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3話 名付けと魔導書

 ベルさんは一冊の魔導書を手に取ると、僕に向けて話し始めた。


「これは《知恵の書(アルス・ノトリア)》という魔導書じゃ。とは言っても、儂も旅先で拾っただけで詳しくは解らんのだが、途方もない数の魔術を記してあるのだろうという事は解る。それに少しじゃが、本自体が変わっておっての。中を見てごらん」


 そう言って僕に魔導書を差し出してきたので、適当なところで本を開いてみた。 すると、前半数ページの部分には薄く光る文字と複雑な図形が羅列されているのに対して、後のページは白紙になっていた。


 「あの、これ、数ページしか書いてないですよ?」

 「うむ。それが今、お主が使用できる魔法という事じゃ」


 ベルさんは貸して御覧と言い、手を差し伸べた。

 僕から魔導書を受け取ると、先ほど白紙だったページをこちらに向けてくる。

 先程まで何もなかった部分に文字が羅列されており、薄い水色の光を放っていた。

 

 「さっきは何も無かったのに。これ、何でですか?」

 「手に取った者に対して、読めるページが変わる、通常の魔導書とは異なる特別な物じゃ。儂も読めるのは数ページほどでな。お主が旅に出た際に、エルフの里フィルールに居る長老殿に見せて欲しいのじゃ」

 

 ここまで聞いて、僕の中には幾つかの疑問が生じる。

 まず、預かる物が明らかに特別な、それもひょっとしたらこの世界ではまだ知られていない様な魔導書を僕に預けるのか。

 もう一つは、ベルさん本人がその長老とやらに会いに行けば済んでしまう事なのだが、なぜそうしないのか。何か特別な理由でもあるのだろうか。

 思案していると、ベルさんに声をかけられた。


 「はははっ! お主は顔に出やすいな。正直、儂には必要の無いページしか読めん。エルフの里については、以前里の者といざこざを起こしての。そう気楽には立ち入れない故、荷物にしかならんのじゃよ」

 「なるほど。でも、これを僕に預けていいんですか? 荷物とはいえ、かなり貴重な物だと思いますが」

 「ベルの親父さんはねー。同じ転移者としてあなたが心配なんだよ」


 それまで静かに聞いていたヘラが笑いつつ、そんな事を言ってきた。ぶっきらぼうではあるけど、僕の事を心配してくれていたのか。ベルさんは観念した様に少し話をしてくれた。


 「むぅ。お主はまず、この世界について知る必要がある。この魔導書はその手助けもしてくれる。また、身を守る術が得られる故、渡した事で得はあっても損はないという訳じゃ」

 「そう云う事! まぁ、理由は他にもあるんだけどね。例えばー」


 そこまで言って、ヘラは魔導書を借りて、地面に置いてあるページを開く。

 それは先ほど僕が見る事の出来たページだが、読むことはできなかった部分。ヘラはそのページに片足を乗せて詠唱し始めた――


 《我姿(わがすがた)は影となり、仮初の身を以て、かの地を歩む》


 途端、魔導書とヘラの片足の間に大きな魔法陣が現れ、光に包まれた。

 眩い光が膨らんで大きくなり、徐々にその形は人型を成して、小さな爆発と煙を伴って輝きを失った。

 見ると、そこにヘラの姿はなく、一人の女性が立っていた。肩にかかる程度の長さを持った黒髪と褐色碧眼。均整のとれたその姿態は、思わず目を奪われるほどの美人だった。ただ、今回目を奪われたのはそこではなくて――


 「これがもう一つの理由で《人化の魔法》だよ。使えれば町にも入れるし、人とも接触できるから凄く便利なんだ!」

  

 笑顔で喋りかけてきた目の前の美女は、裸だった――

 大事な所は発動時に発生した煙で未だに隠されているが、包容力のありそうな胸が弾む姿につい、食い入ってしまったのは僕が前世で男だったからだろう。という訳で、決して今の僕が悪い訳じゃないと思う事にした。


「阿呆っ! いきなり人化するなとあれほど言うたじゃろ」


 ベルさんも度々被害にあっているのか、顔を赤くして大慌てで注意していた。そっぽを向いているが、ちらちらと横目で見ており、歳とってもやっぱ男だなーとか、ちょっと変な部分で関心した。

 それにしてもヘラがこんな美女になるとは、魔法って本当に凄い。


 怒られたヘラはというと、「ごめんごめん」と言いながら先ほどとは違うページを開くと詠唱し始め、再び光に包まれたかと思うと黒いチュニックの様な服を着た状態になっていた。


 「こんなものかな。《人化の魔法》は、姿形が術者の深層心理に左右されるから、覚えておいてね。衣服については《法衣製作術》って項目があって、形はある程度自由にできる。その姿のまま、町なんかに行くと危ないから」


 そう言って、ヘラは僕を抱き抱えて頭を撫でてきた。頭を撫でられて嫌な気持ちはない、むしろ役得だと思ったのは内緒だが、危ないっていうのはどういうことだろうか。裸になるとはまた違ったニュアンスを感じた。むしろ背中に感じる弾力の方が、僕にとっては危ないのだが――


 「順序が狂ったのう……良いか? この世で竜は様々な土地の守護者でもあり、畏怖の象徴でもある。じゃが、近年では南の帝国が冒険者ギルドを使い《竜の秘玉》なるものを得ようと討伐隊を放っておる故、そのまま町に出れば命の保証がない。そのため、これは必要不可欠という訳じゃ」


 どうやら、竜の姿で人に会うと最悪の場合、命を奪われるらしい事は解った。

 うん、そういう事なら、外に出たい僕としては何としても習得する必要がある。ただ、一つ問題点があって、読めない文字をどうしようか。

 

 「文字の羅列は表示されても、それが読めないのですが」

 「そこは問題ない。こっちに来て貰えるかの?」


 ベルさんにすぐ隣に来るように言われたので、名残惜しいがヘラに離して貰い、切株の傍まで行った。

 すると、何を思ったのかヘラから魔導書を預かった手を、そのまま僕の頭めがけて振りぬいてきた。ただ、優しく叩かれただけだが、急だった為とてもびっくりした。


 「ちょっと! いきなり何するんですか!?」

 「はははっ! まぁそう怒るな。読める様になったと思うぞ? 開いてみなさい」


 何気なく魔道書を差し出すベルさん。この人ほんとに心配してくれているのか? 意地悪したいだけに思えてきたが。とりあえず言われた通りにページを開くと、先ほど光っていた文字が見える。

 ただ、先ほどとは違い、今度は文字の一つ一つを読むことが出来た。


 「え……なんで?」

 「今叩いたのは《言語の速習》という項目をお主に適用する為じゃ。ただ、他人への行使は儂にしか出来ぬ故、覚える必要は無いぞ。あとは《洗礼》も行使した故、少し魔力が使い易くなるじゃろう」


 頭を叩かれただけで文字が読めるとは、魔法とは本当に便利なものだと思った。どうやらベルさんの文字に関する知識を術式に組み込んで適用したらしいが、理屈が解らないので納得だけした。


 「さて、こいつをお主に預けるのはな、もう一つ理由がある。それはお主が幼い故に、儂らと違い読み解けるページが増える可能性が存分にあるという事だ。一概には言えんが、おそらく並みの人間よりは魔力も多くなるじゃろう。知られていない魔法などがあれば、情報を流して貰いたいという事じゃな」


 なるほど、これだけのページ数があるのだからそれ相応に不思議な魔法が眠っている可能性もあるのか。要はそれを読み解ける可能性のある僕に託したいという事か。


 「では、洗礼も済んだ故、お主には名を授けるとしようか。名がないと不便でならん」

 「名前、考えて貰えるんですか!」

 「えっとね。もともと《洗礼》って言うのは師弟関係を魂に刻んで、師に当たる者が加護を与える物なんだよ。名付けも任意で行われるんだけど……」


 ヘラが珍しく言葉を詰まらせた。この数時間様子を見ていて、思ったことは即発言している様に思っていたので、意外な事だったが、名付けに関して何かあるのだろうか。


 「良い良い。一時的に魔力は減るが、どうってことは無いわい。さて、お主にはライルという名を授けよう。ライル・ライラックと名乗るが良い」


 ベルさんに貰った、それが僕の新しい名前。

 この世界に一匹の竜、ライル・ライラックが生まれた瞬間だった。同時に、体から光が漏れたかと思うと、それまで何もなかった空間に淡い光が無数に浮いているのが見えた。まるで暗闇に飛ぶ蛍のように、揺ら揺らと漂っている。


 「その様子じゃと、無事に加護が馴染んだようじゃな。世界には魔素が漂っており、これを目視出来ねば魔法は使えぬからな。これで第一の壁は突破じゃ」

 「改めてよろしくね、ライルくん。それにしても、まさかあのベルの親父さんが弟子をとるなんて」


 どうやらこれで、魔法を使う為の第一条件をクリア出来た様だ。三十歳までに、などの縛りがなくて良かった。これから先、どんな稽古をつけて貰えるのか、とりあえず気を引き締めて取り組んでいこう、旅先で死ぬことの無い様に。


 「じゃあ、改めてよろしくお願いします!」

 「もちろんだよ! 私も頑張って稽古付き合ってあげるね」

 「儂の弟子として、恥ずかしくない程度には鍛えてやるから、覚悟することじゃ」


 僕は二人に向かって、お辞儀をした、つもりで頭を下げた。

 二人はそんな僕を、暖かく迎え入れてくれた。

 この先どんな試練があるかは、まだ分からない。ただ、貰った名に恥じぬ様に行きたいなとそう思った。ここまで来て、ふと気になっていた事があって、ベルさんにそれとなく聞くつもりだった事を忘れていた。今の内に聞いておかないと――


 「そういえば、聞きそびれていましたが、ベルさんって魔法使いなんですよね?」

 「お? ライルくん興味ある? ベルの親父さんはね、《百識の賢者》っていう二つ名(セカンド・ネーム)持ちで世界屈指と謳われた魔法使いだよ」

 「ええええっ!」


 驚いている僕を気にすることもなく、ふふん、と誇らしげに頷いた後、ヘラはまた僕を抱き抱えてきた。なんかぬいぐるみみたいな扱いを受けている気がするのだけど。ああ、でもなんか背中の感触が心地いい……こういうのを背徳感っていうのかな。 


 「若い頃に試し打ちだとか言って、研究中の魔法でエルフの里に程近い山を一個消し飛ばしちゃったりした人だよ。結構茶目っ気あるでしょ? 名前負けしない様に頑張れ! お弟子さん」


 それは本当ですか。物腰といい、雰囲気といい、何となく凄い人なのだろうっていう認識はしていたけど、そんな返答が返ってくるなんて。気軽に「よろしく」なんて言ったが、この先どうなってしまうのだろうか。

 

 「賢者などと呼ばれたのは昔じゃよ。山を飛ばした時は笑ったのう。まぁあの後長老達に詰め寄られたのは焦ったが。ま、今は竜と環境の変化にるいて研究をしておるただの爺じゃ。そう怖がるでない」

 「怖がるなって、ベルさん、無茶言わないでください」

 

 いやいや、今の話聞いて怖がるなって無理あるだろ。それに聞き逃しそうになったけど、エルフの里に行けなくなったのは自分のせいじゃないか。体よく魔導書を運搬させる役が見つかったとかそういう事だろうか。


「違うな。呼ぶときは師匠じゃ。ほれ、もう一度呼んでみろ」

「呼び方まで固定ですか。よろしくお願いします、師匠!」


 なんというか、僕を必要として、認めてくれている二人に、僕には親代わりみたいな、そんな安心感に包まれた気がした。


 「さて、それでは稽古を兼ねて飯の調達をしようかの。ライルはまだ魔法が使えぬ故、まずは魔力感知と魔力操作に慣れる所からじゃ。その魔導書は持っているだけでも、魔力が感じやすくなるじゃろうから、お主が持っておれ」


 こうして僕こと、ライル・ライラックと不思議な魔導書の日々が始まるのだった。

仕事の合間更新が、いつの間にか仕事そっちのけになりそうです。

少し気を付けながら、続けていきたいなと思います。

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