※添削:その伝統、一画足りないどころか「改ざん」されておりますわ
王宮、白磁の回廊。そこは、一歩歩くごとに「血筋」と「教養」が試される、この国で最も息苦しい原稿の中だ。
「リリアーヌ。顔色が悪いようだが、緊張しているのかな? ……安心するといい。君を傷つける言葉は、一文字たりとも私の前を通り抜けさせない」
隣を歩くカイル様の声は、驚くほど穏やかだ。だが、その頭上の【※本音:もしリリアーヌを侮辱する者がいれば、この宮殿ごと『削除』してしまおうか。まずは、先ほど彼女を冷たく見たあの侍女からだな】という物騒すぎる追記を読み、私はそっと彼の袖を引いた。
「カイル様、過剰なセキュリティチェックは不要ですわ。校閲者が現場に入る以上、不備はすべてペン先で仕留めますから」
茶会の会場となる『薔薇の離宮』の重厚な扉が開かれた。そこには、完璧な姿勢で玉座に近い椅子に座る王妃イザベラと、取り巻きの貴婦人たちが、獲物を待つ蜘蛛のような笑みを浮かべて待ち構えていた。
「ようこそ、アストレイド公爵令嬢。……あら、カイルまで。婚約を解消した娘に、随分と熱心ですのね」
王妃が優雅に扇を動かす。その瞬間、彼女の頭上には【※本音:来たわね。まずはこの国の『真のマナー』で絶望させてやるわ。公爵家の野蛮な教育がいかに底辺か、皆の前で証明してあげる】という、太字の悪意が躍った。
「お招きにあずかり光栄ですわ、王妃陛下」
私は完璧なカーテシーを披露する。しかし、王妃の側近であるマナー講師の老婦人が、鋭い声を上げた。
「――お待ちになって、リリアーヌ様! 今のお辞儀、角度が『二十度』足りませんわ。王家に対する敬意という名の『真心』が欠けております!」
周囲から「まあ、やはり公爵令嬢は……」「基本がなっていませんのね」という嘲笑のさざめきが漏れる。王妃は勝ち誇ったように目を細めた。
だが、私の視界には、そのマナー講師が手に持っている「王家礼法読本」の頭上に、真っ赤な【※不備】の文字が点滅していた。
「……失礼。その『読本』、いつ改訂されたものですの?」
「なっ……!? これは三百年続く、正統なる王宮の――」
「いいえ。注釈システムによれば、その読本は十年前、当時の文部官が『王妃陛下のご機嫌取りのために、他者にだけは過剰に深い礼を強要する』よう書き換えさせた、改ざん済みの『私家版』ですわね。本来の正統な礼法では、私の今の角度こそが『完璧』だと記されておりますわ」
会場が一瞬で静まり返った。私はスッと、手元の扇をペンに見立てて空中に「×」を描く。
「三百年続く真の正典において、私の辞儀は完璧な『定型』です。むしろ……王妃陛下。先ほどから私を迎える際のその手の添え方、一画……いえ、一動作足りませんわよ」
「な、何を……っ!」
「左手を添える角度が不自然です。……【※注釈:王妃様は昨夜、アルフレッド殿下のポエム掲示板を見て、怒りのあまり机を叩いて手首を捻挫されています】」
私の指先が、王妃の隠された手首をピシャリと指し示した。
王妃の顔が屈辱で真っ赤に染まり、周囲の貴婦人たちはあまりの無礼さに絶句して凍りつく。
だが、当の王妃イザベラは――。
「……ふ。ふふふ、あはははは!」
扇を叩きつけ、高らかに笑い声を上げた。その瞳には、先ほどまでの「侮り」ではなく、明確な「獲物を見定めた捕食者の冷たさ」が宿っている。
「面白いわ。今の王宮に、私の『不備』を指摘できる命知らずが残っていたなんて。アストレイドの娘、貴女、自分がどれほど無謀な『校正』を試みたか、分かっていて?」
王妃の頭上に浮かぶ【※本音】が、どろりと黒く濁り、激しく更新される。
【※本音:いいわ、認めましょう。口先だけではこの小娘は潰せない。伝統という名の表紙が通用しないなら、次は『逃げ場のない現実』を喉元まで流し込んであげる】
「王妃陛下、光栄ですわ。……ですが、不備を見過ごすのは、校閲者としてのこだわりが許しませんの」
「そう。……では、そのこだわりがいつまで保てるかしらね。お茶を淹れさせましょう。――とっておきの、『真実を暴く茶葉』をね」
王妃がパチンと指を鳴らす。奥から運ばれてきたのは、立ち上る湯気すらもどこか怪しく揺らめく、深紅の紅茶だった。
カイル様が、私の肩を抱く手に力を込める。彼の頭上の【※警告】が、本日最大の輝きを放った。
【※警告:この紅茶は毒物だ。飲むな。死なせたくない。今すぐこの場を壊してでも君を連れ去りたい――】
(……カイル様、そんなに強く抱きしめないで。あなたの『注釈』、心配のあまり真っ赤に点滅して、文字が震えておりますわよ)
私は、運ばれてきたカップをそっと手に取った。鼻をくすぐる香りの奥に、私は明確な「異物」を読み取っていた。
(……さて。この致命的な誤植、どう赤入れして差し上げましょうか)
王妃の冷酷な視線が、私の喉元に突き刺さる。嵐の予感に、私のペン先が――歓喜に震えた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついに始まった王宮茶会。マナー講師による「お辞儀の角度チェック」という、いかにも王宮らしい嫌がらせでしたが、リリアーヌの前では「古い版組み(ルール)」の押し付けに過ぎませんでした。王妃様の捻挫の理由が「息子のポエムへの怒り」というのも、注釈は容赦なく暴いてしまいます(笑)。
しかし、さすがは現体制の最高権威。恥をかかされてもタダでは起きず、即座に「毒入り紅茶」という物理的な攻撃に切り替えてきました。
「不穏すぎる注釈を前にして、リリアーヌは……なぜかワクワクしています。 彼女にとって、猛毒ですら「修正すべき不備」に過ぎないのでしょうか?
カイル王子の理性が「守るため」に決壊するのか、それともリリアーヌの赤ペンが「正すため」に火を噴くのか。
「リリアーヌ様、毒すら校閲対象なの!?w」「カイル王子の『削除』発言が怖すぎる」など、 感想や【ブックマーク】、評価(★★★★★)をいただけますと、リリアーヌの赤ペンのインクがさらに濃くなり、王妃へのカウンターがより鮮やかになります!
次回、第011話。「この紅茶、殺意が強すぎて飲み干せませんわ」
毒入り紅茶への、華麗なる赤入れをお楽しみに!




