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自治会のお仕事  草刈り編

作者: 恵京玖
掲載日:2026/03/13


「すまない。辰真、お願いだ!」

「悪いけど、やってくれないかしら」


 ゴールデンウイーク初日。突然、家に帰って来てくれと連絡があった。何だろうと思って帰ってみれば、弱弱しく腰を押さえた父と申し訳なさそうに手を合わせる母に出迎えられた。

 しかも食卓には俺の好物ばかりが並べられており、断れない雰囲気が漂う。というか断ったら今後、実家の敷居を跨げないかもしれない。


 ああ、嫌だ。面倒だし、やりたくない……と思ったが結局、父と母の頼みを聞き、好物の唐揚げを頬張った。




***


 五月下旬。カラッと晴れた爽やかな風が吹いていた。幸運な事にまだ三十度超えの地獄のような暑さはまだない。多少暑いが我慢できる気温だ。

 俺は面倒くさいな……と思いながら待ち合わせの場所に行くため、泊まっていた実家を出て車一つ分しか通れないだろう狭い道を歩く。父から託された重たい荷物を持って。

 田園と畑、ちょっとした林の中にある幼馴染の友人たちの家が見えて変わらないな……と思う。大人になったら、ここも都会みたいに建物が並ぶんだろうなあって思ったけど、変わったのはスーパーが出来た事くらいか。……マジで何も変わらない。

 そうして国道を少し歩くと待ち合わせで青年館と書かれた一階建ての建物に着いた。そしてすでに待っている人たちが俺に気が付いて、手を上げて「おう! 辰坊! 久しぶりだな!」と呼びかけた。


「大変だったなあ、お父ちゃん。腰痛めちゃって」

「だけど辰坊が手伝ってくれるなら、すぐに終わるよ」

「いやあ、今日の草刈りは楽だぞ」


 そう。俺、辰真は腰を痛めた父の代わりに地元へ帰って草刈りに来たのだ。まあ、一人暮らししている場所から実家まで電車で一時間もかからないから別にいいけど、自分が住んでいる訳じゃない街の自治会の仕事をするなんて面倒しかない。しかも自分の住んでいる所は、こういった仕事なんて無いのに……。


「お、草刈り機を持って来たか」

「そういえば昔、草刈り機を振り回して遊んでいて親父に怒られていたな」

「そうだな。龍雅と竜太と三人で」


 しかも俺のクソガキ時代を知っている近所のおっさんと一緒に……。思い出したくない出来事すらも笑い話にして大声で話す。あー、俺は恥ずかしいのに……というか忘れてくれよ!

 ちなみに龍雅と竜太は幼馴染の腐れ縁で、お互い休日が不定期だがよく飲みに行ったり遊んだりしている。だが今日の草刈りを誘おうと思ったのだが、二人ともすぐさま予定があると返された。本当に予定があるのか、もちろん疑問だ。

 このおっさんたちと一緒に草刈りか……と憂鬱になっていると、「あ、辰真だ」と比較的若い声が聞こえてきた。

 振り向くと四十代くらいの男性がいた。


「お久しぶりです。虎雅(とらが)さん」

「おっす! 久しぶり! 龍雅は元気か?」


 虎雅さんは龍雅の兄貴だ。ちょっと髪の毛が明るいのと派手なシャツを着ている、いわゆるマイルドヤンキーっぽい。確か数年前に結婚して、娘さんが一人いる。昔は勝手に虎雅さんのゲームを勝手に遊んだら激怒されたりと、今も何かと怖いイメージがある。龍雅は一切気にしないけど。


「そういえば、おじさん、大丈夫か?」

「腰痛ですね。医者から安静って言われたので、俺が代理で草刈りに来ました」


 俺は「別に代理立てなくても別にいいじゃん。腰痛めたから草刈りは休むって言えば?」と進言した。ケガしたって言う理由があるんだから、自治会のおっさんだって納得するだろう。

 しかし父は自治会の人は少なくなっている上に、草刈りをしてくれる人は更に少ない。だから自分が行かないと更に負担になってしまうと言う。だからって住んでいない息子を代理に立てなくてもいいのでは? と思っていた。

 だが今日、こうして自治会のメンツを見てみると父が不安になるのも分かる。


「いやあ、ありがたいわ。お爺さんばっかりだからな」

「おい! 誰がお爺さんだ!」


 虎雅さんの言葉に集まってきている自治会のおっさんが野次を飛ばす。しかしお爺さんではないと否定しているが、皺も白髪も目立っていて初老の人ばっかりだ。若い(と言っていいか分からない年齢だが)のは三十代の俺と四十代の虎雅さんくらいだ。しかも思っていた以上に少ない気がする。

 これには思わず「これだと俺が最年少ですかね」と口にしたら、虎雅さんは「いやいや、最年少は辰真じゃ無いよ」と笑って言った。

 そんな時、「お疲れ様です」とおっさんたちに言いながら、俺と同じくらいの三十代半ばの男性が来た。


「あ、辰真先輩、お久しぶりです」

「あ、タケチー」


 人のいい笑みを浮かべてタケチーこと健之(たけゆき)が俺と虎雅さんの所にやってきた。タケチーは俺と二つ下の後輩の子である。小学生の頃は俺達と遊んだり、いたずらを後ろから見ていたりしていた子だ。中学の時は同じ部活だった。

 割と大人しい子ではあるが、大学卒業後にすぐ結婚して息子と娘がいると母から聞いている。結婚した事を聞いた時、ちょっと意外と思っていた。


「あれ? 先輩のお父さんは今日、来ないんですか?」

「腰を痛めたから、俺が代理で来たんだ」

「いやあ、ありがたいです!」


 代理で来たというのに、めっちゃ嬉しそうだ。仕事でもそうだけど、感謝されるのは悪い気はしない。

 そう思っているとタケチーは「じゃあ、俺で最後ですかね」と衝撃的な事を言った。


「あれ? 少なくない? 草刈りメンバー」

「いや、これで全員だね」

「これでも多い方だぞ」

「いやあ、辰坊が来てよかったよ」


 タケチーと虎雅さんの発言に呆然としてしまった。だって十人くらいしか居ないじゃ無いか。昔の自治会の草刈りは二十人以上いた気がするぞ。


「もう自由参加だから、なかなか来ないんだよ。それに少子高齢だし、都市部に住人が集まりすぎて爺さんしか残っていないのさ」


 虎雅さんは肩をすくめて言った。

 父が憂いて俺を代理に立てた気持ちが、ものすごく分かった。だって草刈りする場所は大量にあるのだ。今日中には終わるだろうが、午前中には終わらなそう……。




***


 草刈りをする場所は公園と空き地、そして土手など。数人グループで草を刈って、ゴミを捨てる。

 場所の確認をしているとタケチーがスマホを出して、「あ、そこは大丈夫です」と言った。


「町田さんと横山さんが先にやったそうです」

「あれ? 先にやっているって?」


 思わず言うと虎雅さんが「今日、用事がある人は予め近くの場所を草刈りしてくれたんだよ」と説明した。


「自治会のメンバーで今日、参加できない人は平日とか前の日曜日にやってくれるのさ。仕事とかで、今日の日曜日に集まる事なんて無理だからな」


 俺は「なるほど」と呟きながら、ある事を思い出した。

 そういえば去年、実家へ帰った時、一人で草刈りをしている人がいた。その日は平日で、時間は午後近くだった。場所は用水路が流れる土手で狭くないし、一人でやるのは大変だろうと思った。しかも結構暑い日だったし。

 事前にやるなんて大変だなと思った。でも言い方は悪いが、地域の同調圧力のようなものも感じるけど。じゃあ、業者に任せれば? って思うが、住人が少なすぎて自分たちでやった方が安上がりなのだろう。


 そんな事を考えていたら、草刈りのグループ分けが決まった。俺は自宅近くの田んぼの周りの草刈りをする事になった。

 俺の黒歴史を知るおっさん達だから、その話をさせないように別の話題を投げかける。


「なんかタケチー、健之って自治会の中心になっていますね」


 スマホを持って草刈りの場所決めをしたり、お弁当の手配もしていたり、他のメンバーの連絡を取り合ったりと、最年少なのに雑務やお金の管理なども仕切っていた。もちろん、会長と呼ばれる人はいるが、結構タケチーに託しているように見えた。


「あいつは十年前からずっと自治会でやってきたからな」

「しかもデジタル化もさせて人も集めたし」


 え? タケチーって十年前から自治会の仕事をしているの! 俺の十年前なんて住んでいる街なんて気にしなかったのに! というかデジタル化ってどういう事だ?

 俺が疑問に思っていると、おっさんが勝手に話し出した。


「あいつは十年前にできちゃった結婚して地元に帰ってきたんだよなあ。その時から入っているのさ」

「最初は全然喋らないし、指示出さないと動かなかったりで全然ダメだったな」


 あいつ、デキ婚だったのか……。しかも十年前って事は二十代前半だろう。そんな年で、おっさんしかいないボランティアをさせられるんだから、喋れないし、どう動けばいいか分からないぞ。俺だったら絶対に行かないな。タケチーは辛抱強い奴である。


「だけど要領が分かってきて、ちょっとずつ動けるようになってきたんだ」

「それから子供が出来て地元に帰ってきた奴も、自治会に入るように呼びかけてくれて」

「でも今日は来ていないな」

「まあな。だけど自治会の仕事は色々とある。ゴミ捨て場の掃除とか子供の通学を見守るとか、そういった仕事は若い奴らに任せているんだ」

「健之は若い奴らのまとめ役さ。あいつらは回覧板をラインでやったり、会費もラインの機能でやり取りしているんだよ」


 なるほどね。自分たちの生活に関わる事とか出来る仕事は、最近来た人たちにやらせているのか。というか草刈り機なんて普通の家だと無いだろうし。しかも回覧板なんて家に誰かがいるコミュニティにしか出来ない連絡ツールだ。

 若くて共働きだったり休みも不定期の人にとっては、ラインアプリで地域の情報を見た方がいい。いつでも見れるからな。会費だって手渡しよりも、ネットでやった方がいいだろう。


「じゃあ、みんなラインでやり取りしているのか?」

「いやいや、俺達は回覧板でやっているよ。健之も会長も無理に全部、変えなくていいって。やりやすい方法を選んでほしいって」

「ラインはやっているけど、回覧板の方がいいからな」

「それにラインに会費を振り込むのも、手続きが分からないし」


 確かに緩い方がいいよな。一気に変えるとおっさん達の反発が生むし、じゃあ今まで通りの方法だったら若い人に面倒くさいって思われるからな。選べるのは結構、ありがたいと思うだろう。

 それにしてもタケチーが自治会の若い人のまとめ役になっているのに、ちょっと驚いた。俺達が悪戯しているのを後ろから見て、ヤバくなったらすぐに逃げる奴だったのに……。

 するとおっさん達が「そういえばさー」と話し出した。


「健之が来る前に若い奴が来たよな。若いって言っても四十代だけど」

「ああ、いたな。年老いた母と一緒に暮らす事になって引っ越した奴。その時の会長と喧嘩しちゃって、自治会を辞めちゃったんだけどな」


 何だか深刻そうな話なので黙って聞く。


「回覧板をメールでやり取りしようって提案したんだよな。ガラケーが出ているから、メールで送った方がいいって。でもさー、その時の会長が気に入らなくて、反対して喧嘩しちゃったんだよな」

「数年間、俺達と一緒に仕事してから提案したら良かったんだよ。健之はラインにしたい理由も言ってくれたし。だけどあいつは着てすぐに提案して理由も言わないから、みんな反発しちゃうよ」

「ふうん。その人は引っ越しちゃったのか?」


 俺が聞くとおっさん達は「いや、今もいるよ」と返した。


「確かそいつの母親は数年前に亡くなって一人暮らしかな」

「一応、通夜には今の会長、出たんだっけ」


 うーん。村八分と言うわけじゃ無いけど、一応通夜には行くんだと思った。


「あいつが入った頃、自治会は絶対に入らないといけないみたいな決まりだったから、辞める時もかなりもめたな」

「ゴミ捨て場とか使わせないって当時の会長が言っていたな。俺達も提案を反発していたけど、使わせないって言ったのはいけなかったな」

「あいつの気持ちも今は分かるけどな。お母さんの足が悪いから回覧板を持って行くのが、かわいそうと思ってメールにしてほしいって思ったのかもしれないし」


 昔の事を思い出してしみじみ後悔しながらおっさん達と俺は草刈りを場所に着いた。この自治会も黒歴史があるんだな……。

 俺達が刈る草は俺の腰まであった上に、結構広い。大変だな……と思いつつ、俺は草刈り機のスターターの紐を引く。何となくチェンソーマンな気持ち。

 するとギャハハハとおっさんどもが笑い始めた。


「そういえば、ここで辰坊達。お前ら蛇を捕まえようとして、逆に追いかけられたんだっけ」

「まさに藪蛇だな」

「いつも馬鹿にしたように悪戯する龍雅なんか半泣きで逃げていたんだ。面白かったな」


 やる気の失せるような俺の黒歴史を思い出して、口にするのはやめてくれ。俺は特に反応しないで草刈りをする。




***

 俺の黒歴史がある場所の草刈りは午前中いっぱいで終了した。日が高く昇って行くにつれて暑くなってきた。しかも長袖でやっているので汗だくだ。

 時々、実家の手伝いで草刈りを学生時代やっていたけど、結構大変だ。草刈り機はそこまで重くは無いけど、ずっと持っていると重く感じる。デスクワークで運動をあまりしない俺にとって、ちょっと辛かった。何だか運動しようと決意しそうになる。

 ようやく終わって、待ち合わせ場所である青年館に向かう。そこで昼食であるお弁当を食べる予定だ。

 お弁当を食べているとおっさん達は通院している病院などの話をしていた。


「そういえば最近出来た病院はどうだ?」

「待合室がめちゃくちゃ広いし、ただで水が飲める機械もあるぞ」

「そういえばさ、いつも行っている整骨院の医師がよ、症状言ったら加齢ですねって……」


 話が合わない。じゃあ、タケチーや虎雅さんと話が合うかというと全く分からない。


「ボンボンシール、全然無いですよねー。娘が欲しいって言って遠くのショッピングモールまで行ってようやく買えたけど、並んでいて大変で」

「ここら辺の店だと無いよなー、ボンボンシール。うちの子も奥さんも買うために色んな店に行っててさー」

「あ、やっぱり虎雅さんの奥さんもシールにハマってます? うちもなんですよ。シール手帳、ついに買っちゃって」

「俺の奥さんも二冊目に入ったよ。昔、よく集めていたからって話していたな」


 こっちも話が合わない……。それにしてもタケチー、普通に虎雅さんとよく喋っているな。小さい頃は「龍雅君のお兄さん、怖いんだけど」ってビビっていたくせに。まあ、大人になったら変わるか。

 というか、俺、孤立していないか? 別の所から来た代理だから話が合わないのは仕方がない。だけど地域で孤立しないように自治会があるわけで、そこで孤独だったらどうしようもなくないか?

 このままでもしょうがないので女児と奥様に人気のボンボンシールの話題がひと段落した時に、俺はタケチーに話しかけた。


「タケチー、おっさん達から聞いたけど自治会の若い人たちのまとめ役なんだろ。すごいな」


 俺がまくし立てるとタケチーは「そんなこと無いって」と謙遜したら、虎雅さんは「いや、凄いぞ」と話し始めた。


「俺より自治会の先輩だからな。二十代の頃からやってんだろ?」

「そうですね。市役所勤務ですから」

「ん? ここって自治会は自由参加じゃないのか? なんで市役所に就職すると強制的に入るんだ?」

「……入らないと市役所にクレームが来るらしいですよ。なんで自治会に入らないのかって」


 ……地域の目は厳しいな。税金で給料をもらっているんだから、地域に貢献する自治会に入らないとは、けしからんという事なのだろう。

 そして若い人への自治会の勧誘もタケチーの仕事のようだ。


「タケチーは自治会用のラインを作って、会費もライン決済でやっているんだな」

「そっちの方が楽ですからね。俺自身も」


 そんな時、虎雅さんが「スマホを貸して」と言ったので、俺は素直に「あ、はい」と言ってスマホを渡した。


「おっさん達から反発は無かったの?」

「自治会に入るようにするにはラインでやった方がいいって言ったら、案外すぐに了承してくれましたね。もうやる人が少なくなってしまったから」

「若い人は入るは結構、入っている?」

「うーん、乗り気じゃない人が多いですね。だからゴミ捨て場の掃除もみんなが使う所だから掃除しましょうとか、最近危ないから子供の防犯で見回りをしましょうとか言って勧めてますね。やっぱり生活に関わる仕事だとやってくれますね」


 勧誘活動が手慣れているな……と思った。しかしタケチーは「でもねー」と話す。


「やっぱり入らないって言う人もいるんですよ。でもそういう人がゴミ捨て場にゴミを捨てるのも、自治会の人も良い気がしないんですよね。最近、朝早くに出されたゴミがあるらしいんですよ」

「朝早く?」

「週に一回だけど、子供の通学時間より早くゴミを捨てる人がいるんです。もしかしたら日も出ていない早朝に出しているんじゃないかって。一体誰が捨てているんだろうって不思議なんですよね」

「自治会に入らないで捨てるのも気まずいから、朝早くに出しているのか?」

「そうだと思います。ゴミ捨て場で自治会に入っていないのに会うと気まずいと思うし」


 難しい問題である。そう思っていると虎雅さんが俺のスマホを「はい。やっといたから」と返してくれた。


「やっといたから、とは?」

「タケチーが作った自治会のライングループに参加させたから」

「え? 嘘!」

「ついでに竜太と龍雅も参加させてあるから。ブロックしたら注意しておいてくれ」


 うわ、マジだ……! え? 俺達三人別々の場所に住んでいるのに、地元の自治会のグループに入れられちゃった……。住んでいない場所の情報なんて全く要らないんだけど。

 慌ててタケチーは「会費は実家の人たちが払ってくれているからいいですよ」と言ってくれたが当たり前である。俺は住んでいる場所の町内会費も払っているんだから!


「じゃあ、そろそろ午後の草刈りをしましょうか」


 会長の合図で、昼食タイムは終了した。




***


 さて午後の草刈りを場所へと向かった。地元に帰ってきた奴らが建てた住宅の通りを行き、公園が見えてきた。公園の草刈りは事前に他のメンバーがやってくれた。

 だが公園を見ると遊具が無い。維持費とか遊具の老朽化で全部、撤去されちゃったんだろう。


「最近の子って、この公園で何して遊んでいるんだろう? 何もないけど」

「遊んでいるぞ。サッカーとかキャッチボールとかバトミントンとか……、あとカードゲームとかゲーム機で遊んだり」


 おっさんがムキになって返したけど、後半の遊びは空き地でやっている意味はあるのだろうか? でも俺達の時代もゲームボーイを外で遊んでいた記憶があるので、意味はあるのかもしれない。

 その公園を過ぎてしばらく進む。すると途中で田んぼ用の用水路が道路に沿って流れている。その間の土手を俺達が草刈りをするのだが……。


「……綺麗になっている」

「え? 今年も?」


 午前中の草刈りした所と同じくらい草が背高く伸びていると考えていたが、綺麗に刈られていた。

 俺とおっさんはちょっと驚きながら、刈られていた場所を見ていたが、すぐにタケチーに連絡を入れた。


「ごめん、タケチー。俺達が担当している場所がすでに綺麗になっているんだけど、事前にやった人がいる?」

『え? 居ないはずです。……あれ? 去年も知らない人がやってくれていたんですよね』


 不思議そうに言うタケチー。そういえば去年、草刈りしていた人を見かけた場所ってここだった気がする。え? あの人は自治会の人じゃないの?

 謎がいっぱいだが、とりあえず俺達はこの場を後にして別の場所の草刈りへ向かった。




 虎雅さん達が担当している場所は広いので、合流して一緒に草刈りをする。事情を話すと虎雅さんも「あそこ去年もやってあったよな」と不思議そうに言っていた。やっぱり、去年一人でやっていた人は自治会の人じゃないのか……。

 まあ、やってあったから別にいいと思う。仕事が減るわけだし。だけど知らない誰かがどうしてやったのか気になってしまう。しかも二年連続だし。


 事前にあった場所は少し歩くと最寄り駅へと続く。朝や夕方、夜になると通学通勤のため車や人が通る事が多い。だが昼間は降りる人は少ない。去年、草刈りをしていた時間帯は昼間だったから人目につかなかったんだろう。

 でも人目につかないとはいえ、通る人は居るはず。やっている人を見たら割とすぐ噂になるはずだ。ああ、でもあそこの周りに住んでいる人は比較的若い人だ。やっている人がいても自治会の人が、あらかじめやっているとしか思わないかもしれない。


 頭をフル回転して色々と考えながら、草刈りをしていたが全然いい答えが思いつかなかった。だって草刈りは自治会の仕事ってここら辺の人間は周知の事実だ。誰も率先して一人でやろうとは思わないだろう。


 え? じゃあ、事件性がある? 土手や用水路に金塊を隠すとか? そんな訳、無いか。


 考えているうちに草刈りは終了した。集めた草はタケチーが処理をすると言い、軽トラに乗せていた。後で乾燥させた後、市役所の前にかなり大きなゴミ捨て場に捨てるのだ。あそこは結構広いゴミ捨て場で、誰でも使える。


「うーん。自治会のグループラインで聞いてみたけど、みんな分からないって来ました」


 タケチーがラインで聞いてみたが、みんなやっていない、分からないと返ってきた。全員、既読にはなってはいないが、多分ライングループの中にやった人は居ないと思う。隠す必要なんて無いからな。


「でもあそこの場所を草刈りしていた人を目撃した人がいるみたい。自治会のおじさんが事前にやっていると思ったらしい。顔は分からないけど、年配の人っぽい」


 青年館に集まって俺とタケチーがスマホを見ながら喋っていると虎雅さんが「別にいいんじゃない?」と話した。


「誰だか知らないけど、やってくれたんだから気にしなくても?」


 うーん。さすが龍雅の兄貴。細かい事を気にしない。だがタケチーにとっては大問題らしい。


「事前にやってくれた方には、今日食べたお弁当やスポーツドリンクを渡しているんです。それを知らないでやってくれて、後から知ってクレームになったら不味いんです」

「市役所や自治会にクレームを入れられたくないんだな」

「なるべく円滑に諍いも無く運営したいんですよ」


 それはどこの組織でも同じだな。

 俺達がそんな話をしていると、おっさん達も集まって同じことを話し合っていた。盗み聞きをしていると「もしかして、あいつじゃない?」と草刈りをしてくれた人が誰か見当ついているようだ。

 そしてタケチーに「なあ」とおっさんが話しかけた。


「以前、早朝にゴミ出しをしている自治会じゃない奴が居るって話をしていたよな」

「はい。だけど週に一回ですけど」


 おっさん達は気まずそうな顔で「ちょっと頼みがあるんだか……」と話し出した。




***


 草刈りから一週間後、タケチーから事後報告を聞いた日の夜、腐れ縁である龍雅と竜太達と一緒に格安イタリア料理が楽しめるファミレスで飲み会を開いた。

 そして人知れず草刈りを事前にやっていた人について話した。


「分かった。勝手に草刈りをしている奴」


 そう言いながら竜太はピザ一切れを食べながら答えた。


「十年前に自治会を喧嘩腰で辞めた奴だろ」

「ご名答。タケチーがさ、その人の家に訪ねて行ったんだ。市役所の書類を渡すついでに、もしかしたら草刈りを事前にやりましたか? って、聞いたんだ。最初は否定したんだけど、みんなが不審がっていると話したら自分だって言ったみたい」

「やっぱりねー」


 そう、自治会を改革しようとして失敗して喧嘩別れのような形で辞めてしまった人がボランティアでやってくれたのだ。

 しかし普通だったら命令されてもやりたくは無いだろう。しかも辞めた時、かなり揉めて当時の自治会長に「ゴミ捨て場を使わせない」と言われてしまった。俺だったらやりたくは無いね。

 ここで龍雅は不満げに口を開いた。


「えー、何でだよ。喧嘩して自治会を辞めたんだから、草を刈る必要性なんて無いだろ」

「その人さ、週一、早朝にゴミ出しをしているんだろ」

「うん。タケチー達が不審がっていた早朝にゴミ出している犯人なんだ」


 俺と竜太の言葉に龍雅も「ああ、なるほど」と言った。


「使うなって言われたゴミ捨て場を使うようになった。それで後ろめたい気持ちになって、草刈りを人知れずやっていたのか」

「そういう事」

「というか、十年前はどこに捨てていたんだ?」

「市役所のゴミ捨て場。あそこは誰でも使えるから通勤の時、遠回りしてごみを捨てていたらしい」


 そこで龍雅は「ははは、プライドが高いな」と笑う。でも諍いを起こして辞めたのだから、しょうがない。これで堂々とゴミ出したら、また揉めるからな。

 でもそれがずっと続くとは限らない。ここ十年で世界は色々と変わるのだ。コロナだってあったわけだし。だけど、大人になると一度喧嘩すると仲直りするのは難しいのだ。特に男はプライドってものがあるからな。


「その人のお母さんも亡くなった後、早期退職して別の仕事に就いたんだけど、仕事場が以前より遠くなってしまった。それで遠回りして市役所のゴミ捨て場へ行くのが、大変になってしまったみたい。お母さんも居ないから家事も自分でやらないといけなくなったし」

「単にライフスタイルが変わったから、朝早くゴミを捨てていたのか」

「それで後ろめたいから自主的に草刈りをしていた、と」

「あそこに住んでいる人たちは、比較的若い人なんだ。だからあのおっさんは普通に自治会の人と思い込んでいたんだ。だから別日に草刈りしていても怪しまれなかった。そして早朝にゴミ出ししている人は自治会に入らない別の人が犯人って思いこんでいたみたい」


 龍雅は眉をひそめて「でも何で自治会のおっさん達は、犯人がすぐに分かったんだ?」と聞いた。


「草刈り機って農家の人くらいしか持っていないだろ? あの人の家は昔農家だったし、今も食べる分だけの家庭菜園くらいはしているって周りは知っていたから」

「そうか。最近、住み始めた奴らは普通のリーマンで草刈り機なんて代物持っていないか」


 二人とも「なるほどねー」と感心していた。

 だけどそれからおっさん達も、喧嘩別れした人を気にしていたんじゃ無いかと思う。だからすぐに気が付いたのかもしれない。

 タケチーが訪問した後、彼は無事に自治会へ入ることが出来た。ライングループに入ったので堂々とゴミは捨てられるし、人知れず草刈りしなくて良かったと思う。

 めでたし、めでたし……で、終わる話題だったが龍雅は不穏な口調で「ところでさー」と話し出した。


「何で地元の自治会のグループラインに俺が参加しているんだ? ブロックしたら、兄貴に怒られたんだけど!」

「それな。なんで入れたんだ?」


 龍雅と竜太は非難めいた目で俺を見る。目を逸らしながら「虎雅さんが勝手に入れたんだよ」と白状した。


「だからクレームは虎雅さんに言ってくれ」

「えー、無理だよ」

「それにやる人が少ないし、草刈りとか参加しようぜ。というか、俺一人だと話が合う人がいないんだよ。おっさんと妻子持ちしか参加者がいなくて俺が一人ぼっちになるんだ」

「多分、その日は用事が出来るはずだから行かれないな」

「俺も腹がいたくなる予定だ」


 俺の頼みをあっさりと断る薄情な腐れ縁たちだった。




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