※返却:ゴミ箱(シュレッダー)からお手紙が届きました
公爵家の朝は、銀食器が触れ合う優雅な音で始まるはずだった。しかし、執事がおずおずと差し出した一通の手紙が、その静寂を「不快な異物」として切り裂いた。
「……リリアーヌ様。王宮の『端』に幽閉されている、アルフレッド元殿下より、親展にて届いております」
封筒の裏に刻まれたのは、剥奪されたはずの紋章を無理やり手書きで模したような、惨めな跡。その瞬間、父上と兄様の動きが完全に止まった。
「……あの男か。王位継承権も、私の娘を呼ぶ権利も失ったというのに、まだ生きていたのか(殺意)」
「リリアーヌ。触らなくていい。そのまま私が分子レベルで消滅させてやる」
お父様がフォークを飴細工のように曲げ、兄様が無表情に剣の柄に手をかける。注釈はもはや、家族の殺意で画面が真っ赤に染まるほどだ。
【※警告:家族の血圧が限界値を突破しました。現在、王宮の地下牢への『物理的な赤入れ(殴り込み)』が検討されています】
私はため息をつき、そっと手紙を受け取った。
「よろしいではありませんか。廃棄したはずの案件が、どのような『不備』を抱えて戻ってきたのか、確認するのも校閲者の仕事ですわ」
封を切り、中身を取り出す。そこには、震えるような筆致で、眩暈がするほど自己中心的なポエムが綴られていた。
『愛愛しきリリアーヌ。君のいない宮廷は、まるでインクの切れたペンのようだ……。あの婚約破棄は、実は君を王宮の不穏な動きから守るための芝居だったんだ。さあ、今すぐ私をここから連れ出してくれ。そしてカイルから私を救うんだ。君を救えるのは、真のヒーローである私だけなんだから』
読み進めるほどに、私の指先が「校閲者の怒り」で震えた。……もちろん、未練など一ミリもない。ただ、文章があまりに「汚い」のだ。
(……主語の欠如、過剰な酔いしれ表現、何より『実は芝居だった(だから助けろ)』という、設定の後付けにすらなっていない論理破綻。これは……不備の極みですわね)
「ほう、随分と面白い『創作物』が届いたようだね」
いつの間にか、窓際の特等席にカイル様が座っていた。彼の頭上には【※独白:廃嫡された自覚がないようだね。さて、どの指から『校閲』してあげようか】という、爽やかな笑顔に似合わない物騒な文字が躍っている。
「カイル様、ちょうどいいところに。この手紙、どう思われます?」
「そうだね。返信は不要だ。……灰にするのが一番の供養だろう?」
「いいえ。そんな勿体ないことはいたしません」
私は朝食もそこそこに、カイル様から贈られたばかりの最新モデルの万年筆を構えた。吸い付くような重心。完璧なインクの滑り。
私は真っ赤なインクをたっぷりと吸わせ、アルフレッド(元)殿下の手紙に、容赦なく「ペン」を走らせた。
『論理破綻』『設定の矛盾』『不快な自己憐憫』『そもそも貴方はもう主役ではありません』――。
手紙の余白が真っ赤に染まる。最後の一行に、特大の文字でこう書き加えた。
『結論:全項目において不採用。二度と投稿(連絡)してこないでください』
私はそれを封筒に戻すと、立ち控えていた隠密の騎士に手渡した。
「これを王宮へ。あ、ただ彼に渡すだけでは足りませんわ」
「……と、申しますと?」
「これを、王宮の掲示板に貼り出してきてちょうだい。『廃棄(廃嫡)された男の末路』として、広く一般公開にして差し上げるのが、校閲者としての誠意ですもの」
「「…………」」
父、兄、そしてカイル様までが、一瞬だけ絶句した。注釈が楽しげに跳ねる。
【※速報:アルフレッドの社会的地位が『校了(死亡)』しました。リリアーヌ様、ドSの才能が開花しています】
「さて、ゴミの処理は終わりましたわ。お父様、朝食の続きをいただきましょう?」
私は最高級の万年筆を愛おしそうに磨きながら、にっこりと微笑んだ。王宮で自分のポエムが真っ赤に添削され、皆に笑いものにされるアルフレッドの顔を想像しながら――。
最後までお読みいただきありがとうございます!
元婚約者からの、あまりにも「推敲不足」なラブレター(?)への校閲、いかがでしたでしょうか。「実は君を守るための芝居だったんだ」という、後出しジャンケンにも程がある設定変更……。プロの校閲ガールであるリリアーヌにとっては、未練以前に「文章としての不備」が許せなかったようです。
王宮の掲示板に自分の真っ赤な添削済みポエムを貼り出される……。アルフレッドにとって、これ以上の公開処刑はありませんね。
さて、ゴミの処理(ボツ出し)が終わったところで、物語はいよいよ新章へ。次回の第009話からは、ついに【第三章:王宮編】が開幕します!
アルフレッドを甘やかしてきた元凶(?)であり、王宮の絶対的な権威である「王妃様」が登場。伝統とマナーという名の「古臭いルール」でリリアーヌを縛ろうとする強敵に、彼女はどう赤ペンを入れていくのか。
「リリアーヌの容赦なさが最高!」「カイル王子の独占欲がどんどん物騒になってるw」など、 感想や【ブックマーク】、評価(★★★★★)をいただけますと、リリアーヌの赤ペンのインクがより鮮やかになります!
次回、王宮からの招待状。そこには、校閲眼ですら目を細めるほどの「悪意のフォント」が並んでいて――。 お楽しみに!




