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プロローグ

 人は生まれながら孤独なのだ、と聞いたことがある。

 そんな事は無いと思って生きてきた。


 生まれた時。

 母に、医師に、看護師に、そしてその後も誰かの目に、腕に触れる。

 故に孤独などは無く、故に人は一人ではないと。

 浅はかだが、なんとも希望に満ちた答えだと思う


 では、今の僕はどうだろうか。

 

 看護師もいなければ、見届けてくれる母もいない。

 ここは何処で、今が何時なのか。

 そもそも、自分の名前以外が上手く思い出せない。

 

 僕にしか見えない世界。

 僕しかいない世界。


 見える物全てが嘘だと思った。

 否定した……でも、何も変わりはしない。


 僕は、一匹の化け物になっていた。



 ***



 日差しを遮る、薄暗く広大な森。

 固有の動植物に溢れ、豊かな自然を色濃く残している。


 そして、奥まった場所には木々に守られる様に、一つの湖があった。

 この地に住まう動物達にとって、それは安らぎを得られる唯一のオアシスだ。


 普段人など寄り付かないオアシスに、その日は珍しく人が来ていた。深い栗色のローブと、とんがり帽子を被った老人が、小型のボートに乗って湖面を凝視している。

 白く立派な髭と緩く癖のついた髪。片手に大きな杖と、もう片方に煙の出ているパイプを持っており、その姿は、まるで御伽話(おとぎばなし)などで語られる、老練の魔法使いと言った、そんな雰囲気を醸し出していた。


 見慣れないその姿が気になったのか、湖の片隅で耳を澄ませて観察する影が一つ。湖面に浮かぶ老人を、ジッと見つめていた。

 

 するとどうだろう。老人は何か話しているようだ。だが、他には誰も居らず、まるで湖面に話しかけている様にさえ見えた。ただ、不思議な事に老人の声ともう一つ、中性的な声がはっきりと聞き取れた――


 「ベルの親父さん! 大変っ、大変だよ!」

 「こら、ちぃっと静かにせぬか。今良いところなんじゃ」

 

 ベルと呼ばれた老人は、その言葉に対して取り合おうとはしなかった。

 よほど気になる事でもあるのだろうか。老人はそれだけを言うと、身を乗り出して湖面を食い入る様に見つめている。


 ふと湖面から視線を離したその表情は、新しい発見をした少年の様だった。パイプを口に咥えて一服すると、緩んだ顔を引き締め、再び湖面を見つめていた。


 無視をされたためか、はたまた老人の表情を見たためか。今度は呆れた様に、中性的な声が話しかけた。


 「親父さん、誰かに見られてるんだってば! それも人じゃなくて、多分魔物!」

 「ん? 魔物か……、詮無い事じゃ」

 

 それを聞いた途端、老人は眺めるのを止めて、周囲の気配を探ろうと静かに立ち上がり、静寂に包まれた森の中を伺い始めた。

 パイプで一服するも、先ほどの様に緩んだ表情は欠片もなかった。

 

 風で揺らめき顔にかかる白髪を気にも留めず、森を見つめる。


 老人はふと何かを感じたのか、杖を持った右手を前へと突き出した。すると、途端に杖が淡い光を放ち始めた――


 《我求(われもとむ)は隠者を暴く、穢れ無き光也》

 

 その声は低く、意思を纏った言葉は薄暗い森に鳴り響いた。


 淡く光っていた杖の先に、黄色く光り輝く小さな輪が三重になった魔法陣らしきものが現れ、突如その輪が掻き消えたかと思うと、今度は森の中に一点だけ光が灯り、大量の光を放ち弾けた。

 

 静まり返った森の中に、その光景を静かに見守っていた中性的な声が、痺れを切らしたように老人に話しかけた。


 「あの茂みの中みたいだね」

 「言われずとも解るわい」


 そう言って老人はボートから降りて湖面を歩く。

 使い古された革靴と杖が湖面に着くと、沈むことは無く小さな波紋が広がった。


 悠々と歩いて茂みに着いた老人は、そこに居るだろう魔物の姿を確認する為、草を手でかき分け覗き込んだ。するとそこには、先ほどの光で気を失ったのか、一匹の魔物がリズム良く寝息を立てて横たわっていた。


 「親父さん……、これってその。ひょっとして」

 「皆まで言うでない」


 そういって、言葉を遮った老人はパイプを咥えて一服した。そしてその視線は湖面に移る。


 「変化に要因はつきものじゃが、まさかこやつか?」


 そんな独り言を零して身を屈めて、その姿をまじまじと確認する。と同時に、ローブがもぞもぞと動き出した。

 胸元から長い耳をピンっと立てた細見で灰色の猫が一匹、のそのそと外を伺う様に出てきて魔物の下へ向かうと、その場に座り込んだ。


 「どうやら気を失っているみたいだね。でもこの子、普通こんな所にいるっけ?」


 どうやら先ほどの声の主は、この猫の様だ。

 アクアマリンの様な瞳が印象的なその猫は、「不思議だなー」と呟きつつ、前足で顔を擦りながら老人に問いかけたが、老人はその問いに答える事はなく、パイプを咥え物思いに耽る。


 「何にしても、これはちと厄介なことになったのう」


 ほんの少し、肌寒さを覚える風が思考を刺激する。

 

 「親父さんはほんと運のないお人だよねー。私は退屈しなくて済むけど」

 「竜の落とし子(タツノオトシゴ)、と言ったところかの」


 一人と一匹は目の前に倒れている魔物を見て、それぞれ違う事を考えているようだ。それは大きな尾と翼を持った、青白い鱗を纏う一匹の《幼い竜》の姿だった。


 「で、ベルの親父さん。この子どうするの? 冒険者ギルドか帝国に引き渡す? 今のあいつらなら喜んで引き取ると思うけど。それとも、この子の親を捜してみる? 出会ったら殺されちゃうかも知れないけど」

 「阿呆。どれもこれも碌でも無いわ」

 

 そんな事を笑いながら聞いてきた猫に対して、間髪入れずに老人はこう返答した。目を瞑り、一息ついたあと、老人は答えを出した。


 「じゃが……このまま見捨てていく訳にも行かん。見つけたのは儂じゃ」


 そう言ってパイプを仕舞うと、自分の杖を猫の背中に預けた。

 空いた両の手で寝息を立てる幼竜を抱き抱え、暗い森の中へ向けて歩き出す。そんな老人の姿を見て、猫は嬉しそうに追いかけて行く。


 その姿を見送るように、湖に流れる風が一際強く吹き付けた。

 老人は一度振り返り、また森へと歩きだすのだった。


 パイプの煙と白髪が白旗の様に棚引いた――

始めました!が正解でしょうか。ぽん太といいます。

この度から拙いなりに小説を書いてみようと思い、上げてみることにしました。

まだまだ覚える事は大量にありますが、頑張っていきたいと思います。


まず、タイトルは竜の落とし子と不思議な魔道書(タツノオトシゴと不思議なグリモア)と読みます。

ネットでタツノオトシゴを見てて思いつきました。


さて、この回で登場した幼竜がベル爺に拾われ、弟子入りするところから始まります。

最初は竜と爺と猫の絡みしかありませんが、楽しく読んでくださいましたら幸いです。

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