※拝啓:その『友好親書』、裏写りした殺意が隠せていませんわ
ティーサロンでの「盛りメイク校閲」を終えた帰り道。
「リリアーヌ、君の髪が少し乱れて……。ああ、一刻も早く私が直接、指先で整え(加筆し)たい……」
「カイル様。その『続きはベッドで』と言わんばかりの乱文、私の目が届かないところで供養してくださる?」
ようやく穏やかな午後を過ごせるかと思った矢先。公爵家の玄関ホールに足を踏み入れた瞬間に、私の鼻を突いたのは安らぎとは程遠い『悪文の腐敗臭』だった。
奥から般若のような形相のお父様と、腰の剣に手をかけたお兄様が現れた。そしてその中央、我が物顔でソファにふんぞり返る、金糸の刺繍ばかりが目立つ派手な男。
隣国の第一王子、ボリス・フォン・ガバル。彼の頭上には、赤ペンを入れるまでもない下劣な文字が躍っていた。
【※本音:この隙に王子を手中に収め、賢者リリアーヌを我が国で飼い殺してやる。予言通りに物語が進めば、俺がこの世界の『主役』だ】
(……まあ。予言を自分に都合のいい『設定資料』だと思い込んでいる、典型的な脳内お花畑(プロット不備)ですわね)
「ようやく戻ったか。待ちかねたぞ」
ボリスは傲慢に笑い、一通の書状――『親書』を広げた。
「両国の恒久的な平和のため、カイル王子を『国賓』として我が国へ招待したい。……拒否は許されん。これは『予言』にも記された正しい歴史の流れなのだからな」
「国賓だと? 実質的な人質ではないか!」
お父様の怒号を鼻で笑い、ボリスは親書を突き出してきた。私はカイル様を庇って一歩前へ出ると、その親書を汚物でもつまむような手つきで受け取った。
「……リリアーヌ?」
カイル様の心配そうな声を背に、私は優雅に微笑んだ。
「ボリス様。これほどまでに『推敲不足』な原稿を、よくも堂々と持ち込めましたわね」
「何だと……?」
「『平和』『友好』……。美しい言葉を並べていますが、インクの裏側に【※卑劣な拉致計画】という殺意が滲みすぎて、字が歪んでいますわ。読み手の気持ちを全く考えていない、最悪の駄文です」
私は懐から、愛用の万年筆を抜いた。
「――【※一括置換:虚飾を剥ぎ、本音を】」
万年筆を一振りした瞬間、親書の黄金の文字がドロドロと溶け出し、見るも無惨な『真実の文字』へと再構築される。
「いいか! 我が国は……『私は、王子の顔が見たいだけのストーカーで、本当は彼を拉致して監禁したい、頭の中が誤植だらけの無能王子です』……えっ、あ、あれ!? 私は、何を……!?」
「まあ。ご自身の口で、素直に『修正案』を朗読されるなんて。殊勝な心がけですこと」
ボリスは顔を真っ赤にし、泡を吹いて叫んだ。
「き、貴様ぁぁ! 予言は、予言は絶対なのだ! 行けッ、禁忌魔導具(強制イベント起動)!」
ボリスが懐から取り出した黒い石が、禍々しい光を放った。それは世界の理を無理やり捻じ曲げ、物語を「強制進行」させる禁断の力。
光の渦が、抵抗するカイル様を飲み込んでいく。
「ははは! さらばだ賢者リリアーヌ! 王子は我らガバル国が『校了』してやる!」
勝ち誇った笑みを浮かべ、ボリス自身もカイル様を追うように光の渦へと飛び込んだ。
「リリアーヌ! 待っていてくれ、私は必ず……君の元へ戻ってみせる……!」
光が弾け、次の瞬間には、ホールからカイル様とボリスの姿が完全に消失していた。
静まり返る玄関ホール。お父様とお兄様が、呆然と虚空を見つめている。
【※状況確認:イベント発生】
強制スクリプトにより、主要キャラクター(カイル)が隣国へ強制移動されました。
(……人の家で、勝手に『章』を跨がないでくださる?)
私は慌てなかった。消えゆくカイル様の服の裾に、黄金のインクで一筆書き込んでおいたからだ。
【※追跡用ブックマーク:最短ルートで救出予定(加筆はほどほどに)】
私は、手に残ったカイル様の温もりの余韻を振り払うように、冷ややかに万年筆を回した。
「……私の大切なファンを、勝手に『削除』しようだなんて。隣国という名の三流原稿、跡形もなくシュレッダーにかけて差し上げますわ」
お父様、お兄様、お支度を。これより、隣国の歴史そのものを「全面改訂」しに参りますわよ。
第18話、ご覧いただきありがとうございます! カイル様との甘い余韻に浸る間もなく、三流プロットを引っ提げた隣国のボリス王子が乱入してまいりました。
まさかの「強制移動(拉致)」という、校閲者泣かせの力技……。ですが、リリアーヌ様が一番大切にしている「ファン(読者)」を、勝手に連れ出した罪は重いですわよ、ボリス様?
次回、第19話。「※仕様変更:校閲ガールは、ここから『執筆者』へ昇格いたします 」




