※再録:最新の万年筆(ぶき)は、愛を綴るためのものです
王都デートの締めくくりに、私たちは夕暮れの公園で馬車を待っていた。私は、朝にカイル様から贈られたばかりの『最新モデルの校閲用万年筆』を、そっと箱から取り出した。
夕陽を反射して鈍く光る黒銀のボディ。手にした瞬間に吸い付くような重心の安定感。
(……素晴らしいわ。これなら一晩に百件の誤植を正しても、指一本疲れそうにありませんわ)
「リリアーヌ。使い心地はどうかな?」
横から覗き込むカイル様の顔が近い。彼の頭上には、本日何度目か分からない【※本音:万年筆を見つめる君の瞳が熱すぎて、嫉妬しそうだ。いっそ私がその万年筆になりたい】という、狂おしいまでの重い文字が浮かんでいる。
(……おねだりしておいてなんですけれど、道具に嫉妬するのはいかがなものかしら)
「ええ、最高の書き味ですわ。カイル様、試し書きに何か記しておきたいことはありますか?」
私の問いに、カイル様はふっと口角を上げ、私の手の上から重なるように万年筆を握った。
「では、こう書いておいてくれないか? ――『この契約に、修正の余地なし』と」
耳元で囁かれる低音の吐息。重なる手の熱。注釈はもはや警告音を鳴らすかのように激しく点滅していた。
【※警告:王子の独占欲が限界値に達しました。現在、理性の堤防が99%決壊しています。……というか、今のセリフ、彼の中では『求婚』のプロットのつもりです】
(……この方の『初稿』は、いつも熱量が過剰ですわね)
私は冷静を装い、彼が握るペン先でナプキンの端にこう書き記した。
『要検討。構成が情熱に寄りすぎているため、事実確認が必要です』
「……はは、君らしいな。だが、その『事実』はこれから一生をかけて証明していくつもりだよ」
カイル様が私の顎をそっと持ち上げ、その美しい顔がゆっくりと近づいてくる。夕陽に照らされた彼の瞳は、獲物を逃さない獣のように鋭く、そして甘い。
いよいよ、注釈が【※回避不能:接触まで残り3センチ】と表示した、その時だった。
「――そこまでだ、カイル王子ぃぃぃ!!」
爆音とともに、公爵家の紋章が入った馬車が、ドリフトせんばかりの勢いで目の前に急停車した。扉が撥ね飛ばされ、中から飛び出してきたのは――般若の面、もとい鬼の形相を浮かべた我が父、アストレイド公爵である。
「カイル王子! 我が家の宝、リリアーヌになんという破廉恥な真似を! 門限まであと三十秒あるが、父の勘が『今すぐ連れ戻せ』と警報を鳴らしていたのだ!」
【※本音:あぶなーーい! あと少しで私の天使の唇が奪われるところだった! 王子、貴様ァ! 今すぐその不埒な手を離せ! 末代まで呪ってやるぅぅ!!】
父の背後では、公爵家の精鋭騎士たちが「……また始まった」と言わんばかりの死んだ魚のような目で整列している。
「……お父様。顔と声が、公爵としての品位を著しく損ねておりますわよ」
私は、手にしたばかりの最新モデルの万年筆をキリッと構え、宙に浮く父の本音へ向けて、シュッと一本の「赤ペン」を入れる仕草をした。
(……とりあえず、この騒がしい一家の『平穏』という名の原稿も、大幅なリライトが必要なようですわね)
王子の執着と、父の親バカ。二つの巨大な「重すぎる愛」に挟まれながら、私の校閲ガールとしての本能が、静かに燃え上がるのを感じていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
カイル王子の「堤防」が完全に決壊する3センチ手前で、まさかのアストレイド公爵家特製馬車による物理的な遮断……。 お父様の「勘」、娘のことに関しては国家騎士団も驚きの精度を誇っているようです。
せっかくの最新モデルの万年筆、初仕事が「お父様の暴走への赤入れ」になってしまったリリアーヌ。 彼女の平穏な日々は、校了(完了)への道のりが遠そうです……。
「王子、もっと頑張れ!」「お父様の般若顔、もっと見たいw」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると、執筆の励みになります!




