二週間の距離
二週間の距離(猫のはなし)
ここは、あまり好きじゃない場所だ。
知らない匂い。知らない音。
落ち着かない。
だから、近づいてくるそれに、いつも同じことをする。
「シャーッ」
威嚇。
これをすれば、だいたい離れていく。
実際、あれも少し困った顔をして、手を引っ込める。
「……なんで飼ったんだろ、これ」
意味は分からないけど、声の調子はなんとなく分かる。
呆れてる。
それでいい。
その方が楽だ。
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ここでの生活は、悪くはない。
ご飯は出てくるし、寒くもない。
でも、近づく理由はない。
あれも無理に来ないし、ちょうどいい距離だった。
それで、十分だった。
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ある日、少し遠くに連れていかれた。
知らない場所。
鼻につく匂い。
嫌だった。
でも、今日はなぜか、暴れる気にならなかった。
体が、重い。
ずっと前から、少しずつ。
気づいてはいたけど、どうでもよかった。
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帰り道。
あれは、何かを言われていた。
「……あと、二週間くらいですね」
その言葉の意味は分からない。
でも。
あれの手が、少しだけ強くなったのは分かった。
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その日から、少しだけ変えた。
理由はよく分からない。
ただ——
時間が、少ない気がした。
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ご飯の時間。
いつもなら、食べてすぐ離れる。
でも、その日は違った。
近くに、いた。
あれがしゃがむ。
目が合う。
少しだけ、迷って。
頭をぶつける。
軽く。
それだけ。
あれが驚いた顔をした。
変なの。
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次の日も、その次の日も。
少しずつ、近づく。
膝の上は、あたたかい。
隣で寝ると、静かだ。
触られるのも、悪くない。
むしろ——
安心する。
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もっと早く、こうしていればよかったのかもしれない。
でも、それはどうでもいい。
今があるなら、それでいい。
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あれは、よく話しかけてくるようになった。
意味は分からない。
でも、声は分かる。
少しだけ、寂しそうな声。
だから、近くにいる。
それだけで、いいと思った。
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体が、動かなくなってきた。
前みたいに、歩けない。
でも、手を伸ばされると分かる。
その方向に、顔を寄せる。
それくらいなら、できる。
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「なあ」
声がする。
近い。
「名前、つけてなかったな」
名前。
よく分からない。
呼ばれたこともない。
でも、困らなかった。
ここにいれば、分かるから。
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最後の日。
朝の匂い。
静かな空気。
あれが、そばにいる。
手が、触れる。
あたたかい。
少しだけ、尻尾を動かす。
ちゃんと、いるよって。
それだけ伝えたくて。
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それで、十分だった。
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体は、もう動かない。
でも、不思議と分かる。
まだ、ここにいる。
あれの近くに。
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あれが、少しだけ笑った。
「……そっか」
何かに気づいたみたいに。
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よかった。
ちゃんと、伝わった。
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もう、離れても大丈夫だと思った。
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だから、少しだけ離れる。
静かに。
ゆっくりと。
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でも。
あれのそばは、嫌いじゃなかった。




