※校正:殺意(どく)の配合ミス、見過ごすわけには参りません
目の前に置かれた、深紅の紅茶。一見すれば高貴な色合いだが、立ち上る湯気は、まるで喉元を締め上げる鎖のような冷たさを孕んでいる。
私の視界には、カップの真上に巨大な【※警告】が真っ赤に点滅していた。
【※警告:成分に『ディギタリス草(猛毒)』および『魔力麻痺毒』の過剰な混入を確認。これ一液で、象三頭が即座に「校了」する致死量です。……リリアーヌ様、今すぐひっくり返しましょう!】
(……いいえ、まだよ。精霊様。こんなに『誤字』だらけの紅茶、そのままにしておくなんて、プロの仕事とは言えませんわ)
私は、震える手を隠すように立ち上がろうとしたカイル様の指先に、そっと自分の手を重ねた。彼は今にも、この薔薇の離宮を文字通り「削除」しかねない殺気を放っている。
「……待って。カイル様、これは私の『仕事』ですわ」
私は、王妃イザベラの冷酷な視線を真っ向から受け止め、優雅に微笑んだ。
「王妃陛下。この紅茶……淹れ方が少々、稚拙すぎはしませんこと?」
「あら? 王宮最高級の茶葉を、私の専属が淹れたものですのよ。貴女のような公爵令嬢には、口に合いませんでしたかしら?」
王妃が扇の影で口角を吊り上げる。その頭上には、勝ち誇ったような【※本音:さあ、お飲みなさい。喉が焼け、声が出なくなり、無様にのたうち回るがいいわ。王宮に赤を入れた罰、その身で受け入れなさい】という真っ黒な文字。
私は、カップを手に取ると、鼻先でその香りを深く吸い込んだ。
「……香りの構成が、あまりにも乱暴です。ディギタリス草の『苦味』を隠そうとして、ベルガモットを三倍量投入していますわね。おまけに……」
私はスッと、もらったばかりの最新モデルの万年筆を取り出した。王宮の茶会で万年筆を抜くという狂気に、周囲の貴婦人たちが悲鳴に近い息を呑む。
「不純物の混入による『濁り』。これは、成分同士の反応を無視した強引なリライトの結果です。……王妃陛下。貴女の専属は、化学反応の裏取りすらできていないようですわね」
私は万年筆の先で、紅茶の表面を軽く弾いた。その瞬間、万年筆の先から黄金のインクが一滴、紅茶の中に落ちる。
「なっ、何をしているの!?」
「校正ですわ。……猛毒という名の『過剰な形容詞』を削り、薬効成分という名の『正しい語彙』に置き換えさせていただきます」
万年筆から放たれた精霊の力が、紅茶の中の毒素を瞬時に分解し、成分表を書き換えていく。真っ赤だった紅茶の色が、透き通るような美しい琥珀色へと変化した。
「……ふう。ようやく読める(飲める)内容になりましたわ」
私は、静まり返った離宮の中で、その紅茶を一口、喉に流し込んだ。広がるのは、最高級の茶葉本来の甘み。そして、精霊の加護による、身体が芯から浄化されるような爽やかさ。
「……っ!? なぜ、生きて……」
王妃が椅子から立ち上がり、目を見開く。私は空になったカップをテーブルに置き、彼女を真っ直ぐに見据えた。
「王妃陛下。貴女は先ほど、私の『こだわり』がいつまで保てるかとおっしゃいましたわね」
私は一歩、彼女の方へと歩み寄る。背後でカイル様が「やれやれ、私の出番はなさそうだ」と、誇らしげに腕を組むのが分かった。
「……訂正させていただきますわ。これはこだわりなどという生易しいものではなく、校閲者としての『矜持』です」
私の声が、水を打ったような会場に響き渡る。
「たとえ王妃陛下であっても、世界という名の原稿に『毒』を紛れ込ませることは許しません。……その濁ったお茶、今度は陛下が、ご自身で校閲(お飲み)になってはいかがかしら?」
王妃の顔が、恐怖で土気色に変わった。彼女の頭上の【※本音】が、今までにないほど激しく乱れ、崩壊していく。
【※本音:ありえない……。私の毒を、たった一筆で『無害』に書き換えたというの!? この小娘、ただの校閲者じゃない……世界そのものを書き換える『神の赤ペン』だというの!?】
王妃が震える膝を隠そうとした、その時。カイル様が、私の腰を抱き寄せて冷たく告げた。
「母上。リリアーヌの『赤入れ』は、まだ終わっていませんよ。……次は、その捻挫の原因となった『ポエム掲示板』、私がすべて『検閲(削除)』しておきましょうか?」
「ひっ……!」
王妃はついに、力なく椅子に崩れ落ちた。王宮編、第一戦。私は手に馴染んだ万年筆を愛おしく撫でながら、次の「不備」を探して視線を巡らせた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「毒入り紅茶」という絶体絶命のピンチでしたが、リリアーヌにとっては「構成ミス」を見つけるのと変わらない案件でした。猛毒を分解し、最高のハーブティーに変えてしまう彼女の万年筆……もはや武器を超えて聖遺物のような扱いです。
そして今回、リリアーヌが放った一言。
「これは……校閲者としての『矜持』です」
王妃に見せつけた、プロとしての圧倒的な誇り。しびれました(自画自賛)。
王妃様もついに腰を抜かしてしまいましたが、王宮の闇はまだまだ深いようです。カイル王子の「ポエム全削除」という追い打ちも、実の息子とは思えない容赦のなさですね(笑)。
「リリアーヌ様格好良すぎる!」「カイル王子の毒親への冷たさが清々しいw」など、 感想や【ブックマーク】、評価(★★★★★)をいただけますと、リリアーヌの万年筆にさらに強力なインクが補充されます!
次回、王妃の敗北を聞きつけた「さらなる黒幕」が動き出し……? 王宮の膿を、一気に書き換えて差し上げます!




