第3話 空に道を敷くのです
今更ですが、この街は精霊都市エレメンにあるのです。
中央が居住区画で、それを囲むように商業区画や工房区画、ギルド区画に闘技場区画、上流区画があるのです。
高い外壁に囲まれていて、四方に門があり、毎日大勢が出入りしているのだとか。
まぁ、わたしとグラは、ずっとこの街に住んでいるのですけど。
その中でもお得意様が多いのは、先ほどまでいた商業区画なのですが、今いる工房区画にも割と来るのです。
商業区画よりも油の匂いが強く、別方向に活気がありました。
カンカンと金属を打つ音が響き、体感温度も商業区画より高いのです。
暑いのは嫌いなので、グラに近付いて幟の冷気に逃げました。
……別に、グラの傍に行きたかった訳ではないのですよ?
誰に対して言っているかわからないことが脳裏をよぎっていると、頭上でバチッと音が鳴って、反射的に上を向きました。
「アンタら、サッサとしな! チンタラやってんじゃないよ!」
「す、すまねぇ、ポルタ姐さん!」
「いつも言ってるだろ! 電気工事は速さが命! 当然、安全第一だ!」
「ウ、ウス!」
電信柱の上で作業していた導雷工の女性が、大声で眼下の部下(?)に指示を飛ばしていました。
30歳前後で、しなやかな筋肉のワーカー体型。
黒と黄色が混ざったショートボブ、黒のオーバーオール、白のインナー。
腰に絶縁ホルスター、ゴム手袋、絶縁ゴーグル。
あれは、『ポルタ電気』の人たちですね。
街でも電気は普及しつつありますが、まだ高価なのです。
その為、ロウソクの火などで明かりを確保している家庭が、どちらかというと主流かもしれません。
富裕層は別ですけど。
そんなことを思いながら、少し狭い通りを歩いていると――グラに肩を抱かれました。
ちょ!?
何のつもりなのです!?
内心で叫びながらも声を出せずに口をパクパクさせ、彼を見上げました。
その顔は完全なる無表情で、意識しているこちらが馬鹿みたいではないですか。
文句の1つも言ってやろうと思いましたが、その前に事態が変化したのです。
「号外! 号外~!」
途轍もない速度で通りを駆け抜けながら、新聞を撒き散らした少女。
顔は見えませんでしたが、金髪のワンサイドアップがピョコピョコしていました。
何なのですか、もう。
気付かぬうちに手を放していたグラと一緒に、お説教したいくらいなのです。
まぁ、あのままだったら彼女と衝突していた可能性もあるので、庇ってくれたのでしょうけど……。
せめて、一声掛けて欲しいものなのです。
そう思いつつ新聞の1枚を拾い上げたわたしは、内容に目を通しました。
「新ダンジョン発見……ですか」
「肯定。 気になるか?」
「全くなのです。 冒険者パーティなら、飛び付きそうな情報ですが。 取り敢えず、忘れましょう。 どの道、詳細は伏せられているようですし」
「承知。 1、2、3……忘却」
「本当にそれで忘れられるのですか……?」
「記憶としては残る。 だが、意識しないようにすることは可能だ」
「……なるほどなのです」
いまいち納得は出来ませんでしたが、不問としました。
ダンジョンというのは、世界各地に存在するモンスターの巣窟みたいなもの。
普通なら好き好んで行く訳ないのですが、ダンジョンのモンスターは魔石という加工アイテムをドロップするので、換金目的でそれを集めに行く、冒険者と呼ばれる人たちがいるのです。
他にも、ダンジョン内には金銀財宝などが眠っていることがあり、それを期待している者も多いのだとか。
難易度はAランクからDランクが基本ですけど、極稀にSランク扱いになる特殊なダンジョンも確認されるのです。
何にせよ、わたしには関係のないことですけど。
それよりも、やはり工房区画では氷の売れ行きがいまいちで、まだ2本だけなのです。
なんとか頑張って、もう少し売りたいのです。
そう考えていたわたしの耳に、女性の切羽詰まった声が飛び込んで来ました。
「こ、氷屋さん! ちょっと、お願いがあるんだけど!」
「氷なら、1本100メルからなのです」
「そうじゃなくて! 良いからこっちに来て!」
「……仕方ないですね」
本音を言えば関わりたくありませんでしたが、わたしの勘ではお金の匂いがするのです。
それはグラも同じなのか、文句を言うことなく付いて来ました。
そうして連れて来られたのは、路地裏。
そこには、荷物が大量に積まれた荷車があったのですが、馬車と同じく車輪が外れていました。
今日はやけに、この光景を目にしますね。
グラをチラリと見ると、小さく肩を竦めていました。
などと他人事に思っていたわたしたちですが、女性が必死な様子で縋り付いて来たのです。
「お願い! 早くこの荷物を届けないと、商談に間に合わないの!」
「なるほどなのです。 それで? わたしたちにどうしろと?」
「商談先までの道を凍らせて、荷車を滑らせて! 氷術師なら出来るでしょ!?」
「可能か不可能かで言えば、可能なのです」
「だったら!」
「ですが、却下なのです」
「なんで!?」
「道を凍らせたりしたら、他の人たちの迷惑なのです。 それだけではなく、事故の恐れもあるのです。 工房区画での事故は、洒落にならないのです」
「だったら、あたしはどうしたら良いの!?」
「荷車の整備を怠ったことを、後悔するのです。 被害ゼロ、優先なのです」
「そ、そんな……」
絶望した様子で、ガックリと肩を落とす女性。
そろそろなのです。
「5本なのです」
「へ……?」
「氷を5本買ってくれるなら、手を貸すのです」
「ご、5本はちょっと多くない……?」
「失礼するのです」
「わ、わかったから! 5本買うから、お願い!」
「交渉成立なのです」
この場で5本を手渡すのは荷物になるので、後日届けることにしました。
それによって、配送料も頂く算段なのです。
当然、反故にされないように、契約書は交わしたのですよ。
女性は不満そうでしたが、商談が破談になるよりはマシでしょう。
さて、ここからはお仕事の時間なのです。
女性から目的地を聞いたわたしは、言葉を紡ぎました。
「グラ、路面に触らない選択肢を用意するのです」
「承知。 始まりは任せる、終わりは引き受けよう」
様子を窺っていたグラに呼び掛けると、彼は即座に精霊力を練り上げました。
やはり、わたしの相棒は優秀なのです。
グラの口から、白い呼気が漏れて――半拍。
満足の思いを抱いて、薄く微笑んだわたしの頭上に――
「な、何よこれ!?」
氷の道が生成されました。
女性の叫びは無視するのです。
上空から工房区画の東に向かって、建物などの遮蔽物を器用に避けつつ、緩やかに下っていました。
手で押して行くとなると、それなりの時間が掛かる距離ですが、そちらも対策済みなのですよ。
これは【氷道】という、初級氷術なのです。
本来は地面を凍らせて滑走する為のものですが、力量次第では、このように空中に道を生成可能。
ただ、これだけでは不充分。
もっとも、わたしとてグラにだけ任せるつもりなどないのです。
精霊力を高めたわたしは、ポツリと声を落としました。
「行くのです」
「ち、ちょっと!?」
女性の首根っこを掴んで、荷車に乗せました。
そして即座に、荷車の真下から長方形の【氷壁】を発動して、高い位置に運び、氷の道に移動させ――
「行ってらっしゃいなのです」
「きゃぁぁぁぁぁッ!!!?」
容赦なく押しました。
その結果、猛烈なスピードで荷車は氷の道を滑り、瞬く間に目的地に到着するのです。
ただし、このままでは荷車は地面にぶつかって、木端微塵になるのです。
ですが、そうならないことをわたしは知っているのです。
「ふッ……!」
【氷道】の終着点に先回りしていたグラが両手を突き出し、絶妙な力加減で受け止め、無事に荷車を地面に下ろしました。
わたしがあとから滑走して到着すると、グラが【氷道】を水滴1つ残さず消し去りました。
作るだけではなく、消し方も芸術的なのです。
胸中で感心しましたが、取り敢えず言うべきことを言いました。
「これで、依頼は完遂なのです。 【氷壁】の使用手数料、10%を割り増しにするのです」
「は、はい……」
「では、今度は普通に氷を買って下さいなのです。 グラ、行きましょうなのです」
悄然とした女性を放置して、わたしは足を踏み出しました。
すぐにグラも付いて来たのですが、少しばかり表情が硬いのです。
どうしたのでしょうか?
疑問に思ったわたしが黙っていると、彼は鋭い声を発したのです。
「ネージュ、5本は多い。 次回から改善を望む」
「そのようなことはないのです。 あの女性なら、5本は行けると思ったのです。 実際、その通りになったのです」
「だが、我らの手間を考えれば、3本でもお釣りが来る程度だった。 余分に搾取するのは、感心しない」
「甘いのです。 取れるときに取るのは、商売の鉄則なのです」
「肯定。 だが、長期的な視点で見た場合、裏目になる可能性もある。 彼女に恩を売っておくことで、後々大きな収益に繋がる可能性もあった」
「……否定は出来ないのです。 それでも、わたしは目の前の利益を取りに行くのです。 人はいつ、どこで、どうなるかわからないのですから」
「許容。 ただ、1つ覚えておいて欲しい」
「……何なのです?」
グラに何を言われるのかと、身構えました。
そんなわたしを、真っ直ぐに見据えたグラは――
「……ッ!」
「少なくとも我は、ネージュの前からいきなりいなくなったりしない。 それだけは信じて欲しい」
「……そんなこと、最初から疑っていないのです」
「そうか」
優しくわたしの頭を撫でました。
子ども扱いしないで下さいなのです。
憮然として、氷ハンマーでグラの胸をコツン。
それでも顔が紅潮して、気持ち良さを感じてしまいました。
今のわたしは、さぞ間抜けな顔をしているのでしょうね……。
やがて手を止めたグラは、最後に髪飾りを整えてから告げたのです。
六花が太陽の光を反射して、キラリと光りました。
「次の区画に行こう」
「……言われるまでもないのです」
やられっ放しが悔しくて、つっけんどんな言い方になってしまいました。
ですが、グラが気にした素振りはなく、スタスタと前を歩くのです。
むぅ、なんだか釈然としません。
とは言え、これがグラ、わたしの相棒なのです。
苦笑をこぼしてあとを追い掛け、次なるお客さんを探すのでした。
遠くからは、今も号外の声が聞こえて来ましたが、わたしには関係ないのです。
……一応、情報として新聞は持ち帰りますが。
そうして、丸めた新聞紙を鞄に仕舞うわたしに、視線を向ける者がいたことには気付けませんでした。
ネージュの帳簿
残り氷柱=13本→11本
今回収入=+200メル(氷柱2本販売)
前回までの収入=+705メル
今回支出=-0メル
前回までの支出=-0メル
―――――――――――――――
収支総合計=+905メル
定期購入契約(1か月)×1件=2,000メル
後日5本契約×配送料、初級魔術手数料+20%=600メル
次回目的地=闘技場区画
次回「ギルド規約と勇者の介入なのです」、明日の21:00に投稿します。
よろしければ、★評価とブックマークで応援して頂けると、励みになります。