※仕様変更:校閲ガールは、ここから『執筆者』へ昇格いたします
「ヴィンセント、直ちに騎士団を招集しろ! 隣国ドロストへ鉄槌を下す!」
「承知いたしました。あのような三流王子にカイル様を……!」
お父様の怒号を受け、お兄様が駆けだそうとしたその時。屋敷の外から、地鳴りのような怒号と、不吉な鐘の音が響き渡った。
「――なんだ、この騒ぎは!」
窓の外を見下ろしたお父様が、絶句する。公爵邸の門前を埋め尽くしていたのは、武装した民衆の群れだった。
「父上、これでは軍を動かせません! 民衆が掲げているのは、我が国の教会の『不正支出』を告発する書状です!」
「なんだと……!? あれは数年前に極秘裏に処理(校了)したはずの案件だぞ!」
窓の外を見下ろせば、民衆が掲げるビラには、重々しい事実の羅列が浮かび上がっていた。
【※事実確認:告発状の内容】
一部の腐敗した聖職者による、孤児院予算の横領。および、それを黙認していた王宮評議会の記録。これらは【事実】ですが、隣国の工作員により「現国王が主導した」という誤ったルビ(注釈)が振られています。
(……あら。ただの捏造なら簡単でしたのに。わざわざ『真実』を混ぜて、最も火力の出るタイミングで投稿するなんて。ドロスト国にも、少しは筋のいい編集者がいるようですわね)
お父様たちが言葉を失っているのは、その告発が「嘘ではない」からだ。けれど、その真実を盾にカイル様を奪い、国を滅ぼそうとするプロットは、到底「善」とは呼べない。
「お父様、お兄様。その『過去の誤字(不祥事)』の清算は、後ほどたっぷりとお手伝いしますわ。……今は、カイル様を連れ去った『ドロストの蛇』を叩き潰すのが先決です」
「リリアーヌ? お前、どこへ行くつもりだ!」
「決まっておりますわ。……一人で隣国まで走るのは、さすがにドレスの裾が傷みますけれど」
移動手段の欠如というプロット上の不備をどう修正すべきか考えていた、その時だった。私が手に持った黄金の万年筆が、見たこともない神々しい輝きを放ち、脳内にメッセージが響き渡った。
【※異常検知:世界の整合性を守る『原稿の精霊』が、現執筆者の怒りに呼応してアクセス権を要求しています。……承認しますか?】
(……あら。私をただの校閲者ではなく、この世界の『執筆者』として扱うつもりかしら?)
「承認ですわ。この際、使える設定は何でも使わせていただきます」
直後、溢れ出した光の中から、インクの滴る羽ペンを抱えた精霊様が姿を現した。彼女は私の前で優雅に膝を突く。
『――主よ。この歪んだ物語を、貴女の望む結末へ書き換えますか?』
「結末の前に、まずはこの『うるさいノイズ』を黙らせたいですわね。このビラに振られた、悪質なルビをすべて消去してくださる?」
精霊様が羽ペンを一振りすると、王都に舞っていた数万枚のビラから、捏造された注釈の上に、真っ赤な『二重線(訂正)』が引かれた。真実だけが残った紙の束を手に、民衆が毒気を抜かれたように立ち尽くす。
「……さて。お父様、ここは任せましたわよ」
私は、戸惑う家族を振り返ることもなく、精霊様が作り出した黄金の光の道へと足を踏み入れた。
「待っていなさい、ボリス王子。……カイル様を汚い指で『引用』した罰、その身に刻んで差し上げますわ」
最後までお読みいただきありがとうございます!
ドロスト国の卑劣な「真実の切り取り」によって足止めを食らった公爵家。しかし、リリアーヌ様の「万年筆」に、精霊様の力が最強の「インク」として充填されました。
次回、第20話。「※用途変更:その『不可侵の聖域』、今日からただの公道ですわ」
どうぞ、お楽しみに!




