※再校:『鉄血公爵』の看板に、偽りあり(ただし家族に限る)
爆走する馬車の中、私は向かい合って座る二人の男――般若顔の父と、余裕の微笑みを浮かべるカイル様を見比べ、静かに溜息をついた。
「リリアーヌ! なぜそんなに落ち着いているんだ! あと三十秒遅ければ、カイル王子は君の唇を……ッ!」
「お父様、仮定の話で構成を組むのはおやめになって。事実として、私の唇は今もここにございますわ」
私が指先で自分の唇をなぞると、父の頭上に【※本音:その仕草すら可愛い! だが王子に見せるな! ああああ心臓が痛い!】という悲鳴のような注釈が躍った。
「……ふ。アストレイド公爵、そう焦らないでほしい。私はただ、彼女に相応しい『贈り物』を届けただけだよ」
カイル様が私の手にある万年筆を見つめ、優雅に足を組み替える。その頭上には【※独白:邪魔が入ったのは計算外だが、リリアーヌの困り顔も格別だ。今夜は彼女の指の感触を思い出しながら、婚姻届の修正案を練るとしよう】という、相変わらず逃げ場のない文字が光っていた。
やがて馬車が屋敷に到着し、扉が開く。そこには、冷徹な美貌を誇る我が兄、ヴィンセントが立っていた。若くして近衛騎士団の副団長を務める、公爵家の次期当主だ。
「……お帰り、リリアーヌ。無事でよかった」
兄様は無表情に、私の頭をそっと撫でた。一見すると氷のような騎士。けれど私の『校閲眼』は、彼の背後に巨大な金色の壁――もとい、注釈を見逃さない。
【※本音:リリアーヌ! リリアーヌリリアーヌリリアーヌ! 会いたかった! 王子と二人きりで街を歩くなど、兄様は許さないぞ! 今すぐ消毒してやりたいが、嫌われたくないので我慢する。今日も世界一可愛い!】
(……兄様。思考のループが激しすぎて、注釈がバグを起こしそうですわよ)
「ヴィンセント! お前も言ってやれ! この不届きな王子がリリアーヌを……」
「公爵、言いすぎですわ」
父の言葉を遮ったのは、屋敷の奥から現れた母、エレオノーラだった。鉄の規律を誇るアストレイド家において、唯一父が頭の上がらない「真の支配者」である。
「あら、カイル様。リリアーヌを送り届けてくださってありがとう。よろしければ夕食をご一緒していらして?」
【※本音:まあ! 王子とリリアーヌ、並ぶと最高に絵になるわ! さっそく二人のウェディングドレスの構成案をデザイナーに発注しなきゃ。あの人(夫)は適当に庭にでも放り出しておきましょう】
「母様。ドレスの話は……いえ、なんでもありませんわ」
夕食の席は、もはや「地獄の校正会議」のようだった。右では父が「王子の欠点」を羅列し、左では兄が「無言の圧力」を王子にかけ、目の前では母が「将来の孫」のプロットを熱心に練っている。
「……皆様、少々よろしいかしら」
私は、もらったばかりの万年筆をナプキンの上に置いた。カイル様が「おや、校閲の時間かな?」と楽しげに目を細める。
「この家の『愛情表現』、すべてにおいて設定が盛りすぎですわ。過剰な形容詞、事実無根の妄想、そして公爵としての品位を欠いた語彙の数々……。すべて『赤入れ(リライト)』の対象です」
私はスッと、父と兄がそれぞれ差し出していた「おかわり」の皿を押し戻した。
「特に、食べ過ぎで血圧を上げているお父様と兄様。今夜のデザートは『廃棄(没)』とさせていただきますわ」
「「えっ……」」
鉄血公爵と天才騎士が、同時に絶望の表情を浮かべる。私は、隣でクスクスと笑う王子の頭上の注釈を見やった。
【※追記:家族を躾る姿すら美しい。……だがリリアーヌ、私の愛だけは、どんなに赤を入れられても決して折れないと知ってほしい】
(……この王子様も、なかなかの『難読案件』ですわね)
私はため息をつきながらも、賑やか(すぎる)夕食の続きを楽しむことにした。どうやら、私の新しい人生の原稿は、一筋縄ではいかない「超大作」になりそうだった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついに揃ったアストレイド公爵家の人々。クールな仮面の裏側で、妹への愛がバグレベルでループしている兄様と、すでに孫の代までプロットを完成させているお母様……。 この「設定盛りすぎ」な家族の中で、リリアーヌの冷静さが一番の武器かもしれません。
ちなみに、お母様に「庭に放り出しておきましょう」と言われたお父様ですが、その後のデザート抜き(没)判定で、さらにHPが削られたようです。
「兄様のギャップがたまらないw」「お母様、味方になると心強い!」など、 感想や【ブックマーク】、評価(★★★★★)をいただけますと、家族の愛(と注釈の文字数)がさらに重くなります!
次回、公閲ガールの元に、廃棄したはずの「あの男」から一通の不穏な手紙が届き――? リリアーヌの赤ペンが、再び火を吹きます!




