『でも、でも、だって』のお姉様
我が家はそこそこ裕福な子爵家だ。
ただ、我が家には女児しかおらず、家は姉が継ぐことになっていた。
そんな姉には婿入り予定の婚約者がいる。
アマーリオ伯爵家の三男クズタフだ。
斜陽気味の伯爵家との縁に、はっきり言って旨味はなかった。
断ったところで問題ない縁談だったが、何故か姉は嬉々としてこの縁談を受けた。
理由は簡単だ。
クズタフが絶世の美男子だったからだ。
「……で、お姉様。いつになったらアレと婚約破棄するんですの?」
「えっと、アレってクズタフ様のことかしら?」
「決まってるではありませんか」
「その、婚約破棄の予定はないわよ。突然どうしたの?」
「え?」
きょとんと首を傾げる姉に、私と父も首傾げる。
「だってお姉様、先日ついに六回目の浮気が発覚しましたわよね?」
「…え、えぇ……。でもね、もうしないって約束してくれたの。だから私信じてみることにしたわ」
「お姉様、その約束は既に5回破られてますが?」
「でも……、ほらっ、伯爵家との縁談を子爵家から破棄するのもまずいでしょ?」
「お父様、我が家はアレと婚約解消が出来ない事情でもあるのでしょうか?」
「いや、無いよ。むしろ、昨今は余り領地経営も上手くいってないあの家と縁を結んでも利はないかな」
「ですってよ、お姉様。これで安心して婚約破棄できますわよ。今ならあちらの有責で慰謝料も取れますし」
しかし姉は、晴れやかな笑顔の私とは反対に困ったように眉を寄せる。
「でも、でもね、クズタフ様はもうしないって……」
「その約束って何度目ですか?私が知る限り、六度目ですわよね?」
「それはその……」
「もしかしてお姉様、結婚すれば収まってくれるとかって思ってますの?」
私の言葉に、姉の肩が小さく揺れる。
どうやら本当にそう思っているらしい。
いや、思い込もうとしているのだろう。
「お姉様は頭の中に花畑でも育ててらっしゃるの?」
「は、花畑?」
「5歳の子どもじゃあるまいし、今時そんな妄想を信じているなんて、お姉様の思考はどうなってますの」
「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないっ。だって、クズタフ様はモテるんですもの!少しくらい仕方ないわ。でも結婚すれば私だけのものになるってっ!」
「婿養子の立場で結婚前から浮気を繰り返す節操なしの男が結婚後にまともになると思いますの?むしろ我が家の金で愛人に貢ぐ未来しか見えませんわ」
私の言葉に、父も大きく頷いた。
納得いかない顔をしているのは姉だけだ。
「先日だって、浮気相手の女のドレスの仕立代を我が家にツケてたんですよ。うちを馬鹿にしているとしか思えませんわ」
「でも、間違っただけだって……っ」
「どう間違ったら自分の家と婚約者の家を間違うんですの?」
「それはその、ここを自分の家だと思ってらっしゃるんじゃないかしら?」
「自分の財布の間違いでしょ」
デートをしても、カフェ代すら出さない男。
それが姉の婚約者であるクズタフだ。
彼は自分の美貌を理解しており、そんな自分と共に時間を過ごせるなら金を払うべきだと本気で思っている男である。
そしてそれに対して姉は怒るところか素直に金を払う。
クズタフに時間を作って貰っている礼だそうだ。
「我が家を馬鹿にするのも大概にして欲しいものだな」
「ええ、全く……」
「お父様までそんなことを言わないでくださいませ」
「……はぁ、お前は自分がカモにされてるのも分からんのか?」
「でも……」
「でもじゃない。お前は我が家を潰す気か?婚約破棄で決定だ」
「待ってお父様!お願い!彼もご両親に怒られて反省したって、もうしないって言ってたのよ!」
「……しないと言ったその四日後に別の女を連れて歩いていたわね」
「その人はお友達って……」
「ふ~ん、肩を抱いて歩く女がお友達ね」
ちなみにこれは四回目と五回目の浮気の間で、浮気には数えられていない。
しかし誰がどう見ても浮気だった。
ただ、婚約者の妹である私に見られたことで事前に防がれただけである。
「シシィ、婚約破棄は決定だ」
「お父様、慰謝料をたっぷり吹っ掛けてくださいね」
「もちろんだ」
「……待って!お願いです、婚約は継続してください!」
「お姉様……」
「好きなの……、どんなに浮気されても好きなの……。結婚したら、私だけのものになるの……。だから婚約破棄はやめて……」
目に涙を溜めながら懇願する姉。
これが一回目なら父も少しは考えだろう。
だが、これで六回目。
しかも婚約期間中、どうみても姉は邪険にされており、これは我が家を馬鹿にされているのと同義だ。
姉は自分が我慢すれば大丈夫だと思っているようだが、これは家門の問題でもある。
このまま姉とクズタフが結婚すれば、我が家が食い潰される未来しか見えてこない。
「ねぇ、お姉様」
「な、なにかしら……?」
「お姉様って虐められて喜ぶ変態なの?」
「え?」
「だって、そうでしょう?浮気を繰り返して金をせびってくる男のどこがいいの?私には理解できないわ」
「でも、優しい時もあるのよ……っ」
「時もあるって、普通は常時優しいものだけど?」
「でも……」
「お姉様、知ってます?お姉様がアレの浮気を咎めないから、私に言い寄ってくるのも愛人囲って浮気しているような男ばかりなんですよ。姉妹なら考え方も一緒だろって。ふざけてると思いません?」
「それは……」
「私、お姉様みたいに虐められて喜ぶ性癖は持ち合わせていないので、困ってるんですの」
「虐められて喜んでなんかいないわ」
「でも、あんなクズ男を好きってことは、そういう変態的な趣味ってことですよね?」
「違うの!クズタフ様は本当は優しいのよ」
「優しいかどうかは今関係ないんですよ。アレが何人もの令嬢と浮気を繰り返し、うちの金を当てにして散財しているという事実があれば十分でしょ?」
「でも……」
「また、『でも……』ですか?お姉様の『でも』は聞き飽きましたわ」
「酷いわ。ミリア」
「最初は私だって真剣にお姉様のお話を聞いてましたよ。でも私が何か助言をするたびに『でもでもだって…』ばかり。それでも五人目の浮気が発覚した時はこれで最後と言ったので安心したのに、結局まだあの男を庇うなんて。ホント、お姉様には愛想が尽きました」
そう、愛想が尽きた。
クズの婚約者ではない。
そのクズの婚約者をいつまでも庇う姉に愛想が尽きた。
「お父様、お姉様の好きにさせてあげたらいかが?だって何を言っても聞かないんですもの」
「ミリア……」
姉は嬉しそうにしているが、二人の関係を認めた訳ではない。
「シシィ、再度確認するが、彼と別れるつもりはないんだね?」
「はい」
「では、跡取りはシシィではなくミリアに変更する」
「え?」
「当然だろ?我が家に利がないどころか損害を出しそうな夫がいいと言うなら、変更するしかあるまい」
「で、でも……っ」
「また、『でも』か?婚約前から金にも女にもだらしない男に我が家の将来を託す訳にはいかない」
「でも、当主には私がなるんですからクズタフ様は関係ないはずです!」
「そのクズに金を乞われて拒否できるのか、お前は?」
「それは……、いえ、拒否します!」
「本当に?」
「絶対に拒否します!」
姉は何かを決意したように断言したが、多分無理だろう。
だって、姉が宣言するのはこれが初めてではない。
彼から高級品を強請られる度に父から苦言を呈され、その度にもうしないと誓っているからだ。
それなのに、財布を忘れたという嘘に毎回騙される。
いや、姉だって本当は嘘だと分かっている筈だ。
けれど、金さえ出せばクズタフが自分から離れていかないのを知っている。
だから金を出し続けているのだ。
そのお金、父が商会の運営を頑張って稼いだお金ですよ?
領民が汗水垂らして払った税金ですよ?
だから私はある提案を姉にした。
「では、お父様。お姉様の決意を信じて、期間を設けてはどうでしょう?」
「期間?」
「ええ。これから一カ月の間、アレが浮気、金の無心や請求書の回しが発覚した場合、お姉様は当主の座を降りる。どうです?」
「わ、分かった。クズタフ様はもうしないって言ってくれたもの。彼を信じるわ」
「では、お父様、そのように……」
「分かった」
諦めきった父の視線の先で、姉は婚約継続に喜んでいた。
本当に、どうしてこんなに頭がお花畑なのだろう。
こんな姉に領地は任せられない。
領民が干からびるまでクズ男に貢ぐに決まっている。
「……領主教育を頑張りますわね、お父様」
「すまないな、ミリア……」
私と父の話は聞こえていないのか、見えてる結果を唯一分かっていない姉は、クズ男をデートに誘うと言って手紙を書きに部屋へと戻っていった。
「お父様、一カ月かかると思います?」
「いや、もたんだろう」
「一週間?」
「甘いなミリア。わしは三日に賭ける」
「では、私は五日にしますわ」
そんな話を父とした二日後、クズタフは父親である伯爵と一緒に我が家へとやってきた。
どうやら男爵家の令嬢を孕ませてしまったらしい。
この件は令嬢本人が茶会などで吹聴したため、隠し通すことは出来なかったようだ。
ゆえに、さすがにまずいと思った伯爵も一緒に頭を下げにやって来た。
そこで婚約破棄と慰謝料の話……、にはならず、彼らは子どもはおろさせるので、婚約の継続を願い出てきたのだ。
呆れ果てて、言葉も出なかった。
当然、我が家がそれを受ける義務はない。
しかし、やはり姉が父に懇願した。
関係を清算するなら構わないじゃないかと……。
「では、お前を後継者から外す。それでもクズタフ殿との婚約継続を望むのなら好きにするがいい」
父の言葉に慌てたのは伯爵とクズタフだ。
姉が後継者から外れるなら、婚約の継続に意味などない。
それを瞬時に悟ったクズタフの視線が私へと向けられる。
次の後継者となる私との婚約変更が頭に浮かんだのだろう。
しかし、彼を見つめる私の視線はただ冷たいだけで、そこには数多の令嬢が自分に向ける熱はなかった。
「ク、クズタフ様……」
縋るように自分を見つめる姉の視線に、クズタフは考え込む。
彼は不誠実で最低な人間だが、どうやら馬鹿ではなかったらしい。
自分の利益を高速で計算した彼は、素直に婚約破棄に応じた。
慰謝料も払うらしい。
これには彼の親である伯爵も驚いていたが、理由は後日判明した。
彼は、かなり大金持ちの伯爵令嬢とも関係を持っていたのだ。
「申し訳ありませんでした。婚約破棄には応じます。慰謝料もご納得のいく金額をお支払いいたします」
真摯にそう謝罪したクズタフは、縋る姉を無視して淡々と婚約破棄を進めた。
「いやぁ!私は婚約破棄しません!クズタフ様!」
足に縋りつく姉の姿は実にみっともなかった。
女性ゆえに無下に足払いすることも出来ず困惑する彼に同情すら覚えるほど、姉の追い縋る姿は実に無様である。
実の姉だし、クズタフは最低だと思うが、これは家族として、姉妹としても非常に恥ずかしい。
「シシィを引きはがせ」
父の声に使用人総出で姉を引きはがすと、安堵の表情をしたクズタフと伯爵が帰っていく。
姉の喚く声の中遠ざかっていく馬車を見つめ、私と父は大きなため息を吐いた。
「酷い!酷いわ!」
「酷いのはお姉様の醜態です。いい歳をした淑女が這い蹲って男性の足に縋るなんて」
「だって!」
「また、『だって』ですか?お姉様はいつもそればかりですね」
「しかしクズタフは意外に計算が早かったな……」
「そうですわね。彼は彼で、お姉様以外の相手を探していたのかもしれないですね」
彼が姉を気に入ってなかったのは、態度を見れば分かる。
だからこそ彼は自分に見合う相手を探して浮気三昧だったのだろう。
相手が見つかれば姉を捨てる気だったのは、今日の態度で察した。
今まで婚約を継続出来ていたのは、姉がいい金蔓で、もしも相手が見つからなかった時の保険なのだろう。
もしかしたら、こちらから婚約破棄を言い出すのを待っていた?
「まぁ、ヤツの考えなど分かる訳もないが……」
「問題はお姉様よね」
姉は未だに『酷い、酷い』と泣きわめいている。
「ねぇ、お姉様。酷いのは誰なのでしょう?」
「貴女とお父様じゃない!私とクズタフ様の仲を引き裂くなんて酷いわ!」
「お二人の仲って、浮気男と金蔓女の関係のことでしょうか?」
「酷い!」
「事実でしょう。ねぇ、お姉様。貴女が彼に使ったそのお金がどこから出ているか、もちろんご存じですわよね?」
「それは……」
「分かっていて、我が家にとって何の益にもならない男に貢いだ」
「伯爵家との縁は無益ではないわ!」
「いいえ。斜陽の伯爵家との縁など無益どころか害でしかないですわ」
だから伯爵は必死だった。
容貌のいい三男を出来るだけ高く買ってくれる相手に売りつけることに。
「あれだけの美貌の彼ですから、当然お姉様以外のご縁も沢山あったそうですよ」
「でも、彼は私を選んだの!」
「ええ、一番自分の言うことを聞きそうなお姉様をね。彼はある意味見る目がありますわ。だって、お姉様以外の御令嬢なら、とっくの昔に婚約破棄されてるでしょうから」
彼は女性を見る目、いいや、自分を甘やかしてくれる相手、甘い汁を吸わせてくれる相手、そういう相手を見極める目を持っている。
だからこそ、次期後継者である私を見て直ぐに諦めた。下手に言い訳することも、惨めに縋ることもしなかった。
「彼はお姉様が虐められて喜ぶ変態だと気づいていたのでしょうね」
「違うわ!虐められて喜ぶ訳ないじゃない!」
「では、好みの外見をした相手に何でも貢ぐ変人?」
「ち、違う!私は彼の優しいところがっ」
姉は何かモゴモゴと言い訳を続けているけれど、彼が平凡な顔立ちなら最初の浮気で婚約を破棄していただろう。
「はぁ、もうどうでもいいですわ。どちらにせよ、この家の後継者は私になりましたので、お姉様は頑張って嫁ぎ先を見つけてくださいね」
「な、なにを言ってるの?クズタフ様との婚約は無くなったんだから、私が後継者よ」
「二日前の賭を忘れてしまったのですか?一カ月以内にクズタフ様の不貞が発覚した場合、後継者を降りて貰うとお父様は言ったでしょう?」
「でも!」
「はぁ~、また『でも』ですか?いいですか、お姉様。お姉様は外見だけの男に縋る女として後継者失格なのです。貴族の跡継ぎで居たいなら、自分の感情は二の次。家門の為に尽くすのが後継者としての正しい姿ですわ」
「でも、だってっ……」
「また『でも、だって……』。いい加減、それはお止めになって、お姉様。いいですか、お姉様が家門の将来より自分の感情を優先した時点で跡継ぎたる資格は失っていたのです」
「……そんな……、でも……」
また、『でも』だ。
姉はいつも言い訳ばかりを繰り返す。
『でも、でも、だって……』
…………もう、聞き飽きた。
「お父様、有責はあちらなので、お姉様の被虐趣味がバレない内にどこか適当な方とのお見合いをお願いしますわ」
「そうだな。男が浮気しても平気だなんて口が裂けても言うなよ、シシィ」
「ひ、酷いっ!そんなこという訳ありません!」
「だったら、お前が嫁げそうな男を探してやるから当分出歩くな。分かったな」
「……はい」
さすがの姉も分が悪いと思ったのか、それ以上暴れずに部屋へと戻って行った。
意外にあっさりと退いたと思ったが、どうやらそれは甘い考えだったようだ。
部屋を抜け出した姉は、御者を脅してクズタフの下へと押し掛けた。
伯爵家の護衛と執事同伴で追い返されてきた姉には言葉も出なかった。
「みんなが責めるからクズタフ様も本音が言えなかったと思ったの。ちゃんと二人きりで話せば分かって貰えると思って……」
そんな訳ない。
跪いて足にまで縋ったのにダメだったのに、どこをどう解釈したら話を聞いて貰えると思ったのだろう。
「最悪だわ……っ」
「あちらから、迷惑料として慰謝料の減額を提案された」
「呑まざるを得ませんわね」
本当にろくな行動をしない姉だった。
しかし、クズタフには相当邪険に扱われたのか、戻ってきた姉は酷く気落ちしていた。
お陰でその後のお見合いも大人しく参加し、何とか姉の婚約は調いそうだった。
………が、婚約直前に見目麗しい舞台俳優に傾倒した姉は、婚約を直前で反故にした。
理由は、婚約の為の食事会の日に俳優の千秋楽舞台を見に行きたいから。
呆れた。
ほとほと姉には呆れ果てた。
「お姉様は何を考えてるんでしょう?」
「全くだ……。日を改めればいいという話ではない」
姉は婚約の日取りを変えればいいと簡単に言うが、姉がやったのはそういう事ではない。
人生において重要な婚約の日取りと俳優の舞台を天秤にかけ、舞台を見たいという自分の欲を優先したということだ。
「シシィ、婚約は駄目になった」
「分かりましたわ」
「……それだけか?」
「だって、今はアンドレ様の舞台を見に行く時間が何より優先ですもの」
悪びれもなく言いきった姉に、父が渋い顔をする。
「今度は舞台俳優に貢いでいるのですね、お姉様」
「まぁ、これは芸術家への支援よ」
「支援ね……」
貴族が芸術家のパトロンになることは不思議なことではない。
むしろ、推奨されていることだ。
だが、未婚の令嬢が未婚の舞台俳優を支援する。
それが世間からどう見られるか姉は分かっていない。
「シシィ、未婚の令嬢が俳優の支援など行うものではない。誤解されたくなければ今すぐ止めなさい」
「まぁ、お父様。これは芸術家への支援でやましいことなどございませんわ。それに彼を支援しているのは私だけではございません」
姉の言う他の支援者は、既婚者や未亡人ばかりだ。
つまり、愛人になっても問題ない相手ばかりで、そこに未婚である姉が入ることに問題がある。
「お姉様、世間から見れば、お金で俳優を買っているように見えるのですわ」
「でも、本当に純粋に応援しているだけなのよ」
また『でも』だ。
本当にいい加減うんざりする。
「分かったよシシィ。お前がそこまで言うなら支援は自分の個人資産からしなさい。分かったね」
「どうしてでしょう?芸術家への支援は貴族の義務ですわ。家門としても彼を盛り立てるべきです」
「いいや、それは許可できない。花程度ならまだしも、お前のやっていることは支援ではない」
「酷いわ、お父様……」
「また、酷いか……」
父が大きなため息を吐く。
姉が俳優個人ではなく、劇団や劇場を支援したというなら父も援助しただろう。
だが姉がやったのは、好みの外見をした俳優個人への支援だ。
高級品を贈り、高級レストランで二人きりで食事をする。
男女の関係はなく、姉は純粋な支援と言い張っても、誰がそれを信じるのだろう。
「忠告はしたぞ、シシィ。今すぐ俳優への個人的な支援は止めなさい」
「………分かりましたわ」
そう物分かりのいい返事をした姉だったが、やはり高級レストランで食事しては家令へと請求書を押し付け、高級品を買い与えては家へと請求書を回した。
呆れた父は、その代金を姉に持たせる予定だった持参金から精算していく。
それを知らない姉は、父が何も言わないのをいいことに、その後も俳優へと貢ぐことを止めなかった。
当然、持参金は減り、見合い話は如実に減っていく。
誰だって未婚の内から俳優に貢ぐような女など嫁にはしたくはない。
「他の令嬢だってやってるわ」
姉はそう言うが、他の令嬢がしているのは花や菓子の差し入れ程度だ。
後は大勢参加する茶会へのゲストに呼ぶ程度で、決して二人きりで会ったりはしない。
結果、その俳優が結婚を理由に引退する時、姉は真っ白になった。
「は、結婚?私の許しもなしに?」
「別にお姉様の許しなどいらないでしょう?」
「で、でも、私はあれだけ支援したのよ?」
「だからちゃんとお礼状の葉書が来てるじゃないですか」
「そんなことを言ってるんじゃないのよ!」
葉書には【今まで多大なるご支援をありがとうございました。今後は脚本家として俳優を支える側として頑張りたいと思います】と、ちゃんと書かれていた。
無言で役者を辞める俳優も多い中、礼儀正しく御礼状を送ってくる辺り偉いと思う。
「脚本家になられるそうだし、今後も御支援してあげたらいかが?」
「する訳ないじゃない」
「どうしてです?彼は脚本家としての才能もあるって仰っていたのはお姉様じゃないですか?」
「でも、結婚するのよ!」
「それと支援に何の関係が?だってお姉様は彼の才能に支援していたのですよね?」
「そ、そうだけど、でも……」
「はぁ~~、要するにお姉様はもう彼の支援から手を引くということでよろしいの?」
「そうね……」
「では、そろそろ部屋から退出いただいてもよろしいでしょうか?わたくし明日が結婚式なので、お姉様の愚痴には付き合っていられませんの」
「でも……」
また『でも』だ。
「それより、お姉様」
「何かしら?」
「お姉様はいつ頃屋敷を出て行ってくれますの?」
「え?」
心底驚いたような顔をしているが、いつまでもこの屋敷に居座る気だったのだろうか。
「何を驚いていらっしゃるの?だって明日は私の結婚式ですわよ?つまり、婿入りする旦那様が屋敷にやってくるのですよ?」
「で、でも、私がいても問題ないじゃないの」
「いい加減にしてくださいませ、お姉様。いつまでも未婚のお姉様がいらっしゃると旦那様も気を遣うではないですか」
「酷いわ……っ」
「酷いのはお姉様ですわ。私達の仕事を手伝うでもなく、嫁入り先を見つけるでもなく、いつまで遊び呆けていらっしゃるつもりなのです?」
「遊んでるつもりは……」
「お姉様はそう言いますけど、帳簿の計算すらしてくれませんわよね?私はいつまでお姉様の面倒を見なければいけませんの?」
「それは……」
「お父様が苦心して見つけてくれた縁談も悉く断ってしまうし………」
「だって、お父様の薦めるお相手のお顔って平凡なのよ」
「だから何です?見目が麗しいからって領地経営が出来る訳でも裕福な訳でもありませんわ」
「でも……」
「要するにお姉様は、外見さえ良ければ誰でもいいというのですか?」
「そんなことを言ってるわけじゃないわ」
「だったらどうして絵姿を見ただけでお見合いを断るのです?」
「だって……好みじゃなかったから……」
「はぁ……、お姉様と話すのは疲れました。後はお父様とご相談ください」
「待ってミリア。話を聞いて」
「聞きました。俳優が結婚して引退する話を」
「ち、違うの。実はね、この間行ったお店にね、素敵な店員さんがいたのよ。でも、何も買わずに話すのも限界でしょ?だけどそこのお店のアクセサリーは高くて……」
「それで?」
「ちょっとお金貸してくれないかしら?家に請求書を回したんだけど、お父様が決済してくれなくて」
つまりそれは、ついに姉の持参金が底を尽いたということだ。
そして姉はそのことに気が付いていない。
これで姉は益々嫁ぐのが難しくなった。
「そう言えば、お姉様。お父様が縁談の件で話があると言っておりましたわ」
「また?」
「今度は大層見目麗しい方だそうですよ」
「そうなの?」
「絵姿を見せて貰ってきてはいかがでしょう?」
私がそう言うと、姉は嬉しそうな様子でいそいそと部屋を出て行った。
それを見送った私の侍女が複雑そうな声を出す。
「お嬢様、確かそのお話って一度断られたお話では?」
「でも持参金不要で見目麗しい相手なんてあの方だけよ」
絶世の美男子として名高い辺境の侯爵。
四度の結婚歴の全てで妻と離縁している。
彼の屋敷には美女を囲ったハーレムがあると専らの噂で、それに耐えきれなくなった妻達が離婚を選んだと実しやかに囁かれていた。
事実は分からないが、顔さえ良ければ浮気に耐えられる姉には良い縁談だと思う。
「被虐思考のお姉様にはピッタリだと思うわ」
「言われてみればそうですね」
使用人にさえそう思われていた姉は、その後嬉々として辺境へと嫁いでいった。
そして案の定、頻繁に愚痴の手紙を送ってくる。
『旦那様ったら酷いの……。毎日別宅の女性のところに行かれるのよ……』
『侯爵の噂話を知っていてなお、私なら大丈夫と言ったのはお姉様ですよ。忠告はしましたよね?』
『でも……』
『私もお父様も他の縁談を薦めましたわよね?それを、田舎の男爵家は嫌だとか、顔が好みじゃないと言って蹴ったのはお姉様ですよ』
『だって……』
私と父だって悪魔ではない。
一応薦めてはみたものの、最後の最後で引き返せる機会も与えた。
それを一蹴したのは姉だ。
だから今回で手紙に返信するのは最後にする。
お姉様の『でも、でも、だって……』は聞き飽きました。




