表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/19

第5話 お茶と新ダンジョン、却下なのです

 どうして、このようなことになったのでしょう。

 いえ、まぁ、別に良いと言えば良いのですけど。

 奢ってくれるそうですし。

 上機嫌に前を歩くセレーナさんの背を見つめながら、そのようなことを思うのです。

 隣のグラは、一見すると何を考えているのかわからない無表情。

 ですがわたしは、彼が警戒心を抱いていると察しているのです。

 グラのこういう態度は珍しく、それだけセレーナさんが、油断ならない相手ということでしょうか。

 A級冒険者と言っていましたし、強いのは間違いないのです。

 ダンジョンは特例としてS級が出ることはありますが、冒険者は最高がA級なのですし。

 少しばかり不安に思ったわたしは、気付けばグラに寄り添って、幟に触れていたのです。

 これはわたしたちの旗印で、絆そのもの。

 ひんやりとした空気が、心地良いのです。

 そんなことを思っていると、グラが手を伸ばして頭の髪飾りに触れました。

 驚いたわたしが振り向いた先には、変わらず感情の起伏に乏しい顔がありましたが、自然と心が落ち着くことが出来たのです。

 薄く微笑んで胸中で感謝しつつ、そっと傍を離れました。

 グラの優しさに甘えてばかりでは、いけないのです。

 氷屋の代表は、わたしなのですから。

 人知れず気合を入れていましたが、セレーナさんは能天気に声を上げました。


「あ、あの鍛冶屋さん、わたしがいつもお世話になってるところなのよ。 工房区画じゃなくて、闘技場近くに店を構えてるのって珍しいわよね」

「はぁ、そうなのですね」


 気のない返事をしながら視線をずらすと、『フェロ鍛冶店』という看板が目に映りました。

 40代くらいの男性が、一生懸命に鎚を振り下ろしているのです。

 鉄錆色の短髪に分厚い眉、朱色の瞳、厚手のズボンに黒のタンクトップ、鉄芯のブーツ。

 胸板が厚く腕は太いのです。

 何やら「鉄は熱いうちに打てってなぁッ!」などと叫んでいますが、暑苦しいのでやめて欲しいのです。

 すぐに前を向いたわたしが引き続き歩いていると、やっと目的地に着いたようなのです。


「ここに入りましょう」


 笑顔のセレーナさんが示したのは、お洒落なカフェでした。

 人気店なのか人も多そうですけど、席はあるのでしょうか?

 疑問に思ったわたしですが、セレーナさんは躊躇いなく中に向かって、店員さんに声を掛けたのです。


「すみません、3人お願い出来ますか?」

「申し訳ありません、ただいま満席で……って、セレーナ様!? いつもお世話になってます!」

「こちらこそですよ。 それで、お願い出来ますか?」

「勿論です! こちらへどうぞ!」


 最初は断ろうとした店員さんですが、セレーナさんの正体を知るなり対応が変わりました。

 これが権力なのですか……。

 少しばかり違う気もしますが、特別扱いされているのは事実なのです。

 微妙な思いを抱えたまま、セレーナさんに付いて行くわたしとグラ。

 案内されたのはテラス席で、外から丸見えなのです。

 当然というべきか、セレーナさんに注目が集まって、ちょっとした騒ぎになっていました。

 なるほど、彼女を宣伝代わりに使っているのですね。

 闘技場の覇者と言い、有名人は大変なのです。

 今回に関しては、ウィンウィンの関係っぽいですが。

 などと考えつつ、セレーナさんの向かい側にグラと並んで座りました。

 すると彼女は、メニューを開きながら問い掛けて来たのです。


「何にする? 遠慮しなくて良いわよ?」

「……本当に奢りなのですね?」

「えぇ、本当よ。 その代わり、少しだけわたしの話を聞いてくれる?」


 可愛らしく小首を傾げるセレーナさん。

 やはり、交換条件があるのですね。

 もっとも、その方がむしろ納得なのですけど。

 グラに目を向けると、彼は小さく頷きました。

 それを受けたわたしも頷き返し、はっきりと告げたのです。

 被害ゼロ、優先なのです。


「聞くくらいなら構わないのです。 あくまでも聞くだけ、なら」

「ふふ、随分と警戒されちゃってるわね。 良いわ、交渉成立ね」


 そう言ってセレーナさんは、改めてメニューを差し出して来たのです。

 さて、どれにしましょうか。

 正直に言って、わたしたちは普段こういったお店に来ないので、良くわからないのです。

 そんなわたしをセレーナさんは不思議そうに見ていましたが、相棒は違いました。


「1、2、3……提示。 ネージュ、これはどうだ? 甘そうで、キミの好みに合いそうだ」

「ショートケーキ……確かに美味しそうなのです。 白いですし」

「肯定。 飲み物はどうする? 砂糖漬けのコーヒーは非推奨」

「う、うるさいのです。 アップルティーにするのですよ。 グラはどうするのです?」


 余計なことを言われたわたしは、顔が熱を帯びるのを感じながら、氷ハンマーでグラの肩をコツン。

 しかし彼は欠片も反応することなく、平然と言ってのけました。


「選択。 我はアイスコーヒーにする」

「ケーキは食べないのですか?」

「不要」

「奢りなのに勿体ない気もしますが……わかったのです」


 メニューを選んだわたしたちは、セレーナさんに目を向けたのです。

 しかし彼女は、何やら口元を手で隠しながら、ニヤニヤ笑っていました。

 どうしたのです……?

 怪訝に思ったわたしが黙っていると、セレーナさんは心底楽しそうに言いやがりました。


「本当に2人は仲良しね。 こっちが恥ずかしくなるくらい」

「な……!? へ、変なことを言わないで欲しいのです。 わたしとグラは相棒なのですから、これくらい普通なのです」

「はいはい、ご馳走様」

「まだ食べていないのです!」

「落ち着け、ネージュ。 それより、キミは決めたのか?」

「あ、うん。 わたし、ここでは同じメニューしか頼まないから」

「なら、サッサと注文しよう」

「わかったわよ」


 肩を竦めたセレーナさんは、店員さんを呼んで注文を伝えてくれました。

 むぅ、からかわれたようで不愉快なのです。

 とは言え、ケーキは楽しみなのです。

 存在は知っていましたが、食べたことはないのです。

 贅沢は敵……なのです。

 そうしてワクワクしながら待っていると、ショートケーキとアップルティー、アイスコーヒーが運ばれて来たのですが――


「……セレーナさん」

「どうしたの、氷屋さん?」

「それは何なのです?」

「うん? あぁ、これはわたしの専用メニューで、激辛100倍カレーって言うの」

「凄く辛そうなのです……」

「当たり前じゃない。 辛くしてるんだから」

「空気が目に染みるのです……」

「すぐに慣れるわよ」


 あっけらかんとセレーナさんは言いますが、理解出来ないのです。

 人より少しだけ甘いものが好きなわたしからすれば、あれは最早食べ物ですらないのです。

 折角のショートケーキも、なんだか美味しくなさそうに見えて来ました……。

 しょんぼりとしたわたしに構わず、セレーナさんは美味しそうにカレーを口に放り込んでいるのです。

 人の気も知らないで……。

 不満をぶつけたくて仕方ないですが、奢ってもらっておいてそれは駄目なのです。

 小さく嘆息したわたしは、強烈な匂いと目に染みる空気を無視して、ショートケーキをフォークで切り分けようとしましたが――半拍。

 グラの口から、白い呼気が漏れました。

 その途端に、わたしの眼前に薄い氷の膜が張られ、匂いと空気を遮断したのです。

 反射的に振り返りましたが、グラは何でもないようにアイスコーヒーを飲んでいました。

 本当に……変なところで過保護なのです。

 思わず苦笑したわたしは、改めてショートケーキを食べ始めました。

 とても甘くて、美味しいのです。

 今度は、グラにも食べさせてあげたいのです。

 そう思っていると、正面から視線を感じました。

 あっという間にカレーを平らげたらしく、セレーナさんがわたしとグラを交互に見ているのです。

 今度は何だというのですか?

 身構えたわたしが不審そうにしていると、彼女は意外そうな声を漏らしました。


「ふぅん。 思ったより、両想いっぽいわね」

「な……!?」

「氷屋さんの一方通行かと思ってたけど、相棒くんも意外と――」

「いい加減にするのです! そんな話なら、もう終わりなのです! グラ、帰るのです!」

「承知」


 乱暴に席を立ったわたしは、本気で店を出ようとしました。

 しかし、直前でセレーナさんが、焦って声を上げたのです。


「待って、待って! もう言わないから! 用件は全く別なのよ!」

「……これが最後なのです。 助けてもらった借りがなければ、とっくに帰っていたのです」

「わかったわよ。 もう、冗談が通じないんだから」

「何か言いましたか?」

「いいえ! それより、これを見て?」


 そう言ってセレーナさんが取り出したのは、1枚の新聞紙。

 これは……。

 見覚えのある内容を読みつつ席に戻ると、氷の膜が音もなく消滅しました。

 グラに横目で感謝してから、正面に向き直るのです。

 そんなわたしにセレーナさんは、真剣な顔で言い放ちました。


「新ダンジョンが見付かったんだって。 知ってた?」

「はい。 今日、号外を撒いている人がいたのです」

「そう、それなら話は早いわ。 わたしと一緒に攻略――」

「却下なのです」

「速くない!?」

「考えるまでもないのです」

「どうして? 朝からずっと見てたけど、貴女たち相当強いわよね? だからこそ声を掛けたんだし」


 ずっと見ていた……全然気付かなかったのです。

 ところがグラは全く動じておらず、様子を見る限り知っていたらしいのです。

 だったら、教えてくれても良かったのに。

 いえ、それは甘えなのです。

 頭を切り替えたわたしは、改めて断りの言葉を紡いだのです。


「関係ないのです。 わたしたちは氷屋であって、冒険者ではないのです」

「そこをなんとか! 報酬なら弾むから!」


 両手を合わせて、拝むように頼み込んで来るセレーナさん。

 報酬を弾む……。

 A級冒険者が報酬を……。

 は……い、いけないのです、いくらお金をもらえようが、わたしたちは氷屋なのです。

 ダンジョン攻略は管轄外なのです。

 微かな葛藤を振り切って、わたしは断固として突っぱねました。


「駄目なのです。 だいたい、強い人なら他にもいくらでもいるのです。 その人たちに、お願いすれば良いのです」

「ううん、貴女たちより強い人はいないわ」

「……言い切るのですね。 根拠はあるのですか?」

「身のこなし、魔術を操る練度、雰囲気……他にも理由はあるけど、決め手は勘かな」

「評価してくれたことだけには、感謝するのです。 ただ、わたしたちはあくまでも氷屋なのです。 どうせなら、氷の出来を褒めて欲しかったのです」

「あ、それも凄いと思ってるわよ? あれだけ完璧に均一な氷を作り上げるなんて、並大抵のことじゃないもの」

「良くわかっているのです。 うちの氷はエレメンで……いいえ、世界一の氷なのです」

「そうそう! だから、一緒に攻略――」

「嫌なのです」

「うぅ、ガード固いわね。 そうだ、相棒くんは? どう考えてるの?」


 わたしでは埒が明かないと悟ったのか、セレーナさんは標的を変えました。

 無駄なのです。

 グラだって、答えは一緒に決まって――


「理由は?」

「え?」

「ダンジョンを攻略する理由は?」

「えっと……そりゃ勿論、誰より先に宝物を手に入れる為に決まってるでしょう? あとになればなるほど、旨味はモンスターの魔石だけになるんだから」

「否定。 キミの理由はそれではない」

「……どうしてそう思うの?」

「A級冒険者、【水槍の勇者】が金銭面で苦労しているとは思えない。 危険を冒してまで、一番槍を務めるのはリスクが高過ぎる」


 キッパリと言い切られたセレーナさんは、押し黙ったのです。

 それにしても、グラが聞く耳を持ったのは意外でした。

 いったい、どうして……。

 まさか、彼女が綺麗だから……?

 だとしたら、頭を小突いてでも連れ帰るのです。

 色香に惑わされるグラなんて、見たくないのです。

 そう考えていたわたしですが、セレーナさんが大きく息を吐き出したことで、意識を引き戻されました。

 すると彼女は顔を背けながら、言い難そうにポツリポツリと声を落としたのです。


「相棒くんの言ったことが、本当の理由よ」

「どう言う意味なのです?」

「だから、新しいダンジョンを最初に攻略するのって、凄く危険なの。 どんなモンスターが出るかわからないし。 だから、わたしが先に行って、情報を集めようと思ったのよ」

「つまり、自己犠牲ですか……」

「そんなつもりはないわ。 無事に帰るのは、大前提だもの。 貴女たちに頼んだのだって、安全を確保する為だし。 でも……確かに氷屋さんに頼むことじゃなかったわね、忘れて頂戴」

「……わかったのです」


 困ったように笑いつつ、セレーナさんは言いました。

 こちらとしては、最初から覚えるつもりはなかったのです。

 セレーナさんの考えはわかりましたが、他人の為に体を張るのはわたしの流儀に反するのです。

 それに、わたしたちは氷屋。

 戦いは最終手段であって、本質は別なのです。

 グラは無言でこちらを見ていますが、わたしの結論は変わらないのです。

 ふと空を見上げると、夕焼けに染まり始めていました。

 頑張って、残りの氷を売り捌かないとなのです。

 それが、氷屋の仕事なのです。











 ネージュの帳簿


 残り氷柱=10本


 今回収入=+0メル

 前回までの収入=+1,005メル

 今回支出=-0メル

 前回までの支出=-0メル

 ―――――――――――――――

 収支総合計=+1,005メル


 定期購入契約(1か月)×1件=2,000メル

 後日5本契約×配送料、初級魔術手数料+20%=600メル

 グラの氷膜=-0メル(相棒割無償)


 次回目的地=商業区画(配達)

次回「スタンプと応急処置、完売なのです」、明日の21:00に投稿します。

よろしければ、★評価とブックマークで応援して頂けると、励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ