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赤い爪  作者: 西乃 詠
4/4

其ノ参


死んだ。


死んだ、死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ、死んだ死んだね死んだよ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んださ死んだ、死んだ死んじゃった死んだ死んだ死んだ死んだわ死んだ死んで死んだか死んだ死んだ死んだ、死んだ死んだのね死んだ死んでく死んだ死んだ死んだ死んだんだ死んだ死んだ死んだよ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ――――





―――死ね。






「アッハ!!アハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」



――滑稽ね。本当に愉快。自業自得ってまさにこの事だわ。みんな死んでいく。みんな。みんな。



静まり返った部屋に、私の笑い声だけが甲高く響いた。

椅子に縛り付けられた3人は、何か恐ろしい物でも見るような目で私を見ている。もう1人は目覚めすらしないが。

目の前に並ぶ、合計で10台の画面から、私はクラスメイトの死を見届けていた。

どの部屋もすでに真っ赤だ。

醜い人間の血で、とても綺麗に彩られている。

そろそろ、死体を運び出さなければならない。

私は携帯を取り出し、手早く牧田に指示をだした。

ここはモニタールームだ。この部屋の下には、画面と同じ数だけの部屋がある。部屋にはそれぞれ、死体が1体づつ転がっている。どうやら今回も生き残りはいないようだ。

私と美咲、目の前にいる3人、不登校だった者を抜かした、合計30人のクラスメイトを、10人づつ、それぞれ3セットにわけて殺していく。

殺すのは私ではない。

殺人装置だ。牧田が用意した気色の悪いマシーンで、クラスメイトは次々と裁かれていくのだ。

モニターで宣告したとおり、殺人装置の10機に一つ、3回に1回の割合で上手く作動しない装置がある。

つまり、必然的に1人だけ、生き残る事ができるのだ。

生き残る、といっても、死ぬ運命であることに変わりはないのだが、得体の知れない装置に殺されるよりは、いくぶん楽な殺され方で済む。

すでに2セット終わっているが、未だに生存者はでていない。

すなわち、次の3セットめで誰かが生き残る事になるが、その誰かが誰なのかは、私も知らない。それは牧田が決めるからだ。

人間の流す血は、私が思っているより大量だった。たった1人殺しただけで、部屋はまるで大量殺人が行われたかのように赤くなる。

クラスメイトを罰している最中、苦痛に歪んだ顔と、命を乞う不様な声が次々と沸き上がっていた。そして皆一様に、泣きながら死んで逝く。最後の最後で美咲に謝っているクラスメイトもいた。

笑える。

それで、それごときで、自分が赦されると、本気で思っているのだろうか。もしそうだとしたら、それはとんだ間違いだ。赦されない。どんなに深く後悔しようと、赦される訳がない。

何故なら、すでにこの世界に美咲は存在しないからだ。もう戻らない相手に、いくら謝っても、赦される訳などない。

人は死ぬとき、体中の筋肉が緩む。まるで捨てられた人形のように、だらりと垂れ下がり、動かなくなる。その瞬間、画面越しに伝わってくる死の温度は、たまらなく心地良い。憎い相手がハエのように脆く死んでしまったという事象を、全身で実感できるからだ。

だが、まだ足りない。罰し足りないのだ。



―――こんなどうでもいい死じゃ、いくつあっても物足りない。



「あなた方が必要でして。私のこの素晴らしい祭典には、あなたと、あなたと、あなたの存在が、必要不可欠なんですよ」


決して画面からは目を離さず、私はそう呟いた。


「……」


返事はない。当然だ。これから自分を殺すであろう人間と、のんきにお喋りなんてするはずがない。


こんなにも恐ろしい出来事が起こっているのに、町の様子が普段と少しも変わらず穏やかなのは、今日が元3年A組の同窓会だからだ。もちろん、主催したのは私だ。

今日からちょうど半年ぐらい前に、私は牧田と出会った。

二十歳になり、随分と性格の歪んでしまった私にも、当然のように働き口はあった。有名コンサルタント会社の人事部として、そこそこ良い給料で働いていた私は、都内の高層マンションに住んでいた。

その日、いつものように会社から家に帰ると、エントランスに小柄な男が立っていた。それが、牧田 智一だった。彼はどこからの情報か、私がクラスメイトを恨んでいることを知っていた。そして私に、今日のことを持ち掛けてきたのだ。

気にくわない奴を殺してみないかと。

最初は、何か嫌がらせ的なものかとも思ったが、牧田にここの建物を見せられたとき、私は確信した。

牧田は本気だった。

東京都、世田谷区にあるこの建物は、一見、ただの廃れた三階建てビルにすぎない。

だが、無論そうではない。

建物内にはおびただしい数の殺人道具があり、地下には妙な造りの部屋がある。一階にはモニター室、2階には研究室、3階には自室があるのだと、牧田は意気揚々と語った。

まるで、宝物を自慢する子供のような目をしていたが、内容は耳を疑いたくなるようなものばかりだった。

牧田がいかに異常者なのかを思い知った。

人が死ぬ事に性的な興奮を感じてしまうらしい。加えてその死は、誰かの想いの上にきてなければならないようだ。だったら自分の憎い人間でも殺してれば良いのに、牧田にはそれができない。

牧田にとって、憎しみや恨みは、転じて愛なのだそうだ。憎い気持ちこそが愛。愛しい気持ちこそが憎しみ。これについては全く理解できないが、とにかく自分は誰も殺せないと言われた。愛しい人を手に掛けることができないからだ。

つまり牧田は、他人の憎しみによる殺人にしか快感を見出だせない。

だから、私がクラスメイト全員を殺したいと話したとき、牧田の目は輝いた。

狂っている。下衆だ。気色の悪い本能で、こいつの頭は埋め尽くされてしまっている。本来なら近寄りたくもない類の人間だが、牧田が提示してきたクラスメイトを殺すというのは、予想以上に魅力的だった。

だから私は、彼を頼ることを決めた。

その日から牧田は、殺人装置の改良に励んだ。すでに人体に充分な苦しみを与えられるはずなのに、それをも上回る苦しみを追求したのだ。

だが所詮、牧田が理解しているのは苦しみの表面的な部分でしかない。

少しでも相手を苦しめるにはどうするべきか、私は知っている。

ただ肉体的な苦痛を与えるだけでは、限度があるのだ。やはり、精神を傷つけることに意義がある。

私が思うに、精神の傷それこそが、何よりの苦痛なのだから。

そのためにはまず、会話を成り立たせないければ、話しにならない。


――仕方ないか。


私は一先ず画面から目を離して、椅子に縛り付けられている4人に目をむけた。


「何か言ったらどうです?退屈なんですよ。あなた方に過去の話をしたり、画面越しに元クラスメイトをいたぶったり、もうそういったお楽しみは暫くないのですから」

「………」

「……これ以上私を失望させないでください。…あんまりつまらないと、暇潰しに何をするか解りませんが、それでも構いませんか、野川さん?」

「!」

「お子さん、そろそろ小学校のほうに進級するらしいですね。羨ましいかぎりです」

「、やめて!それだけはだめ!お願い。達彦さんとかなえには、手をださないで…」


私の顔中にいやらしい笑みが満遍なくひろがるのがわかった。


――そうよね。ただの田舎娘でしかないあなたが、ずっと夢みていたのは、お金もちの夫と、その間に生まれた子供だったもの。今の夢のような家庭が愛しくて堪らないんでしょ?


「ただの冗談ですよ。あなたのご家族には手を出しません。あなたの血が流れた汚れた子供にも、あなたのようなクズを愛している気色の悪い夫にも、私は興味ないので。だからあまり怖い顔しないでください。笑いが抑えられなくなりそうですから」


厳密には、すでに抑えられていない。

野川の夫の死も、子供の死も、すでに決まっているからだ。


「…、俺達を、どうするつもりだ?」


不意にか細い声をあげたのは矢賀だ。

矢賀は当時、クラス内で絶対的な地位にいた。誰もが矢賀にしたがい、刃向かえばそれ相応の仕返しをうけた。

そしてこいつこそが、美咲をいじめた張本人だ。

野川と田辺はこいつの取り巻き的存在で、矢賀による美咲へのいじめに最も加担していた。

女子の行動を制圧していた野川と、喧嘩では負け知らずの田辺は、何故か異常なほどに矢賀に従っていた。

おおかた、ずる賢い矢賀に弱みを握られ、脅されながらの関係だったのだろう。

だがそんなことは関係ない。

美咲に危害を加えた人間は、どんな理由があろうとひねり潰すまでだ。


「やっと喋ってくれましたね、矢賀さん。えぇ。あなたの想像通り、私はあなたを殺します」

「……」


さらりと殺害予告をされ、矢賀の顔は目に見えるほど引き攣っていった。


「まぁせいぜい苦しみながら死んでください」


一瞬、矢賀は何か言い返そうとして、諦めた。

正しい選択だ。


不意に、田辺と視線が合う。


「田辺さんは、結婚していませんね。子供もいませんし、親もすでに亡くなっています。私も言えたものではありませんが、その歳で独り身ですか」


「あぁ。そうだ。俺は結婚もしてねぇし家族もいねぇ。どうだ?脅しがいがなくってつまらないだろ。ま、はなからお前を楽しませる気なんざ微塵もねぇけどな」

昔からでかい図体だけが取り柄の田辺は、ここへ運ぶのにもだいぶ苦労した。

だが、私が弱みを握っていないなどという甘い思考回路でできた乏しい推理力は、高校生の頃から1ミリも進歩していないようだ。


だから私は、わざわざ田辺の耳元で囁くのだ。


「中学生の女の子相手に、ストーカーしていたそうじゃないですか、田辺さん」

とたん、田辺の顔が青ざめていった。


「お、お前、その情報、どこで…!?」

明らかに動揺している田辺は酷く醜かった。


「調べればすぐにでてきました。あなたのような薄っぺらい人間の汚点ぐらい、笑えるくらい簡単に調べがつくんですよ。そんな風だから、いつまでたっても矢賀さんの支配から抜け出せない。…違いますかね?」


田辺が憤慨した様子でこちらを睨みつけているが、構わない。

私が言っている事はすべて正論だ。

現に、大人になった今でも、田辺は矢賀に逆らえないのだから。


「惨めですね、田辺さん」

何も言い返せない田辺は俯いた。


「…その口調、相変わらず人を見下しているな」


突然、聞き慣れない声があがった。


――なんだこいつか。


「あら、こちらもお目覚めですか」


「世も末だ。まさか、自分の教え子からこんな仕打ちを受ける事になるとは、思いもよらなかった」


「教え子?妙な冗談は止めておいた方が身のためですよ。あなたは私の教師でもなんでもありません。赤の他人風情が、何の戯れ事ですか」


「……では聞くが、君は何故私をここに拉致したんだ。それが赤の他人にすることか」


「少なくとも、私にとっては他人です」


「私にとっては…どういう意味だ?」


「私が“どうこう”ではありません。問題は、“笠原美咲”にとって、あなたが教師であり、担任であり、“大切な人間”でもあったということにあるのです」


「あぁ。彼女の事なら薄々覚えている。あまり飛び抜けた才能があった訳ではないが、かといって非行にはしる訳でも無かった。比較的真面目で扱いやすい子だった」


「彼女に対して言いたい事は、それだけですか?」


「自殺したらしいな。たしか、イジメが原因で」


「…えぇ」


「残念な事だ。これからの国を担う若き尊い命が私の気づかない内に失われてしまった」


「気づかない内?」


「当時担任だった私にも、少なからず責任はあるな。だがそれが私を殺すに価するものか?私に限らず、この異常な状態。君は人の命をなんだと思ってるんだ」


こぶしを強く握りすぎて、爪が手の平食にい込む。間一髪で笑顔を崩さずに済んだが、それすらもすでに危うい。

事もあろうか、久保田は私に全く効果が望めない説教を始めだしたのだ。

この男、久保田 俊和は、あのクラスで担任教師を勤めていた。

今でこそ白髪やしわが目立つただの老いぼれだが、昔は整った顔立ちとスラリとした背丈のおかげで、女子生徒に人気のあるアイドル的教師だった。もちろん、そんな久保田をロリコンだの援交教師だの言って嫌う男子生徒も少なくはなかったが、やはり、人気はあったほうだ。

当時、あのクラスの担任だった久保田は、当然クラスメイト全員による美咲へのイジメに気がついていた。

だが、生徒からの信頼をおかれた久保田にとって、美咲のような、地味な生徒がイジメられることなど、どうでもいい事情だったのだ。

むしろ、そのイジメを妨害することで、生徒からの信頼が崩れてしまう事が嫌だったのだろう。

久保田は、美咲のイジメを完全に無視した。

その存在価値すらないクズが、私の目の前でいけしゃあしゃあと「気づかない内に」などとぬかしている。

本当に、どこまでいってもクズはクズだ。


「なぁ、もうこんな事をするのはやめないか?」


なんだ。

ただの命ごいか。

もっとましにできていれば、楽にこの場で殺してやるというのに。

「どういう意味でしょうか」

「今ならまだ間に合う。君も、もう二十歳だもんな。辛かったのだろう。一人が。わかるぞ。俺も、君ぐらいの時は、孤独だった」


意味がわからない。

こいつの取るに足らないちっぽけな孤独と、私の孤独を一緒にされたくない。


「そうですか…」

「だが、これからは大丈夫だ。君には、私がいる。一緒に警察に行こう。弁護士に頼めば、精神錯乱状態であったとして、死刑や終身刑は免れるかもしれない」

こいつはいつからこんな能無しになったのだろう。私が、死刑や終身刑を怖れている哀れな人間にでも見えるのだろうか。だとしたら、それはとんだ勘違いだ。

ゆっくりと久保田に近づく。

「先生」

ニッコリ笑い、久保田を思い切り殴った。

「な、なんて事をするんだ!」

「ありがとうございます。あなたのおかげで、新しい暇つぶし見つけることができましたよ」


それから私は、無抵抗な久保田をひとしきり殴った。


「や、やめてくれ!た、たの、いっ、頼む…なぐ、ら、」



やっと命乞いの仕方を覚えたらしい。奴にしては頑張って上手くやっている。

それに免じて私は殴る手をとめてやった。

久保田の顔には無数の痣ができ、鼻血まで垂らしていた。前歯も一本欠けている。それほど強く殴った覚えはないのだが。


「あまり私と対等に話そうだなんて考えないほうが良いですよ、先生。自分がいかに身動きがとれず、私に従わざるをえない状況か、いい加減自覚したらどうですか?」


話し掛けると久保田は、気にくわないとでも言いたげに顔を歪ませ、口をひらいた。


「…よくもここまで殴ってくれたな!君が妙にこだわっていた笠原君は、あんなに私を慕っていたのに」


私は動きを止めた。

美咲が久保田を慕っていた事は、当然知っていた。だが、それを久保田が自覚しているとは思ってもいなかった。


「美咲が、あなたを……」


「そうだ。君に教えていないことも、私に教えてくれていた」


私の顔があからさまに不機嫌になったからだろう。久保田はまるで勝ち誇ったかのような顔で喋りだした。


「笠原君はね、私に絶対的な信用を寄せていた。それはおそらく、君に向けていた信用より強いものだったんだろうねぇ」


「何を言いたいのですか」


「私は、彼女が毎日欠かさず綴っていた、笠原美咲の日記のありかを知っている」


私は、大きく目を見開いた。

お疲れ様でした!

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