第2話 異世界
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光の差し込まぬ暗い森の中に一つの黒い影が生まれた。その影は黒い髪に緋眼。そして、黒尽くめの服でコーティングしてあり、手にも黒いグローブをはめていた。まさに緋眼以外黒一色、何も知らない人間がみたら空中に緋い光が灯っているように感じただろう。その男は背中に垂らしていた一本に纏めた黒髪を身体の前に持ってきて撫でる。男が考え事をしていたりする時によくする仕草。所為、癖とも言う。
男は手に持つ黒い刀に力を込める。長年使い慣れた感触が手に馴染む。
男は不機嫌に言葉を吐く。
「あの女、場所の説明も何もなく送り飛ばしやがって」
彼はいきなり知りもしない場所に送り飛ばされた事に不機嫌になってしまう。事前に最低限の説明を受けなければ知り合いの一人もいない異世界で生活して行く事がどれだけ困難な事か。だが、彼が不機嫌になった理由はそんなことではない。彼はサバイバルでの生活に慣れている。その上彼にはあの女から貰った魔眼がある。どんな効果があって、どのくらいまで解析できるかわからないが、最低限毒があるか無いかだけでも判明すればいいかと考えている。彼が不機嫌になっているのは今の現状にある。
グルゥゥゥー
彼の目の前には空腹によるものか、涎をかなりの勢いで撒き散らしながら円形に囲むように接近してくる狼が10頭程いた。これが普通の一般人だったらその時点でその一生に幕をおろしていたことだろう。だが彼にはたかが動物が集まっただけの相手など敵にならない。が、面倒ではある
「はぁー、あの女次にあったらただじゃおかない。・・・まぁいい、異世界初戦闘といくか。」
そう言い男は静かに笑う。
「俺を楽しませてくれよ、そして俺の力の糧になってもらうぜ。」
静かにそう宣言すると同時にタイミングを見計らっていたかのように飛びかかってくる狼達。彼は動くことなく狼の動きを観察する。そして、狼の爪と彼の身体が当たる直前に足を一歩引いて身体を横にずらす。身体を引いた瞬間に狼の爪が通り過ぎた。次は前に踏み死角からの爪を躱す。そのまま流れるような動作で右へ左へ上へ下へと自由自在に動き回る。まるで背中に目が付いているかのような無駄な動きが無い完璧な動きだった。
「・・・フゥーン、身体能力強化って言っていたが、大した強化はしていないようだな。それでも、今までどおりでこのくらいの相手には問題ないとわかればそれで充分だ」
グォーー
ザン
今まで攻撃せず避けてばかりいた男が初めて手にしている刀を片手で切り下ろす。1頭の狼が体の中心の頭から尻尾までを見事に一刀両断される。切られたことが、まだ己が死んだことを理解できていないのか、生命力が強いのか、狼はしばらく手足を動かしていたが、次第にその動きが小さくなりついに事切れて動かなくなった。息絶えたところで狼の群れに警戒心が一層強くなったのがわかる。が、男は平然とし今の狼を斬った感触を確かめていた。
「へぇ~、身体能力の強化は大したことなかったから刀の強化には期待していなかったが、これはかなりのもんだな。明らかに切れ味が増している。」
男は手に持っている家宝の刀を上へ、下へと観察する。特に変わったところはないが切れ味だけが、鋭くなったらしい。その事実に男は歓喜する。男にとって刀は武器であると同時に、扱いに注意を払わなければならない厄介なものだった。ただ普通に斬ったりしているだけでも、男の異常な力のせいで刃に負担がかかり刀が軋みを上げているのに気がついていた。だから彼は力を抑え、技術だけで斬るように力を調整していたのだ。だが、今の刀の感触からして刀に負担がかかっていたようには感じられなかった。この世界でなら思いっきり刀を振れる。彼は嬉しくてしょうがなかった。
「ふ、ふふふ、感謝するぜ、おれをこの世界に送ってくれたことを。俺に力を振るう機会を与えてくれたことを」
男は空を仰ぎ神に感謝する。狼達は彼のそんな隙だらけの姿勢に同時に襲い掛かった。1頭を殺したからといってまだ9頭も残っているのだ、けっして油断できる状況ではない。自身の正面に顔を戻した彼は静かな笑みを貼り付けたまま行動を開始した。
前後左右全方位から攻撃が迫ってくる。彼は落ち着いた状態で一歩足を踏み込み下から上へと切り上げまた踏み込み振り下ろすと同時に右回し蹴りを放ち背後にいた狼を蹴り飛ばす。その回転を利用し横薙ぎの斬撃を放つ。そして、刀を鞘に戻し居合いの斬撃で最後の3頭を切り伏せた。
彼は全ての狼を殺したところで刀についた血を切り払、腰に吊ってある鞘に戻す。異世界での初戦闘は彼にこの世界で充分に通用するという力があるという事実を教えてくれた。
「さーてと、狩に行くとするか」
彼は全く疲れた様子を見せずに暗い森の中に歩いていった。
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