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第4話 ギルド規約と勇者の介入なのです

 続いてわたしたちがやって来たのは、闘技場区画なのです。

 石造りの巨大な建造物から、血気盛んな喧しい声が聞こえて来ました。

 外壁には闘技場の覇者である、紅髪の少女のポスターが、所狭しと貼られているのです。

 低めのツインテールで、橙黄色の勝気な瞳。

 スポーティなヘアバンドを身に付け、動き易そうな運動着。

 ナックルガードを付けて構えている辺り、肉弾戦が得意そうなのです。

 ポスターにはスポンサーの印も入っており、彼女は広告塔のような役割らしいのです。

 まぁ、あまり興味ありませんが。

 もう1つ目を引いたのは、同じように貼られている別のポスター。

 内容は、「空の恵みを暮らしへ」……なのです。

 これは『蒼穹財団セレスティア』という公益財団の標語で、都市の様々なことに寄付しているのです。

 この闘技場も、その1つらしいのです。

 ご立派な心掛けだとは思いますが、わたしとは相容れないのです。

 無償で人の為に尽くすなんて、あり得ません。

 あ、そのようなことはどうでも良いのです。

 今は、商売を頑張らなければ。

 ターゲットは、すぐそこにいるのですから。

 試合に出ていたのか、顔が腫れている男性を見付けました。

 躊躇なく近付くわたしに、グラが溜息をついている気がしましたが、気のせいだということにするのです。

 わたしの接近に気付いた男性は驚いていましたが、構わず営業スマイルで語り掛けました。


「大丈夫ですか? 痛そうなのです」

「いや、まぁ、痛いのは痛いけど……」

「そのままにしておくのは良くないのです。 きちんと冷やして、処置を施した方が良いのです」

「そ、そうだね」

「ここに氷があるので、是非使って欲しいのです」

「あ、有難う!」


 何やら感激している様子の男性。

 甘いのです。

 内心でニヤリと笑ったわたしは、男性が布越しに氷を頬に当てた瞬間に告げました。


「医療用の割氷なので、100メルになるのです」

「え!? 金取るの!?」

「当たり前なのです。 氷はわたしたちにとって、大事な商売品なのですから」

「てっきり善意でくれたものかと……」

「ただの善意は赤字。 きちんと回収してこそ……なのです」

「うぅ、わかったよ……」

「毎度ありなのです」


 渋々100メルを差し出した男性に、満面の笑みでレシートを渡しました。

 彼は複雑そうな顔をしていますが、もう用はないのです。

 クルリと身を翻したわたしはその場を立ち去りましたが、またグラから小言が飛んで来たのです。


「容赦ない」

「きちんと役に立っているのですから、詐欺ではないのです」

「肯定。 だが、ほぼ押し売りだ」

「押し売りも商売なのですよ」

「否定。 商売は双方合意の上で行うべき」

「グラは甘いのです。 商売はやるかやられるか、なのです」

「だが、キミのやり方は諸刃の剣だ。 周りを見てみるが良い」


 真剣な面持ちのグラに言われて、仕方なく言われた通りにしました。

 何なのですか、もう。

 そう思いましたが、すぐに答えは判明したのです。

 こちらの様子を窺っていた他の選手たちが、一斉に目を逸らしたことで。

 思わず口元を痙攣させたわたしに、グラは冷たい眼差しを向けて――半拍。

 きっぱりと、言い放ちました。


「1の利を得ることで10を逃しては、無意味」

「……反省するのです」

「1、2、3……僥倖。 それが良い」


 大人しく認めると、グラは満足そうに、わたしの頭にポンポンと手を当てました。

 六花の髪飾りが、微かに揺れたのです。

 だから、子ども扱いしないで欲しいのです。

 そう思いながら、無意識に身を寄せてしまいました。

 こ、これは幟の冷気を感じたかっただけで、他意はないのです。

 グラに文句を言おうとしましたが、その前に彼は聞き捨てならないことを口走りました。


「それにしても、ネージュには悪女の才能があるな」

「人聞きの悪いことを言うなです」


 氷ハンマーを生成して、グラの肩をコツン。

 ジト目を向けるわたしに彼は澄まし顔で応じ、淡々と言葉を並べ立てました。

 そしてそれは、爆弾となったのです。


「キミほど可憐で美しければ、実際にそう言う手段は取れるだろう。 お勧めはしないが」

「……ッ!? ば、馬鹿なことを言うなです! わたしは、誰にでも媚びを売ったりはしないのです!」

「否定。 ネージュは、いつも笑顔を振り撒いている」

「それは営業スマイルなのです! 本当の笑顔を見せるのは……」


 そこで、ピタリと口が止まりました。

 い、今わたしは、何を言おうとしたのでしょう?

 良くわかりませんが、とにかくグラとは徹底的に話し合う必要が――


「おやおや、痴話喧嘩か? 街の氷屋さんは、随分とお暇なんだな」


 聞きたくもない声が聞こえました。

 嘆息しながら振り向いた先に立っていたのは、黒い制服に身を包んだ男性。

 その背後に付き従うように、同じ格好の男性が2人立っているのです。

 無視したいところですが、そうも行きません。


「こんにちはなのです、ソムさん。 そちらこそ一々絡んで来て、暇なのですか?」

「ソムではない! ソムサだ!」

「どちらでも良いのです。 それで、何の用なのです?」

「ふん、聞かなくてもわかっているだろう? ネージュ=ブランシュ、いい加減にギルドに入れ。 貴様のせいで氷の相場価格が下がって、ギルドの収益に影響が出ているんだ」


 腕を組んだソムさん……ではなくソムサさんは、居丈高に要求して来ました。

 せめて、もう少し下手に出られないのですか。

 ちなみにギルドに入ると、様々な恩恵が得られます。

 店を開くなら援助が受けられたり、冒険者パーティなら情報が手に入ったり、クエストを斡旋されたり。

 その代わりに、結構な手数料を取られるのです。

 だからこそわたしは、独立して氷屋を営んでおり、それはこれからも変わらないのです。

 わたしには、グラの助けさえあれば充分なのです。


「お断りなのです。 用件がそれだけなら、失礼するのです。 グラ、行くのです」


 そう言い捨てたわたしは、ソムサさんに背を向けて歩き出しました。

 しかし、今日の彼はしつこかったのです。


「そうは行かんな。 貴様に選択肢はない」

「どう言うことなのです?」

「規約が変わってな。 いくつかの業種は、ギルドへの加入が義務となった。 その中の1つが、氷屋と言うことだ」

「……随分と強引な手を使いましたね」

「何も貴様の為だけじゃない。 都市の繁栄を考えての、全体に対する措置だ」


 ソムサさんがニヤニヤと笑いながら手渡して来た、規約が書かれた用紙を眺めました。

 そこには確かに、「氷屋のギルドへの加入の義務化」と言った内容の文面もあったのです。

 彼は都市の繁栄を考えてなどと言っていますが、明らかに権力者や富裕層が得をする仕組みなのです。

 腹立たしく思いましたけど、決まった以上は従わざるを得ないのでしょうか。

 流石に、エレメンを離れるのは厳しいですし。

 そうしてわたしが懊悩していると、規約用紙を取り上げたグラが、ソムサさんに突き返しました。

 反射的に受け取ってしまったようですけど、かなり驚いていますね。

 それはわたしも同じで、グラの真意がわからないのです。

 しかし、彼は口から白い呼気を漏らし、いつもの泰然とした態度で告げました。


「愚かなり。 我らにこの規約は無効」

「な、何だと!? ふざけるな、この規約は例外なく――」

「やはり、愚かなり。 我らの届け出を確認していないのか?」

「貴様らの届け出だと……?」


 困惑した様子のソムサさん。

 そしてわたしは、この時点でグラの思惑を理解していたのです。


「その通りなのです。 わたしたちはギルドにこそ加入していませんが、都市自体には届け出を出しているのです」

「そ、それが何だと言うんだ? どちらにしても、規約には従ってもらうぞ。 この規約は、都市全体に効力があるんだからな」

「残念ながら、それは出来ないのです。 何故なら、最初にそう取り決めたのですから」

「取り決め……?」

「そうなのです。 わたしたちは、届け出を出した時点での規約は守りますが、後出しの規約は効力外なのです」

「な!? そんな馬鹿げた話がある訳ない!」

「ないと言われてもあるのです。 わたしたちは、未来の利権を放棄する代わりに、恒常的な環境を手に入れたのです。 嘘だと思うなら、確認してみると良いのです。 無駄ですが」

「ぐ……!」


 悔しそうに表情を歪めるソムサさんですが、わたしも密かに恥じていました。

 自分で結んだ取り決めを忘れていたとは……不覚なのです。

 まぁ、当時のわたしは幼くて、グラの言う通りにしていたので、仕方ないということにしておくのです。

 氷は冷たいだけではなく、優しく保持することも出来るのですよ。

 こうして難局を脱したと思われましたが、ソムサさんはまだ諦めませんでした。


「……良いだろう、貴様たちの言い分を認めてやる。 だが! このままで済むと思うなよ?」

「何をするつもりなのです?」

「さぁな。 ただ、ギルドが本気になれば、氷屋の1つや2つどうとでも出来ると覚えておけ」

「……まさか、街の人たちに圧力を掛けるつもりですか? わたしたちからは、買わないようにと?」

「くく、どうだろうな。 しかし、貴様らから誰も買わない未来が来る可能性も、否定はし切れんぞ」


 小癪な……です。

 規約からは守れても、こう言った盤外戦術で来られると、流石に厳しいのです。

 被害ゼロ……は、今回ばかりは無理かもしれません。

 グラと視線を交換したわたしは、苦渋の決断を下そうとしましたが――


「穏やかじゃないですね」


 鈴を転がすような、美しい声が聞こえました。

 わたしたちが一斉に振り向くと、そこに立っていたのはフードを目深に被った女性。

 背中には長槍を背負っているのです。

 ソムサさんたちは怪訝そうにしており、わたしとグラも警戒を強めました。

 周囲でこちらを窺っていた人たちも、どよめいているのです。

 ですが、女性はそれら全てを気にも留めず、フードを取りました。

 水色のウェーブロングヘアーに碧眼。

 胸元は……わたしより、ちょっぴり大きいのです。

 ちょっぴりなのです。

 白と青のメディック風ロングコートを纏っていて、非常に綺麗な人でした。

 とは言え、わたしにとってはその程度の認識。

 ところが、他の人の反応は違いました。


「おい! あれって、A級冒険者の【水槍の勇者(ブレイヴランス)】だよな!?」

「間違いないよ! どうしよう、サインもらえるかな!?」

「いや、流石にそんな状況じゃないでしょ!」

「て言うか、氷屋と何か関係あんのか?」

「どうだろ、今のところ何とも言えない感じだよね」


 興味津々と言った感じの、野次馬連中。

 鬱陶しいのです。

 しかし、今は置いておくとしましょう。

 わたしとしても、彼女がどう言うつもりで声を掛けて来たのか、判断出来かねているのです。

 それはきっと、グラも同じなのです。

 鋭い眼光を女性……【水槍の勇者】さんに突き刺しているのです。

 それでも彼女が堪えた様子はなく、穏やかな笑みを浮かべて声を発しました。


「その子たちは、わたしの友人なんです。 あまり手荒な真似はして欲しくないんですけど」


 誰が友人なのですか。

 思わずそう言い返しそうになりましたけど、彼女に視線で止められました。

 グラを見ると、彼も静観を決め込んでいるのです。

 ここは、流れに身を任せましょうか。

 そうしてわたしが沈黙を選択していると、ソムサさんが大慌てで口を開きました。


「セ、セレーナ様のご友人でしたか! そ、それは、大変失礼致しました!」

「本当はわたしの友人じゃなくてもやめて欲しいですけど……守る順序があります。 ここで退くなら、見逃しますよ」

「か、かしこまりました! おい、行くぞ!」

「は、はい!」


 【水槍の勇者】ことセレーナさんに追い払われたソムサさんは、取り巻きを引き連れて脱兎の如く逃げ出しました。

 何と言いますか、小物感が凄いのです。

 若干呆れた気持ちになりましたが、助かったのは事実。

 ソムサさんたちの背中からセレーナさんに目を移したわたしは、グラと並んで彼女と対峙しました。

 相変わらずセレーナさんは微笑を湛えて、こちらを無言で眺めています。

 あの、そんなに見られると居心地が悪いのですが。

 そう思いつつも、助けてもらったこともあって、文句は言えません。

 するとようやくして、セレーナさんは口を開きましたが――


「氷屋さん、お茶しましょう」


 意味不明なことを言い出しました。

 グラも片眉を跳ねさせて、微かに反応を見せているのです。

 一方のわたしは、野次馬連中のざわめきが大きくなるのと、闘技場の歓声を、他人事のように感じるのでした。











 ネージュの帳簿


 残り氷柱=11本→10本


 今回収入=+100メル(医療用割氷1袋販売)

 前回までの収入=+905メル

 今回支出=-0メル

 前回までの支出=-0メル

 ―――――――――――――――

 収支総合計=+1,005メル


 定期購入契約(1か月)×1件=2,000メル

 後日5本契約×配送料、初級魔術手数料+20%=600メル


 次回目的地=セレーナさん次第

次回「お茶と新ダンジョン、却下なのです」、明日の21:00に投稿します。

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