※外部観測:娘の歩んだ後には、ペン先一つで書き換えられた「背景」が広がるのみ
リリアーヌが黄金のゲートに消えた、その直後。物理的な距離を無視したかのような速度で届く戦況報告に、公爵領の監視塔は騒然としていた。
「報告します! ドロスト国境に……信じがたい『注釈』が出現しました!」
アストレイド公爵が駆けつけ、水晶球を覗き込む。そこに映っていたのは、空を覆い尽くすほど巨大な、リリアーヌの筆跡による「※」の記号だった。
【※範囲指定:軍勢のレイヤーを『背景』に移動。干渉権限を消失】
「……何だと? 『背景』だと……?」
公爵の目の前で、水晶球の中の光景が変質していく。地響きを立てて突撃していたドロストの千騎士団が、次の瞬間、まるで古い壁画のように輪郭を失い、透けていったのだ。
「ドロスト騎士団、生存は確認できますが……物理的な接触が一切不可能です! 彼らの剣は地面を叩かず、彼らの足音は風に消えました! まるで、最初からそこに描かれていただけの『風景』に成り果てました!」
アストレイド公爵は、水晶球に映るその光景に息を呑んだ。娘が行ったのは、魔法による殲滅ではない。この世界の構成から、彼らを「不要な記述」として除外したのだ。
「……あの子は、戦うことすら拒絶したのか」
その頃、ドロスト王宮の玉座の間。ボリス王子の目の前には、リリアーヌが書き込んだであろう「不吉な進行状況」が、空中に固定されたまま浮かんでいた。
【※現在:ドロスト王宮という名の『ゴミ捨て場』へ向かい移動中。そろそろ添削の準備はよろしくて?】
「なんだ……この文字は! 誰だ、俺の目の前に勝手に書き込んでいるのは!! 消せ! 今すぐこの目障りな注釈を消せ!!」
その怒号に反応するように、空中の文字がひとりでに書き換わった。
【※注釈:ボリス王子の発言は、物語の品位を著しく下げるため、『鳴き声』として自動変換します】
「……ぎゃ、ぎゃう!? (な、なんだこの声は!?)」
混乱し、自らの喉をかきむしるボリス。しかし、リリアーヌの「注釈」は止まらない。彼の足元から、王宮の床がインクをこぼしたように真っ黒な「塗りつぶし(検閲)」に染まっていく。
同じ頃。リリアーヌは、遮るもののない広大な草原を、ゆっくりと歩んでいた。王宮まではまだかなりの距離がある。だが、彼女がペン先を前方へ向け、空中に一線引くたびに、遥か彼方に見える王宮の威容が、まるで蜃気楼のように揺らぎ、その質感を失っていく。
「さて。……カイル様。わたくしが辿り着く頃には、そのお城も随分と『風通し』が良くなっているはずですよ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ボリス王子、ついに人語を奪われてしまいました……。リリアーヌ様に「物語の品位を下げる」と判定されたら最後、王子だろうがなんだろうが『鳴き声』扱いです。
一方で、草原を歩むリリアーヌ様は至ってマイペース。まだ王宮には着いていないのに、ペン先一つで遠くの城を「風通し良く(物理)」していくその姿は、まさに歩く天災……いえ、歩く最終校閲。
仕事熱心なリリアーヌ様にとっては、世界そのものが原稿用紙に見えているのかもしれませんね。
さて、カイル様が待つ(?)王宮は、彼女が辿り着くまでに原型を留めているのでしょうか? 次回の更新も、どうぞお楽しみに!




