好意
「一さん、僕、本当は人を殺すのが怖いんです。それがミミだとしても」
マコからの連絡を待ちながら、祐太はふと口を開いて声を震わせる。
「いや、相手がミミだからこそ、今こんなに怖いのかもしれない・・・」
今にも泣きそうな祐太に対して、不思議な顔をする稲葉。
「何で祐太くんはミミの事が好きなの?あいつを一人消すだけで、君は一生の幸せを取り戻せるかもしれないんだよ?」
その言葉に、ハッと反応した祐太。地球を捨てたはずの稲葉に、そんなこと言われたくなかったのだ。
「あなたには人の気持ちというものが分からないんですか?いや、分かるはずだ。ずっと人に見放されてきた一さんなら…っ!」
いきなり勢いよく睨んできた祐太に、怯えることしかできない稲葉。ただただ黙って、祐太の方を見つめている。
「あ・・・あなたは、もしかして…」
そこに、マコが見下げるようにして立っていたのは、長髪の金髪で黒いピン止めをしている身長150cmぐらいの女の子。…これは間違いなくミミだ。マコは自分の目を疑う。ミミは勇気を振り絞るように若干眉間にシワを寄せて、泣きそうな顔でマコの腰あたりに目をやっている。
(・・・何で今?何で自分から?何で私が分かったの?)
色々聞きたいことがあったが、あまり問い詰めると興奮して逃げて行ってしまいそうだったので、マコは中腰になってミミと目線を合わせた。すると、ミミはやっと口を開く。
「私、祐太にだったら殺されても良いよ…」
「えっ?」
相変わらず淡々とした口調のミミに対して、半笑いの顔で聞き返すマコ。
「私、祐太のこと好きになった。こんな思い初めてなの・・・。祐太も私のこと好きなんでしょ?だから、私を殺すことを躊躇している。だから、お願いがあるの」
そう言うと、ミミはマコに耳打ちをした。
「祐太君、今さら何言ってるの?もう本番は始まってるんだよ?」
怯えていた稲葉は我に返り、祐太に迫ってきた。
「分かってます!・・・分かってますけど、今の僕には無理なんです。物事が、とんとん拍子に進み過ぎて・・・」
「わがまま言うなよ!俺らは、少しでも早く、君を地球に戻してあげたくて!マコだって、命懸けで最善を尽くしている。ミミは何を持っているか分からない。もしも自分の命を守るためにナイフなんかでも持っていたりしたら…」
「ミミは、人を傷つけるような子ではありません!」
「何でそんなことが分かるんだ?」
2人が言い争っていると、祐太の背後にある黒電話が鳴った。
――――リリリリリリリン リリリリリリリン リリリリリリリン・・・
その音は部屋全体に響き渡り、ピタッと祐太の動きが止まった。そんな祐太の傍を避け、稲葉が受話器を取って耳にあてた。小さな部屋には、大きな緊張感が走る。
「……うん、……うん、……分かった」
祐太からは、稲葉の背中が見えた。いつもは姿勢が良いのに、今回だけはさすがの稲葉も若干猫背だ。声のトーンは低く、真剣だ。それを見ていた祐太は、改めて考えなおした。
(僕は何をそんなに弱気になっていたんだ?2人とも、こんなに一生懸命に自分をサポートしてくれているのに。この計画をやるっていうことは、僕が決断したんだぞ?確かに、わがまま言いすぎたのかも)
感情がコロコロ変わってしまう祐太は、自分で自分の意思を理解できずにいた。話が終わると、稲葉は受話器を元の位置に戻し、混乱する祐太の方へ振り向いた。
「マコがミミを確保した。至急、現場のミミの家に向かうぞ。必要なものは全てマコが持っているらしいから、俺らは手ぶらで行く!」
そう叫ぶと、一目散に家を飛び出した。祐太は稲葉の指示に頷く間もなく、稲葉の後ろに付いて走り出す。
その様子を近くの研究室から見ていたガリットは、2人の姿が見えなくなると、すぐに何やら準備を始めた。




