恋愛は必要か
「つきあってください」
その一言がどんなに嬉しかったのか。
まさか、罰ゲームで私に告白したなんてその時は知らなかった。
もちろん人気者でカッコいい藤間君の言葉を素直に受け入れた。
「もちろん。よろこんで」
これが、地獄の始まりだなんて思うはずはない。
高校に入学して学校にあまり馴染めていない私に彼氏ができた。
その日から、パシリ生活が始まった。
「俺の彼女なんだから、彼氏の友達にジュースくらいおごるのが当然だよな」
少しばかりたれ目な藤間くんはとてもきれいな顔をしていた。
私はいつの間にかジュース係になってしまったらしい。
彼女なんだから、当然なのかな。
恋愛のことはあまりよくわからない。
でも、人気のある彼氏を手にしたという喜びを手放したくなかった。
だって、この高校内に居場所はない。
ようやくできた居場所を手放したくない。
告白されたのは私だ。
パシリなんかじゃない。
現に藤間君はみんなに私のことを彼女だと紹介する。
正直、藤間君のグループは不真面目な人間の巣窟だ。男女ともにいつも適当で目の前の楽しいことを探して遊び歩いている印象だ。多少のことは仕方がない。
悪口をいわれようとも、金づるにされようとも、私は笑うように心がけていた。
「お前、へらへらと笑うことしかできないのか?」
教室の後ろの席から声がする。
一匹狼な雰囲気の御城君。いつも一人でいる印象が強い。
少し鋭い瞳だけれど、友達ができないというよりは作らないというほうが当てはまる。
スタイルは良く、やせ形で影がある印象だ。
「おまえがされてるのって、結果的にいじめじゃん」
戻ってきた時には、ノートにはひどい落書きをされていた。
破られたページもある。丁寧に書いたのに。授業を聞いていたのに。ノートを提出できないじゃん。
「おまえってお人好しかよ。怒る時は怒って自己主張しろよ」
「いじめじゃなくていじりだってみんな言ってるし。いじめじゃないよ」
「いじりといじめの違いってなんだよ」
強い語調の正論に何も言えなくなる。私はいじめの事実をいじりとして処理しようとしている。
それは私にとっても相手にとっても好都合な処理方法だった。
「まぁ、俺には関係ないし、別にいいけど」
群れるのが嫌いな御城君は表情を変えずに帰宅の準備を始めた。
「なぁ、今日はファミレスいこーぜ。もちろん、理沙のおごりだ」
今日も彼氏にたかられる。うちは比較的裕福でお小遣いもたくさんもらっているから、払えない額じゃない。
藤間君は払える程度の額を払わせるのがうまい。
「罰ゲームで付き合った感想はどうなの?」
仲の良い女子である花音が藤間君に聞いた。
「あいつ、いいやつだぞ。金持ってるしな。手をつなぐとかは無理だけど」
「手をつなぐのが無理なのに、付き合ってるんだ?」
蔑んだ笑いを浮かべる。
「付き合ってるよ。手をつなげない人と付き合ってはいけない法律はないだろ」
「それはそうだ。おごってもらうのがだめな法律もないもんね」
「いじりがいのあるやつだからな」
藤間君の取り巻きは散々なことを言う。
輪の中心にはいつも藤間君がいる。彼はリーダー的素質が強い。
「恋愛なんてする理由あるのか?」
翌日、御城君に聞かれる。
そんなに深く考えていなかった。
恋愛する必要なんて、たしかにないのかもしれない。
「御城君は恋愛してみたくないの?」
「俺はパシリにされて、財布にされてまで、恋愛をしてみたいと思わない」
「たしかに、その通りかもしれない。でも、学校という場所でひとりって辛いと思わない?」
「俺は、ひとりでも平気だよ。いじめられるのと、孤独、どっちがいいかと聞かれたら、孤独を取るけど」
彼の冷静な語り口調はとても正しいと感じる。
「なんで、孤独でもいいって思えるの?」
「おまえに話す義理はない」
「御城は学年トップの成績だったのに、あんなことがあって、結局この高校に入ったんだよねー。理沙は御城にいじめられるんじゃない?」
花音が蔑んだ声を出す。あんなこと、というワードがひっかかる。
「御城君のことを何か知ってるの?」
「同じ中学だったから、よーく知ってるよ。いわゆる成績のいい不良だったんだよね。まぁ、女子一人を不登校&自殺未遂に追い込んだっていうのが決定的になって、学校での評価は下がる一方。だから、こんな馬鹿高校に入ったってことでしょ」
花音は包み隠さず話す。
「不登校に追い込まれた子は御城のことを好きだったらしいけど、嫌がらせが度を過ぎたんだって。あんたも、自殺未遂に追い込まれるかもしれない」
そんなことがあったなんて知らなかった。
そんなに悪い人なのだろうか?
こっそり放課後抜け出して、御城君の後をつけてみる。
御城君は神社に入っていく。
手を合わせる。
不真面目そうに見えたのに、祈る姿の御城君はそんなに悪い人には思えない。
「ごめんな」
つぶやく声がかすかに聞こえる。
バレないようにこっそり遠くから見つめてあとをつける。
なぜ、あんなにも孤独を好むのだろう。
御城君のことがもっと知りたい!!
早速翌日から御城君に話しかけてみる。
「御城って、本当はまどかのことが好きだったっていうのはほんとなの?」
花音が上から目線で質問する。
「別に答える必要はない」
否定をしない。
「昔の御城って、藤間にそっくりだったよね。いつも群れて、彼女も何人もいたし、リーダー的な存在で、いじめることを楽しんでいたでしょ」
「今はそーいうことはしたくないんだよ」
「つまんないなぁ。中学の頃なら、一緒になっていじめるノリがあったのにね」
「恋愛したとしても幸せになれないと思ったんだよ。好きな人ひとり守れない人間だからさ」
少し沈黙したあと、ゆっくり語りだした。
「……俺は、周囲のノリに合わせすぎて、自分の気持ちとは違う方向に行動していたんだ。恋愛ってしなければいけないわけじゃない。気づいたらしてるもんなんだよ」
「恋愛って自然としているものってことかぁ。無理に彼氏を作ってぬか喜びしている私は恋愛してないのかもしれないね」
「だから、俺は、人を好きにならないって決めたんだよ。だから、おまえにも恋愛する必要があるのか聞いただけだ。取り返しのつかない出来事になったら困るからな」
「でもさ、気づいたら好きになっていることだってあるんだから、絶対好きにならないということはありえないよ」
渋い顔をする御城君。
いつの間にか、藤間君の誘いを断るようになっていった。
「俺と別れるとか思ってないよな」
ある日学校で、怖い顔をした藤間君に脅された。
財布に逃げられてご立腹らしい。
「別れようと思ってるよ」
「生意気なんだよ。俺と別れたら、この教室に居場所をなくしてやるよ。陰キャの女子グループにも入れてもらえないように根回ししてるから覚悟しろよ」
藤間君の目が怖い。恋してる目じゃない。いじめの対象がいなくなることが嫌なんだろう。
「木村理沙は俺の友達だから、孤独になることはない」
後ろから聞きなれた落ち着いた声が聞こえる。御城君の声だ。
いつも誰とも交わらない御城君が庇ってくれるなんて想像もしていなかった。
「御城、お前、中学の時、女子を不登校、自殺未遂に追い込んだんだろ」
「これ以上周囲に犠牲者を出したくないから、俺は木村理沙と友達になる」
御城君の睨みは凄い。
放課後、ゆっくりした口調で御城君は話し始めた。
「まどかは、俺のことが好きだと告白してくれたんだ。それを見ていた俺の群れていた仲間が冷やかして、そこからいじめがはじまった。俺はまどかのことは嫌いじゃなかった。でも、そこで俺だけが違う行動をしたら引かれることを懸念してしまった。いじめることに加担してしまった。いつのまにか歯止めがきかなくなって後戻りができなくなっていた。恋愛なんてなかったら、こんな事件は起きなかった。恋愛なんかなくなればいいのに!!」
投げやりで強い口調だ。でも、反論してみる。彼がその思考のまま止まってしまったらきっともったいない時間を過ごすだろうと思ったから。
「恋愛はあったほうが絶対いいよ。心がときめくといやなことだって忘れられる。恋愛はしなければいけないわけじゃないけど、恋愛したいと言わせてみせたいな」
気づいたら御城君のことが好きになっていた。
恋愛はしようと思ってするものではなく、気づいたらしているものなんだよね。
「恋愛と友情どっちを取る? 私を彼女にするか友達にするか?」
究極の二択を迫る。
「もう既に友達だろ。だから、これからも友達でいろ」
友情を取るか。
「恋愛が必要だというセリフは今際の際に言ってやる」
死に際ってことだよね。
ということは、死ぬまで一緒にいようと言うこと? 深く考えたら顔が紅色に染まる。御城君は笑いながら私を見た。




