※補足:盛りメイクを「校閲(物理)」したら、令嬢の顔がドロドロに溶けました
詐欺師を「全自動で」衛兵所に送り届けた後。カイル様が予約してくれたというティーサロンへ向かった。
「リリアーヌ、これを見てくれ。今日の午後の行程をまとめた『校正刷り』だ」
そう言ってカイル様が差し出してきたのは、公文書並みの羊皮紙に綴られた冊子。……いいえ、もはや「しおり」というレベルを超えた分厚い資料だった。
(……嫌な予感がいたしますわね)
私がその表紙をめくった瞬間、視界が黄金の文字で埋め尽くされた。
【※注釈:デート行程表(カイル自筆)】
分単位の移動スケジュールに加え、リリアーヌが風に吹かれた際の髪のなびき、および摂取する糖分の理論値を算出済み。
【※校閲結果:過剰演出】
14時15分の項目に『リリアーヌの瞬きが1回増えるごとに、私の愛の言葉を100文字追加する』という、物理的な時間軸を無視した設定があります。
「……カイル様。この、2ページ目にある『リリアーヌの呼吸数予測グラフ』は何かしら?」
「ああ。君がリラックスしているか、あるいは私の愛に動悸を覚えているかを把握するための、極めて真面目な推測(下書き)だ」
彼は大真面目な顔で、独占欲の滲む瞳を私に向けている。……どうやらこの方は、私の生命活動そのものを「読了」したいらしい。
「カイル様、これはデートプランではなく『監視記録』の書き損じですわ。……すべて、赤ペン(ボツ)にさせていただきます」
私が万年筆を一振りすると、黄金の資料に鮮やかな赤い斜線が引かれた。
「なっ、完璧な布陣だと思ったのだが……!」
「デートに布陣は必要ありません。……もっと、校閲しようのない『白紙の余白』を楽しみましょう?」
私が微笑むと、カイル様は一瞬だけ虚を突かれたような顔をし、すぐに耳まで真っ赤にして顔を覆った。
【※本音:……『白紙の余白』。つまり、二人きりで何が起きてもいいということか? リリアーヌ、君は自覚があるのか? そんな誘い文句を綴れば、私の理性が『完結』してしまうということに……!】
(……してませんわよ。極論にリライトしないでくださいませ)
ようやく辿り着いたティーサロン。しかし、そこには招かれざる「ノイズ」が待ち構えていた。
「あら、カイル様! こんなところで、その……『元・婚約破棄された方』とご一緒なんて」
扇子を広げて現れたのは、派手なドレスに身を包んだ伯爵令嬢だった。カイル様の「婚約者候補」を自称し、何度も公爵家に突撃(凸)してくる困った方だ。
彼女は私のドレスを値踏みすると、勝利を確信したように笑った。
「カイル様に相応しいのは、教養と美貌を兼ね備えた私ですわ。リリアーヌ様、王太子殿下に捨てられた古新聞は、大人しく古紙回収にお出になっては?」
……古紙回収。校閲者に対して、なかなかに面白い煽りですわね。ですが、彼女の「教養と美貌」という設定に隠された膨大な誤字が見えていました。
【※事実確認:伯爵令嬢のスペック】
教養:昨日の試験でカンニング。
美貌:最新の『形状記憶魔法』による盛りメイク。水に濡れると本来の顔(設定)に戻ります。
【※本音:カイルの資産で借金を返したい(切実)】
「あら、素敵なメイクですわね。……ただ、少し『塗り』が厚すぎて、真実が透けて見えておりますわよ?」
「なっ、なんですって……!?」
私は優雅に万年筆を回し、彼女の足元に置かれた花瓶の水を軽く指さした。
「――【※一括置換:虚飾を剥ぎ、事実に】」
パチン、と指を鳴らした瞬間。魔法の効果か、あるいは運命の校閲か。窓から吹き込んだ風が花瓶の水を彼女の顔に叩きつけ――次の瞬間、彼女の「盛りメイク」は、まるでインクが滲むように流れ落ちた。
「ぎゃああああ!? 私の顔、私の顔がドロドロに溶けてるわぁぁ!?」
「まあ。……事実とは、時に残酷なものですわね」
素顔(という名の落書き)を晒した彼女が逃げ出すのを見送り、私は平然とハーブティーを口にした。
「リリアーヌ。……君の筆捌きは、今日も一段と容赦がないな」
カイル様が、呆れと愛おしさが混ざったような溜息をつく。
【※本音:他人の『設定』を剥ぎ取った後の、君のその冷ややかな瞳。……ああ、たまらない。いっそ私のことも、隅々まで脱がすように校閲してくれないだろうか】
「……カイル様。お茶が美味しくなくなりますので、そのエロすぎる本音、今すぐシュレッダーに放り込んでくださる?」
私の休日。カイル様の情熱を修正するだけでも、なかなかに骨が折れそうです。
第17話、ご覧いただきありがとうございます! 宣言通り、カイル様渾身(空回り気味)のデート回をお届けいたしました。
校閲者相手に「古紙回収」なんて言葉を使う不届きなノイズ(令嬢)も現れましたが、リリアーヌ様の赤ペン……もとい、愛用の万年筆の前では、厚化粧(嘘の設定)もひとたまりもありませんでしたね。
次回、第18話。休む間もなく、今度は公爵家に「不穏な悪文」を抱えた来客が……?




