婆ちゃんも、お母さんも、なかなか家には居ない。

 

 だからこうして、たまに演奏をしてくれるアイリッシュハープの音色が、演奏している姿を見るのが大好きだった。

 溜息を一つつくと、諦めた様に、でも嬉しそうにいつも演奏してくれた。


 「仕方ない子ね。じゃあ、今日はあなたのお爺ちゃんが好きだった『シチリアーナ』を――」


 僕は母さんと手を繋いで、隣の部屋まで歩き出す。

 柔らかい、乾いた音がリズムよく包む部屋で、僕は音に合わせて踊って見せた。


 

 ***



 「ライル! こら、ライルしっかりせんか」


 焦った様子の師匠の声が聞こえた。

 なぜ僕は(うずくま)っているのか、理解出来なかった。


 「あれ?」

 「いきなり故、どうしたのかと思ったぞ。大丈夫か?」

 「え、ええ。大丈夫です」


 知恵の書を見ると、人化のページではないページが開かれていた。どうやら発動させるタイミングでページが捲られた様だった。そこには、ただ一行《幻視体験》とだけ書かれていた。詠唱のする文章すら書かれていないそのページは、不思議な色を放っていた。


 「ページが捲れて、違う魔法が発動したみたいです」

 「へー、どれどれ~。って、これ幻視体験って書いてるじゃない!」

 

 ヘラが驚いた様子でページを見つめていた。どうやら凄い魔法の様だけど、さっきの夢がそうなのだろうか。師匠も聞いて驚いているので、かなり珍しいのだろうか。


 「幻視じゃと!? ライルよ。本当に大丈夫か?」

 「いえ、ちょっと夢を見ただけで、これと言って問題はないですよ」


 心配してくれるのが嬉しいが、本当にどこも悪い感じはない。ただ、気になるのは先ほど見た夢の方だ。

 あれは確かに、前世の――


 「そうか、なら良い。幻視体験というのは、魂に刻まれた記憶などを見せる効果があると聞いた事がある。それは良い出来事、悪い出来事に限らず、その者にとってより深い記憶を疑似体験させる。まさかこんな物まで記載されておるとはのう」


 疑似体験をさせる魔法か。

 それなら先程の夢は、僕の失った記憶の一部なのだろう。


 僕にとっては忘れていても、魂が覚えているのだとすれば、過去を知る事の出来る唯一の方法。今は心配させてしまうだけなので、旅の道中で、再度試してみようと心に決めた。


 「とりあえず、もう一度人化を試してみます」

 「う、うむ。服はヘラが作ってやってくれ」

 「はいはーい!」


 今は何よりまず、人化が優先だ。

 僕はまず気持ちを落ち着かせるために一度深呼吸をする。目の前に広がるページに前足を置き、詠唱する。先ほどの様にページが捲れる事はない。


 《我姿は影となり、仮初の身を以て、かの地を歩む》


 詠唱はバッチリ出来た。

 僕の体と魔導書に魔素が集まり、魔法陣が出現すると光が包み込んだ。

 そして、魔素と魔力を元に、新しい姿を形成しようとしている。

 果たしてどんな姿になるのか、そういえば心に影響を受けやすいとヘラが言っていたが、僕の場合どうなるのだろう。


 そこまで考えて、ふと頭の中に湧いたイメージは、竜の体をした僕と、先ほど見た母さんの姿だった――


 「あ、これちょっとやばいかもっ!?」


 突如光が大きく膨らみ、煙とともに散った。それは人化の最終段階、魔法が間違いなく行使された証。魔法の発動を見届けた師匠は、小さく声を漏らした。

 

 「上手くは行ったようじゃが、果たして」


 僕は目を開いてみた。煙でよく見えないが、二本足で立っている感覚がある。徐々に鮮明になる視界に腕が映る。

 白く、すらっとした指、少し小さいところを見ると、大人ではなさそうだ。暫くして足も見えてきたが、こちらもちゃんと人の形をしている。

 

 ただ、もっと気になる部分が一つ――

 そこにあるべきものがなにも無い! というか何もない。

 まさか更に化け物になったんじゃ!!


 気づいたが、お尻のあたりに相変わらず存在感が。

 まさか、手足意外竜のままなんじゃ!? そう思って顔に触れてみたが、どうやら人にはなってるようだ。少し耳の上あたりから伸びる二つの突起が気になるが。


 「えっと、これはどういう」

 「おー! 美少女? いや美少年かな。でも、残念ながら失敗。竜と人を足して二で割った感じになってるよ」


 そういって、ヘラは携帯していた手鏡を貸してくれた。

 恐る恐る、覗き込むと耳の上あたりから角を二本生やした、青白い長髪の少女顔がひきつった笑顔を貼りつかせている。その顔はどことなく、先ほどみた女性、母さんに似ている。

 手鏡で全体を確認すると、ベースは人間だが性別は無い様で、青白い鱗を纏った翼と尻尾が生えている。

 見たところ十二、三歳くらいの体になっていた。


 「あはは。えーっと、これは。ちょっと失敗しちゃったかなーなんて」

 「……」


 せめて暖かい反応が欲しかったので、そう師匠に声をかけてみたが、答えが返ってこない。あれ? と思ってみてみると、口を開けたまま呆けている姿だった。

 少し目が潤んでいる様だが、まさかとは思うが、ひょっとしてそっちの趣味が? いやいや、まさかね……まさかね?


 「えっと、師匠?」

 「おお、すまんな。人化としては失敗じゃが、見たところ《竜人(ドラゴニュート)》か。それにしても、その姿はまるで少女じゃな」

 「多分ですが、さっき幻視で少し前世の記憶を見たと思うんです。その中で母さんを見たので」

 「そうか、発動時に親の顔を思い浮かべたな。それに、記憶が少し戻ったのじゃな。まぁ良かったではないか。家族の顔を思い出せない程、悲しい事はないからのぅ」


 そうだ、多分母さんのあの笑顔が過ったからだろう。


 とりあえず、今回の人化は不完全だったので、解除して木の実を食べて寝る事にした。

 寝付く頃になっても、師匠は鼻歌を奏で、じっと星空を眺めたままだった。

 どこか懐かしいその音色が、僕らを包んで眠りに誘った。

知恵の書に関してはネットで調べたものを元にしています。

少し時間がかかるかもしれませんが、楽しみつつ書きたいなと思います。

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