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二週間の距離

作者: ニィギンヤ
掲載日:2026/04/05

 二週間の距離(猫のはなし)


 ここは、あまり好きじゃない場所だ。


 知らない匂い。知らない音。

落ち着かない。


 だから、近づいてくるそれに、いつも同じことをする。


「シャーッ」


 威嚇。


 これをすれば、だいたい離れていく。


 実際、あれも少し困った顔をして、手を引っ込める。


「……なんで飼ったんだろ、これ」


 意味は分からないけど、声の調子はなんとなく分かる。


 呆れてる。


 それでいい。

その方が楽だ。



 ここでの生活は、悪くはない。


 ご飯は出てくるし、寒くもない。


 でも、近づく理由はない。


 あれも無理に来ないし、ちょうどいい距離だった。


 それで、十分だった。



 ある日、少し遠くに連れていかれた。


 知らない場所。

鼻につく匂い。


 嫌だった。


 でも、今日はなぜか、暴れる気にならなかった。


 体が、重い。


 ずっと前から、少しずつ。


 気づいてはいたけど、どうでもよかった。



 帰り道。


 あれは、何かを言われていた。


「……あと、二週間くらいですね」


 その言葉の意味は分からない。


 でも。


 あれの手が、少しだけ強くなったのは分かった。



 その日から、少しだけ変えた。


 理由はよく分からない。


 ただ——


 時間が、少ない気がした。



 ご飯の時間。


 いつもなら、食べてすぐ離れる。


 でも、その日は違った。


 近くに、いた。


 あれがしゃがむ。


 目が合う。


 少しだけ、迷って。


 頭をぶつける。


 軽く。


 それだけ。


 あれが驚いた顔をした。


 変なの。



 次の日も、その次の日も。


 少しずつ、近づく。


 膝の上は、あたたかい。

隣で寝ると、静かだ。


 触られるのも、悪くない。


 むしろ——


 安心する。



 もっと早く、こうしていればよかったのかもしれない。


 でも、それはどうでもいい。


 今があるなら、それでいい。



 あれは、よく話しかけてくるようになった。


 意味は分からない。


 でも、声は分かる。


 少しだけ、寂しそうな声。


 だから、近くにいる。


 それだけで、いいと思った。



 体が、動かなくなってきた。


 前みたいに、歩けない。


 でも、手を伸ばされると分かる。


 その方向に、顔を寄せる。


 それくらいなら、できる。



「なあ」


 声がする。


 近い。


「名前、つけてなかったな」


 名前。


 よく分からない。


 呼ばれたこともない。


 でも、困らなかった。


 ここにいれば、分かるから。



 最後の日。


 朝の匂い。


 静かな空気。


 あれが、そばにいる。


 手が、触れる。


 あたたかい。


 少しだけ、尻尾を動かす。


 ちゃんと、いるよって。


 それだけ伝えたくて。



 それで、十分だった。



 体は、もう動かない。


 でも、不思議と分かる。


 まだ、ここにいる。


 あれの近くに。



 あれが、少しだけ笑った。


「……そっか」


 何かに気づいたみたいに。



 よかった。


 ちゃんと、伝わった。



 もう、離れても大丈夫だと思った。



 だから、少しだけ離れる。


 静かに。


 ゆっくりと。



 でも。


 あれのそばは、嫌いじゃなかった。


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