中間テストと単位
ゼミ室でくつろいでいると松尾先輩がつぶやいた。
「中間テストめんどくせぇな」
大学の授業は評価方法が様々である。
期末テストだけで評価される講義もあるし、出席がそのまま加点される講義もあるのだ。
そして、この時期には中間テストを実施する場合もある。
総一郎が履修している講義でも中間テストが迫っていた。
「知り合いに過去問あるか聞いてくるわ」
頭をかきながら松尾先輩はゼミ室から出ていった。
その姿を見て今度は白井さんが口を開く。
「これから、ゼミだっていうのに勝手な人ね」
あと数分もしないうちに講義開始のチャイムが鳴り、小金井先生がいらっしゃるだろう。
「まったく、珍しく出席したと思ったら」
「仕方ないよ。松尾先輩は卒業もかかってるんだし」
単位ひとつ足りなくて留年してしまう学生がいると稀に聞く。卒業年次だと進路も関わってきて洒落にならないだろう。
留年なんてことにならないよう中間テストに臨まなければ、と気を引き締める総一郎であった。
「待って、おかしいわ。松尾さんってもう卒業単位は揃えてるはずでしょ。どうして中間テストなんてあるのよ」
「そういえば」
自分も中間テストで頭がいっぱいで気づかなかった。
松尾先輩が取得しなければならない残りの単位はゼミだけだと聞いた覚えがある。
「総一郎くん、何の講義の中間テストだと思う?」
白井さんの目に光が宿っていた。
ゼミ欠席の怒りはどこかに行ったようだ。
「ひとつぐらい気まぐれで履修したのかも。授業料がもったいないし」
半期分の授業料をゼミだけのために払うのはバカげている。
「あの人がそんな考え持つと思うの?」
白井さんが机を軽く叩いた。
怒っている顔もかわいい。
「どれだけサボれるかだけを考えて生きてる人間よ!」
「それは言いすぎだろ。先輩だって普通に授業に出るときだってあるし、テストのために勉強するさ」
「さっき過去問がどうとか言ってたけど」
それを言われると擁護が難しくなるが。
「今期、中間テストがある講義って少ないわよね?」
「刑法総論に物権法、あとは日本法制史かな」
「私はそれに加えて政治学ね」
どの講義でも松尾先輩の姿を見たことがない。
挙げた講義の中間テストでないのなら、総一郎や白井さんが履修していない講義なのではないだろうか。
そこで総一郎と白井さんは自身の時間割を見せ合った。
「だいたいの主要科目はカバーしてるわね」
ふたりでカバーできていない講義も中間テストを課していない講義ばかりだ。
他学部の講義に潜り込んでいるとするならばテストを受ける必要もないし、課外講座で中間テストというのもナンセンスだと判断できる。
総一郎はひとつの考えにたどり着いた。
「一回生の授業だ!」
取りこぼした単位を履修している可能性。
入学当初の雪辱を余裕ができた今期に晴らしているのかもしれない。
「一回生のとき、中間テストあった?」
「商法ならあったよ」
「私はなかったわ。先生が違うからかしら」
白井さんが口に人差し指を当てる。
「とにかく、決まりだな。過去に取った『不可』を打ち消してるんだよ」
「そんな殊勝な性格とは思えないけれど」
白井さんが納得いってないように声をあげた瞬間、ゼミ室の扉が開かれた。
小金井先生だ。
「何だか盛り上がってるようだね」
「先生、聞いてください!」
総一郎と白井さんは今までの流れを説明する。
すると、小金井先生は笑って新説を唱えた。
「語学じゃないかな?」
語学。この大学では十六単位も取得しなければ卒業できない授業のことである。
「なるほど……語学なら中間テストがありますね」
しかも出席重視の場合が多く、サボり癖がある松尾先輩が毎年のように落としていても不思議ではない。
なぜ語学という選択肢を見落としていたのだろう。
見れば、白井さんも顔を赤らめている。
「さぁ、ゼミをはじめようか」
総一郎や白井さんのことなどお構いなしに小金井先生が宣言した。