十年後の君と
「大丈夫か?」
誰かが私の腕をつかんだ。
振り返ると知らない若い男性が立っていた。
「ありがとうございます」
「助けられてよかったよ。相変わらずおっちょこちょいだな」
私のことを知っているのだろうか?
「俺は藤城透哉だよ」
藤城透哉というと、同級生の同姓同名の幼馴染はいるけれど、二十代くらいの年上の知り合いはいない。
「俺、十年後の未来から来た藤城透哉だよ」
十年後ってどういうこと? 未来? タイムリープ?
たしかに大人びた透哉という印象はある。目元の涼しい感じは変わらない。どこか冷めているようなクールな端正な顔立ちも言われてみれば、兄弟みたいな感じもする。
「ちなみに俺の姿はおまえ以外には見えないらしい。この時代の自分自身にも見えてなかった。さっきそのあたりにいる人間に接触したけど、俺の場合自分から触れようとしなければ透明人間状態になるらしい。触れようと思えば触れられるからさっきは詩織を助けることができたみたいだ。意識だけ十年前にタイムリープしてしまったらしい」
「透哉くんは結婚はしてないの?」
「独身だよ」
「今でも私たちは友達?」
「一時期、仕事忙しかったりで疎遠にはなったけどな。お互いそれぞれ恋人がいた時期があったかもしれないな。素直になれなかったから、こんなことになっているのかもな。俺はおまえのことが好きだったんだ。でも、ずっと言えなかった。実は未来でもまだ伝えられてないんだ」
今の時代の透哉はこんなに素直じゃないし、ちっとも優しくない。だから、どちらかというと嫌われているような気がしていた。こんな形で想いを受け取る日が来るなんて。
でも、同一人物だなんて未だに信じられない。たしかに、どこか似ているし、同じ顔立ちだとは思うけれど、別の似た人みたいだ。
「本当に透哉なら、私たちにしかわからないことがあるでしょう?」
確証を得るための会話を誘導する。
「俺たちは小学生の時に、宝箱を隠したよな。でも、結局疎遠になって開けてないんだよ。宝箱の中身は自分たちへの手紙と大切な物をいれたはずだ。二十歳になったら掘り起こそうというものだった」
「たしかに、小さい時に埋めたタイムカプセルがあったかも」
「実は十年後。いまだに空けていないんだ。お互いの大切な物を披露するっていう話はなかったことになってしまってさ」
でも、未来の透哉ならば、この時代の透哉とは別の考えかもしれない。つまり、この時代の透哉が私を好きだなんていう保証はない。
「私のことなんて眼中にないと思ってた」
「そーいう詩織のことを俺はずっと気になってるというか、めちゃくちゃ好きだったんだけどな。俺は基本天邪鬼だったからなぁ。好きな人には嫌いって言ってしまうタイプだった。こんな俺だからさ。詩織の方から言ってくれ。いいだろ。俺のこと嫌いか?」
「嫌いじゃないけど。絶対に告白なんて無理」
「はぁー」
透哉は深いため息をつく。いきなり告白はハードルが高い。
「そうだな。じゃあ、嫌いじゃないっていうことをこの時代の俺に伝えてほしい」
「それって告白じゃん? 無理無理」
「好きっていうのではなくて、友達として好感持ってるみたいな感情でいいからさ。それに今俺が告白してるってことは、相手が好きだということを知った上で告白する一大チャンスなのにな」
「この時代のあなたが素直に告白を受け入れるとは思えない。人格は別人だと思うし」
「宝箱を開けろ。そこには俺がおまえにあてた手紙が入っている。手紙だから伝えられることもあるだろ。詩織からもらったしおりを宝として入れたんだ。その理由を書いている」
やっぱり透哉に似ていると近くで見て感じる。
私はとても意気地なしだということを痛感する。
「宝箱は二十歳になったら開けようって言ってたけど、気が変わったとメッセージを送って」
「ちなみに透哉さんはいつまでこちらに滞在予定なの?」
「俺には時間がない。今夜中にミッションをクリアしないとだめなんだ」
「今日一日で告白なんて無理だよ」
「もし、告白しないと俺は未来でいなかったことになるらしい。本人が告白の結果を保証してるんだ。絶対にうまくいくから」
大人になった透哉は肩幅が広くなって、のどぼとけが大人の男性らしさを醸し出していた。
声も今とは違って低くて落ち着いた声だ。やっぱり好きだなと未来の透哉を見て実感する。
【夕方五時に宝箱を埋めた場所にて待つ】
昔のよしみで登録して繋がってはいるけど、メッセージを送るのも初めてだし、気づいてくれるだろうか。
【夢が丘桜の木の下にて待っていろ】
風が少しばかり涼しくなる夕暮れ時は空の色が絵の具で塗ったようなきれいなグラデーションになる。
この時間の空の色が一番好きだなんて思ってしまう。
久しぶりに間近で見る透哉。急いできたのか走ってきたようだった。
坂が急だから、肩で息をしている。
「メッセージ、あれはなかったことにしたいと思ってる。実は今まで宝箱のことを忘れていたんだ。今日は回収しに来ただけだ」
「お互いにあてた手紙を読もうって約束してたでしょ」
「あれはなしだって。恥ずかしいし」
「私だってなんて書いたか覚えてないけど、覚えてるの?」
「なんとなくは……」
「この公園の夕焼け空ってとってもきれいだと思わない? 私、宝箱開けるなら、黄昏時に空けたいって思ってたんだ。この風景が私にとって大事な色だから」
「こうやって一緒にいるのも久々だよな」
スコップを持ってきて穴を掘る。そんなに深くない場所に隠してあった。
古びた缶に入っていたのは――手紙と大切な物。
透哉は私があげたしおりを入れていた。
「私の手紙、なんて書いてあるんだっけ?」
『だいすきなゆうやけのいろをとうやにあげる』
子供の頃、この場所から見える夕焼け空の色が好きだった。だから、二人で分かち合おうとしていたのだろう。
小さな文字で『ゆうやけのいろをとる』と書いてある。
「ゆうやけをとることは物理的に無理だよね」
「小学生の時に流行った謎解きだよ。文字を取って読めってことだろ」
改めて取って読んでみる。「だいすきなとうやにあげる」
もしかして、私、告白じみたことをしてしまった?
「透哉の方の手紙だって謎解きでしょ」
『しおりはたいせつだ。さいしょのもじもたいせつだ。
だからたからばこにいれた。
いつまでもわすれないように。
すずしいきせつも あついきせつも。
きっとずっと。』
意味不明な子どもらしい手紙だ。
無理矢理奪って読んだけど、子どもらしいただの手紙だった。
「これ、愛の告白なんだよな」
未来の透哉が耳打ちした。もちろん若い方の透哉は気づいていない。
「しおりは詩織、おまえのことを指している。文字通り詩織を大切だという意味だ。最初の文字をつなげて読んでみろ。だいすきになるだろ」
しおりと詩織をかけている? 最初の文字も大切というのは最初の文字だけを読むとだいすきになる。
どきりとして、初めて彼が子供の頃、私のことを想っていてくれたことに気づく。
いつのまにか辺りは暗くなり、星空がきれいだ。
未来の透哉は姿が実体化する。
「元の世界に戻るよ。ありがとう、お母さん。お父さんと仲良くしてね」
お母さんって、彼は私の息子だったってこと? お父さんが透哉ってことは結婚するってこと?
「俺は未来から来た二人の息子だよ。二人が結婚しないと俺が生まれないから、大人の姿にしてもらって、二人の元へやってきたんだ。宝箱の話は、神様から聞いたんだけどね。お父さんはずっとお母さんに告白できなくて新しい恋ができなかったんだ。今、ここで両思いになったら、俺といつか会えるから」
「いつかまた」
そう言うと未来の息子らしき彼は姿を消してしまった。
「あいつ、俺のことお父さんとか言ってたよな」
「見えてたの?」
「宝箱の手紙を解読したあたりから俺にも見えていた。あいつ、ずっといたのか?」
「今日、突然未来の藤城透哉だって言って現れたんだけど、透哉の息子らしいよ」
「ていうか詩織の息子なんだろ」
二人は息を呑む。夕陽も沈んで、あたりは真っ暗だ。
頬が赤くなるのが見えなくてちょうどいい。
公園の街灯だけがわずかな光を放っていた。
「こんな俺で良かったら、よろしく」
手を差し出される。手と手が繋がった。握手をしたのは初めてかもしれない。
私たちは未来の子どものお陰で恋が始まった。
もし、彼がいなかったら――奥手な私たちは一生恋が始まらなかったかもしれない。
「初恋は実らないなんてジンクスを私たちは破壊していこうか」
まだ始まったばかりの私たちの恋の物語はこれからだ。




