※反射:虚像の恋仲と、黒インクの再校閲
港町を後にし、王宮へと続く一本道を往く。だが、その歩みは突如として現れた「光」に遮られた。
「……あら。随分と、趣味の悪い装飾ですわね」
目の前に立ち塞がったのは、ドロスト王国が誇る『禁忌魔術師団』。彼らが展開したのは、物理的な壁ではない。空高くそびえ立つ、世界を分断するほどの【広域鏡面魔術・真実の写し鏡】だった。
巨大な銀盤には、王宮のバルコニーでくつろぐ二人の姿がリアルタイムで映し出されていた。
「あ……」
私の喉が、小さな悲鳴を上げた。鏡の中、溢れる陽光に包まれたバルコニーで、カイル様がまどろんでいた。その頭を優しく膝に乗せているのは、見知らぬ女――聖女マリエラ。
マリエラは鏡越しに私を認めると、勝利を確信したような、慈悲深い笑みを浮かべた。
『あら。物語の汚れをチマチマと探す、卑しい「赤入れ(添削者)」さん? 貴女がカイル様のために空けておいた「余白」……私が全て、愛の言葉で埋め尽くしてしまいましたわ』
鏡の中で、カイル様がゆっくりと目を覚ます。期待と、そして恐怖で私の心臓が爆ぜそうになる。けれど、目覚めた彼がその瞳に映したのは、私の姿ではなかった。
『マリエラ……。ああ、済まない。また「悪夢」を見ていたようだ』
カイル様が、マリエラの指先に愛おしそうに口づける。その仕草は、かつて私だけに向けられていたはずの、熱を帯びた執着そのもの。
『マリエラ、あんな「書き損じ」を見なくていい。俺の瞳には、君だけが映っていればいいんだ』
鏡の向こうから放たれた、氷よりも冷たい拒絶。カイル様にとって、私はもう愛する校閲者ではなく、排除すべき「物語のシミ」に成り下がっていた。
「カイル、様……? 嘘、ですわ……」
指先から力が抜け、愛用の万年筆が地面に転がり落ちる。黄金のインクが漏れ出し、私の心と同じように、ドロドロとした黒い淀みへと変わっていく。
【※緊急警告:対象との絆リンクが切断されました。現在、リリアーヌ様の「ヒロイン属性」に深刻な不備が発生中。……貴女のページは、これ以上存在しません】
膝が折れ、視界が涙で歪む。そんな私の肩を、小さな、けれど温かい手が抱きしめた。
『主よ……! 顔を上げてください! 貴女が筆を折ってしまえば、本当にこの物語はバッドエンドで完結してしまいます!』
現れたのは、原稿の精霊様。彼女の瞳からも、インクのような青い涙がこぼれ、私の手を強く握りしめた。
『あんなものは、ただの「書き換えられた虚像」です! 彼の魂が汚されているなら、貴女がその手で「再校閲」すればいい! 世界でただ一人、彼を正しく書き直せるのは、貴女だけですわ!!』
精霊様の叫びが、私の冷え切った胸の奥に、黒く燃える火を灯した。
……そうですわね。私としたことが、随分と感傷な誤字を犯してしまいましたわ。
私は、地面に汚れた黒インクを、己の意志で万年筆へと吸い戻した。それは黄金の輝きではなく、すべてを塗り潰すような、深淵の黒。
「精霊様。力を貸してくださる? あのような『嘘のヒロイン設定』……」
眼前に立ちはだかる厚い鏡の壁――その向こうで笑う聖女を見据え、万年筆を真っ直ぐに突き立てた。
「――設定資料集ごと、物理的にシュレッダーにかけて差し上げますわ」
【※仕様変更:校閲者・リリアーヌと原稿の精霊による『共著モード』に移行。これより、物語の編集権限を強制奪還します】
私たちの放つ巨大な「赤ペン」が、怒りとともに眼前の鏡面を真っ向から貫いた。
第24話、ご覧いただきありがとうございます。
カイル様からの残酷な拒絶。そして、聖女マリエラの衝撃的な登場……。無敵だったリリアーヌ様が初めて膝をつく展開に、執筆しながら私の心もボロボロになりましたが、ここからが本当の「反撃」の始まりです。
精霊様との絆、そして「黄金」から「黒」へと変じた執念のインク。果たしてリリアーヌ様は、他人の手に渡ったカイル様という「主役設定」をどう奪還していくのか。
「リリアーヌ様、負けないで!」と思ってくださった方は、ぜひ【ブックマーク】や【評価(★★★★★)】で応援いただけると嬉しいです!
次回も、どうぞお楽しみに!




