ぼっちとバイトと留年
昼休み。
総一郎がパンを食べていると、声をかけられた。
「ひとりで昼食なんてシケてるねぇ」
同じゼミに所属する松尾先輩だ。先輩と言っても松尾先輩は留年を繰り返しているうえ、「演習」の単位を取得できていないので、今や同期となる。
「友達いないのか?」
「いれば小金井ゼミに入ってませんよ」
「違いねぇな」
会えば挨拶ぐらい交わす相手はいるが、食を共にできるほど親しい友人はいなかった。
そんな友人がいれば超不人気である小金井ゼミに所属することはなかっただろうし、過去問も手に入れ放題で単位もらくらく取得できていたことだろう。
総一郎は名も知らぬリア充どもを羨みつつパンをかじった。
「今日もゼミ出るのか?」
「そのつもりです。先輩もたまには顔出してくださいよ。ただでさえ人数少ないんだから」
「悪いな、今日提出のレポートがあるんだわ」
小金井ゼミの二年生は、総一郎、白井さん、松尾先輩しかいない。
それに小金井教授を加えてゼミを回している。
しかし、松尾先輩は普段から欠席が多いため、実質学生ふたりに教員ひとりなのだ。議論が盛り上がるはずもない。
「白井さんと俺だけじゃあ限界があるんですよね」
「今日は白井も休みだぞ」
「……はい?」
松尾先輩が何を言ったのか総一郎はすぐに理解できなかった。
白井さんはマジメでゼミを欠席したことがない。
司法試験合格を目指しているらしく、ゼミ終了後も先生を捕まえては、質問しているほどだ。
その白井さんが、欠席するとなれば、今日は総一郎と小金井教授だけである。タイマンだ。判例の検討もできない。
「それ、本当なんですか?」
総一郎は考えた結果、松尾先輩にからかわれているのだと判断した。
「偶然さっき会って聞いた。がめつい白井のことだぜ。バイト優先なんじゃねぇか」
松尾先輩の言うことは信憑性は高そうだ。
そもそも松尾先輩は人をからかって喜ぶ性格ではない。
そうなれば、白井さんが松尾先輩にウソをついた可能性しかないが。
「ないか」
まさか白井さんがウソをついたわけでもないだろう。
松尾先輩が出席しないのだから『ゼミに出ない』とウソをつく理由はない。
白井さんがお金にうるさいのも確かだ。
「それにしても、白井のバイトってなんだろうな」
「大学生なんだし飲食かサービス業じゃないですか?」
「だって、カネに汚い白井だぜ。もっと割りのいいバイトでもおかしくない」
そう言われて思い返してみるも、白井さんからどんなバイトに従事しているか聞いたことがない。
「エロいバイトだったりしてな」
「それはないでしょう」
キャバクラ嬢が儲かるとは聞いたことがある。
それ以上のサービスをするなら、稼ぎがいいなんてレベルじゃないだろう。
「あの豊満な乳に、くびれた腰、尻も相当なモンだぜ」
「やめてくださいよ」
あの台風の日の強調された胸を思いだしてしまう。
確かに魅力的な身体だった。
「ブランド物も少なからず持ってるみたいだしな」
総一郎も白井さんがヴィトンの財布を使っているところ見たことがある。
「でも、ブランド物なんて女子大生ならザラに持ってるでしょ」
「そうかもな。しかし、さっき会ったときは、かなり気合の入った化粧具合だったぜ」
最初は誰かわからなかった、とつぶやく松尾先輩。
松尾先輩の表情は真剣である。
これ以上の真実を追求していくと、見たくない現実が待ち受けているかのように総一郎は思えてきた。
「この件は、ここまでにしておいたほうがよさそうですね」
「いや、電話して聞いてみようぜ」
そう言って、松尾先輩が即座に携帯電話を取りだした。
そして数回、会話を交わす。
「ただのコンビニだってさ」
総一郎は、松尾先輩を殴った。