第3話 危機
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彼が名も知らぬこの異世界に着てからどれだけの時間が経っただろうか。彼は地球の時間で一ヶ月までは数えていたが、それ以降は全く数えなくなってしまっていた。それは彼にとって日数を数えるのが面倒であったということと、常に命の危機を伴う状況に追いやられていたからである。彼の感覚から約二ヶ月と少し今日も動物と、いや、動物と呼べるほど生易しい生き物じゃない。最初に戦闘をした狼と比較したらまさに天と地の差。比べるのもおこがましいほどの強敵との連戦を強いられていたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ギィィン!ザン!ザザン!ザシュ!
「はぁ、はぁ、はぁ、ラァ!!」
ザシュ!!
「・・・・・・ふぅ」
彼の周りに集まっていた動物、いや魔物と表現しよう。周りに集まっていた魔物を排除し終わりようやく一心地着けたところで呼吸を整える。そして、後ろを振り向いた彼の視界には何十、いや百に届こうかと言うほどの大量の魔物の死骸が続いていた。今この地に立っているのは彼だけ、彼一人でこの状況を作り出したと聞けば町の人たちは言葉を失うだろう。魔物の強さによるが、たった一人でこれだけの状況から生き残れる人間が一体何人いるだろうか、それほどの激戦を彼は終えたばかりなのだ。そしてこんな大量の魔物を相手にした連戦をここ2週間程連続でこなしていたのだ。彼の疲労は相当なものだろう。だが彼はけっしてこの状況に弱音や愚痴をこぼすことはなかった。
「くくく、はぁ~はっはっは、これだ、俺が望んでいたのはこんな世界だ!!己の力を存分に自由に振るえる状況、己が強くなってきているという実感と事実!俺は今この世界で最後の人生を謳歌している!!」
彼は楽しんでいるのだ向こうの世界では実感できなかった幸せ。己の危機を悟りながらも彼は笑い楽しんでいた。
彼はこの森で生活していて全くの無傷だったわけではない。むしろ彼は何度も死を経験していたはずだった。だが、この世界に彼を送った白いシルエットの女性からの強化によるものか普通の人間が受けたら致命傷になる攻撃を受けてもかすり傷ですんでいた。
戦闘を繰り返しているうちに気がついたが、この身体強化は身体能力ではなく魔力抵抗、物理抵抗、状態異常抵抗にかなりの効果があるようだ。この世界にはあいつが言っていたように魔法がある、それを実感したのは魔物が魔法を使用してきたときだ。
彼が貰った魔眼の能力は相手の属性、弱点、状態異常のステータスが確認できるものだった。故に相手が魔法を使用するかどうかは判断できず、初見のときは凄く驚いたものだ。
この時は魔物の数も少なく魔法にも充分対応できていたが、最近はほとんど対応できなくなってきていた。魔物の数が多すぎるのだ。魔物を一撃で同時に沢山撃破できる術があればまた違ったのだろうが、彼は魔力を持っておらず魔法を使えない為どうしても一撃で撃破できる数は少なく対応できる数も減ってしまうのだ。
一撃で切り伏せることのできない敵の数も増えてきている。その上魔法を使用する魔物が増え、一度に襲われる敵の数も次第に増えてきている。この森にはいったいどれだけの魔物がいるのか甚だ疑問である。
「・・・きたか」
彼の知覚できる範囲に一体の大型の魔物を感知した。その大物の魔物はこの森に来た当初から感知していたのだが、向こうからけっして襲ってくることはなかった。しかし、この状況で襲ってくるとなると、こちらの戦闘力を分析するのが目的だったのか、もしくは彼が疲労するのを待っていたのか。
どちらにしても高い知能を持っているのは確実だろう。今までの相手とは違う強敵を待ち続ける。
ズン!ズン!と重い足音が次第に近づいてくる。その足音の感覚と移動スピードからかなり大型の魔物だと予想できる。そしてついに魔物の姿を視界に捉える。その魔物は樹を薙ぎ倒しながら近づいて着ていた。
「・・・でかいな」
彼は目の前まで来た魔物の大きさに度肝を抜かれた。今までの魔物は大きくとも3mはなかったがこいつは違う明らかに3m以上の大きさがある。見た感じは2,3階建ての建物と同じくらいの大きさだろうか。
その魔物はまるで人間のように体に鎧を装備し手には人間なんか簡単に切り潰せる巨大鉈を装備していた。鎧の隙間から見える肌はドス黒く頭から1本の角を生やした巨人だった。魔眼で確認すると属性は闇、弱点なし、状態異常なし、物理・魔法・状態異常耐性もちという結果が出た。
「俺と同じ耐性もちか・・・」
物理抵抗等の耐性もちではない魔物でも一撃では倒せないのだこの特性がどこまで効果があるのか・・・。それ次第で彼の運命が変わってくる。
突然地面が暗くなる。
「っ!!」
彼は瞬時にその場から飛びのく。それと同時に地面から10本あまりの黒い闇槍が勢いよく飛び出す。魔法が飛び出したことでそちらに気が移った一瞬で黒い巨人は手に持った鉈を振り上げた状態から勢いよく振り下ろした。その巨人が持つ怪力と上から下という重力の力を加えた一撃は恐るべき破壊力を生み出した。
ズガァァァァァァァン!!!!!
その一撃は地面を打ち、陥没させ、地割れを起こした。とても人間が受け止められる一撃ではない。例え物理抵抗の特性を持つ彼が攻撃を受けても致命傷は必死。一撃で防御を抜かれ殺されてしまう可能性すら充分ありえる。そして、その常識はずれの一撃は狙いを外したが彼の動きを阻害することに成功していた。
地面が揺れ、石礫が弾けとび、地割れから足場が割れてしまっている。彼は充分余裕を持って避けたつもりだった。だが、心のどこかで地球にいたときの常識の範疇でだけで攻撃の威力、範囲ともに判断してしまっていたのだ。今の危機的状況は地球にいたころと同じ判断をしたところにある。巨人は体制の崩れたその隙を見逃さず叩き付けた手首を返し横薙ぎに鉈を振ってくる。その一撃を手にしている刀で上に流すように威力をいなそうとするが、とても上手くいくわけがなかった。
「っぐ!?」
いなした腕が痺れる。体勢を維持できず体がヨロケル。そこに再び地面が暗くなり闇属性の魔法発動の兆候がでたが、体勢の崩れた彼に回避するすべは残されていなかった。地面が爆発し体が空中に投げ出される、そして止めとばかりに巨人の鉈が再び振り下ろされた。
彼の体は弾丸のように吹き飛び彼の意識はそこで途切れた。
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