第15話 請求と決断なのです
間に合ったのです。
セレーナさんが孤軍奮闘している姿を見て、真っ先にそう思いました。
それと同時にグラが幟を地面に突き立て、口から白い呼気を漏らしたのです。
彼がやる気になっているのを察したわたしは、内心で苦笑をこぼしてから尋ねました。
「1、2、3……氷、いかがですか?」
そう、わたしたちは氷屋。
あくまでもそう主張したわたしに、セレーナさんは驚いたようでしたが、すぐに笑みを浮かべて叫びました。
「売ってッ!」
「毎度ありなのです」
交渉成立、なのです。
即座にグラを横目で見ると、彼は小さく頷き――半拍。
モンスターが流れ込んで来ていた横穴が、音もなく氷で塞がれました。
モンスターたちはなんとか突破しようとしているようですが、ビクともしません。
流石なのです。
わたしも負けていられません。
グラが新手を封じてくれたとは言え、この空間にはまだ大勢のモンスターが残っているのですから。
それに、わたしは怒っていたのです。
セレーナさんは、わたしにとって……ただの知り合いではないのです。
そんな人に手を出されて黙っていられるほど、わたしは大人ではないのですよ。
瞬時に精霊力を高めて、詠唱を開始しました。
現在進行形で戦っているセレーナさんから、驚いた気配が漂って来ましたが、気にしていられません。
「現れよ凍れる門扉――世界を常冬へと誘え――【凍界氷門】」
上級氷術の短文詠唱を終えると、わたしの前に巨大な氷の門が出現しました。
モンスターたちは怯えたように後退しており、知性を感じさせましたけど、関係ないのです。
自動で開いた門から極寒の吹雪が流れ出し、空間を氷漬けにしながら広範囲のモンスターを凍らせて、砕きました。
入口から中央に向かって扇状に、安全地帯を広げたのです。
それによってセレーナさんへの道を確保したわたしは、【氷道】で地面を凍らせて滑走しました。
通り過ぎた傍から氷を解除することで、足場を元に戻すのも忘れません。
瞬く間に距離をゼロにして、彼女のもとに馳せ参じました。
様子を確認したところ、かなり疲れていますが、体力的にはまだゆとりがあります。
問題は精霊力。
かなり無茶をしたようで、ほぼ枯渇していました。
ですが、これは想定内。
懐から、緑の液体が入った小瓶を取り出したわたしは、セレーナさんに手渡したのです。
彼女は驚いていましたが、端的に告げました。
「精霊薬なのです。 それを飲んで、精霊力を回復するのです」
「こんな貴重なもの……良いの?」
「速くするのです」
「わ、わかったわ」
セレーナさんは僅かに躊躇ったようですが、一息に飲み干しました。
これで良いのです。
満足した気分のわたしは、【氷武】で両腕に氷剣を装着しました。
まだ数は残っているので、手数が必要なのです。
立ち直ったセレーナさんと背中合わせに立つと、彼女から楽しそうな笑声が聞こえて来ました。
何なのです?
モンスターから目を逸らさずに疑問を抱いていると、セレーナさんは言い放ちました。
「こうやって誰かと背中を預け合うの、夢だったのよね」
「そうなのですか? セレーナさんなら、引く手数多だと思っていたのです」
「うーん。 それはそうなんだけど、ちょっと違うのよね。 本気で信頼し合えると言うか、対等の関係で任せ合えると言うか」
「氷屋に、そこまで求められても困るのです」
「あ、この状況でまだそんなこと言うの?」
「当然なのです。 わたしたちは氷屋。 その事実は、何があっても変わらないのです」
「ホント、頑固なんだから……。 ところで、相棒くんは手伝ってくれないの?」
「グラは新手を退けてくれたのです。 あとのことは、わたしだけで充分なのです」
「ふーん。 わたしだけで充分……ね」
「不服なのですか?」
「まさか。 ただ、その言い方だと、相棒くんの方が強く聞こえるわね」
「……サッサと済ませるのです」
「あ、誤魔化した」
「うるさいのです。 被害ゼロ――」
「優先……でしょ?」
「……セリフを取るな、なのです」
「ふふ、1度言ってみたかったのよね。 でも、ここからは真剣よ。 氷屋さん、背中は頼んだから」
「仕方ないのです……」
正直、釈然としませんでしたが、大人しく構えました。
その間もモンスターたちは、怯えたように様子を窺っているのです。
下手に知能があるというのも、考えものなのですね。
などと思いつつ、呼吸を整えたわたしは、声を発しました。
「手早く片付けるのです」
「えぇ! 順序、正しくね!」
気勢を上げたセレーナさんと反対側に向かって、駆け出したのです。
反応が遅れたバーニングナイトが、慌てて炎剣を振り下ろしましたが、遅過ぎるのです。
氷剣で炎剣ごと、真一文字に斬り裂きました。
氷が炎を上回るという、逆転現象。
それはつまり、わたしとモンスターたちの間に、それだけの差があるという証左。
だからと言って誇るつもりはなく、粛々とやるべきことをやるのです。
左前方に集まったファイアドレイクの集団が、炎を吐き出そうとしているのです。
1体では敵わないと悟ったのか知りませんけど、冷静な判断と言えなくもありません。
ただ……少な過ぎるのですよ。
膨大な火炎流を前にしても、わたしは慌てることなく【氷壁】を発動しました。
真っ向から炎を受け止め、シャットアウト。
表面には、溶けた跡すらありません。
モンスターたちから驚愕した空気が流れて来ましたが、舐めないで欲しいのです。
わたしが普段、誰と訓練していると思っているのですか?
静かに精霊力を練り上げて、魔術を解き放ちました。
「【飛氷武】」
10を超える氷の武器が、周囲に浮遊するのです。
辺りのモンスターをグルリと見渡したわたしは、ポツリと声を落としました。
「行くのです」
わたしの指示に従って、氷の武器たちがモンスターを殲滅し始めるのです。
楽をしているように見えるかもしれませんが、決してそうではありません。
【飛氷武】を最大限活用するには、術者の意志が大事なのです。
つまりわたしは、これだけの数の武器を、全て効果的に使えているということなのですよ。
えっへん。
更に、まだ終わりではないのです。
「ふッ!」
すぐ近くにいたレッドゴーレムを2本の氷剣で、十字に斬り裂きました。
魔術だけではなく、自分もきちんと戦うとは、なんて働き者なのでしょう。
……などとふざけるのは、終わりなのです。
敵の数を考えれば、油断は命取りなのです。
気を入れ直したわたしは、またしても精霊力を高めました。
セレーナさんの気配を確認する限り、巻き添えにする危険はないのです。
わたしに集う精霊力の量が危険だと悟ったのか、モンスターたちが殺到して来ました。
無駄なのです。
【飛氷武】によって足止めし、わたしは詠唱を開始しました。
「輝く銀の弾幕よ――我が前に立ち塞がりし者たちを穿て――【銀氷礫幕】」
魔術が完成すると同時に、無数の氷の礫が周囲に生成されました。
このあとの展開は、説明するまでもありません。
一斉に射出された氷の弾幕が、多数のモンスターを蜂の巣にするのです。
これでかなり、数を減らせたはずなのです。
そこでセレーナさんに意識を戻すと、彼女も順調そうでした。
洗練された槍術を中心に、水術を駆使して危なげがありません。
これが【水槍の勇者】ですか……見事なのです。
胸中で称賛していると、彼女が突然呼び掛けて来ました。
「氷屋さん! ちょっと手伝って!」
「もう手伝っているのです」
「そうじゃなくて、こっちに来て! それから、詠唱中のわたしを守って!」
「……致し方ないのです」
指示を受けたわたしは、セレーナさんと合流したのです。
それによって、モンスターたちは一箇所に集まりつつありました。
なんとなくわかったのですよ。
チラリとセレーナさんを窺うと、彼女は強気な笑みで詠唱を始めるのです。
そこにバーニングナイトが斬り掛かりましたが、させないのですよ。
「はッ!」
左の氷剣で炎剣を斬り飛ばし、右の氷剣を胴に突き入れました。
今度はレッドゴーレムが拳を叩き付けて来ましたけど、【氷壁】によって防ぐのです。
すぐさま解除したわたしは、左右の氷剣を逆袈裟に斬り上げ、呆気なく仕留めました。
すると、そのときになって詠唱を完了させたセレーナさんが、必殺の一撃を繰り出したのです。
「【閃裂水刃】ッ!」
わたしたちを中心に、全周囲に水の刃が走りました。
残っていたモンスターを纏めて上下に分割し、塵と化したのです。
素晴らしい威力なのです。
魔術を解除して地面を僅かに濡らしつつ、密かに称賛していたわたしに歩み寄って来たセレーナさんは、ニコリと笑って手を挙げました。
それが何を意味しているのか、一瞬わかりませんでしたが、すぐに理解したのです。
少しばかり逡巡しましたが……結局同じように手を挙げて、顔を背けながらハイタッチしました。
グラ以外とするのは初めて、無性に恥ずかしいのです。
それでも彼女は嬉しそうで、興奮気味に口を開きました。
「有難う、氷屋さん。 本当に助かったわ」
「……わたしは、氷を売りに来ただけなのです」
「うんうん、わかってるわよ。 わたしの為に、たくさん氷を使ってくれたもんね」
敢えて「わたしの為に」を強調した、セレーナさん。
なんだか悔しいですけど、否定はしかねるのです。
微かに顔を赤くしたわたしは言い返せませんでしたが、やられっ放しでは終わらないのですよ。
「じゃあ、早速精算を済ませるのです」
「わかったわよ。 それで、どれくらい?」
上機嫌に、セレーナさんは笑っているのです。
このとき、彼女はどれくらいの額を想像していたのでしょう。
確かなことはわかりませんが、次の反応から考えると、安く見られていたのでしょうね。
「40,000メルなのです」
「……え?」
「40,000メルなのです」
「えっと……命を救われておいて言いたくないけど……高過ぎない……?」
「そう言われましても、計算間違いはしていないのです」
「う、内訳は……?」
「その話をする前に、前提を話しておくのです」
「ぜ、前提?」
「はいなのです。 わたしたちは氷屋ですが、副業でちょっとした小物も取り扱っているのですよ」
「初耳ね……」
「滅多にないことなので、それが普通なのです。 そして、わたしたちは氷術自体には、値段を付けていないのです。 あくまでも、割り増しのオプションになるのです」
「……まさか」
そこでセレーナさんは、仕舞っていた空の小瓶を取り出して、見つめました。
ようやく気付いたのですね。
口元を痙攣させている彼女に、わたしは飛び切りの営業スマイルで告げたのです。
「精霊薬は、とても貴重なのです。 相場で言えば、20,000メルは下りません。 そこに配送料10%と魔術の初級10%、中級30%、上級50%の手数料を割り増しすると、40,000メルになるのですよ」
懐から料金表を取り出して、トントンと突きながら丁寧に説明しました。
セレーナさんはガックリと肩を落としていますが、これでも良心的な方なのですよ。
本当なら各等級の魔術を複数回使ったので、もっと割り増ししたいくらいなのです。
暫くセレーナさんは沈黙していましたが、ようやくして声を絞り出しました。
「……わかったわ。 ここから帰ったら、必ず支払うから」
「よろしくお願いしますなのです」
これにて、一件落着なのです。
そう考えていたわたしですが、セレーナさんの瞳が怪しく光りました。
嫌な予感がするのです。
咄嗟に身構えていたわたしに、今度はセレーナさんが満面の笑みでのたまいやがりました。
「言ったわね?」
「え?」
「帰ったら支払うことに、同意したわよね?」
「……それが何なのですか?」
「わたし、今から奥に行くんだけど」
「馬鹿なことを言わないで下さい。 ここがどれだけ危険か、まだわからないのですか?」
「だからこそよ。 きちんと最後まで攻略して、正確な情報を持ち帰らないといけないわ」
「ですが……」
「それで、どうする? このまま1人で進んだら、戻って来れないかも。 そうなったら、氷屋さんは大赤字よね? 商売人として、それで良いの?」
「……やってくれやがりましたね」
「ごめんね? わたしも必死なのよ」
口では謝っていますが、訂正する気はサラサラなさそうなのです。
ただ……笑顔の奥に、決然とした覚悟が垣間見えました。
放っておいたら、本当に行ってしまいそうなのです。
その場合、彼女の言う通り、わたしたちは大赤字なのです。
いえ、それ以前に……。
懊悩していると、いつの間にかグラがやって来ていました。
手に持った幟から発せられる冷気が、戦闘後の火照った体を、優しく冷やしてくれるのです。
すると彼は、激しく動いて乱れたわたしの髪を整えながら、耳元で囁いたのです。
「ネージュ、もう認めたらどうだ? キミに、セレーナを見捨てることは出来ない」
「グラ……」
「どうしても難しいと言うなら、キミらしい理由を作れば良いだろう」
「わたしらしい理由……」
最後に髪飾りの位置を直してくれたグラは、真っ直ぐに見つめて来ました。
それを受けたわたしは嘆息して、懐から用紙を取り出したのです。
セレーナさんは不思議そうにしていましたが、敢えて淡々と説明しました。
「3か月の定期購入契約書なのです。 これにサインしてくれるなら、手を貸すのです」
「3か月……6,000メルね。 まぁ、ここまで来たら一緒かな。 良いわ、それで手を打ちましょう」
「契約成立、なのです。 あ、長期契約のオマケとして、スタンプを1つ押すのです」
「本当にオマケって感じね……。 まぁ、もらっておくけど」
セレーナさんが苦笑しながら取り出したスタンプカードに、六花印を取り出してポン。
今回も綺麗に咲いたのです。
それにしても、この期に及んできちんとスタンプカードを持っていたとは……。
商売人としては、なくしてくれていた方が得なのですけど、ほんの少しだけ嬉しくなりました。
そうしてセレーナさんが記入した契約書を、大事に懐に仕舞い、力強く宣言したのです。
「何が何でも、生還するのです」
「はいはい。 本当に、お金が好きなのね」
「……商売人なのですから、当たり前なのです」
「否定。 本心は別」
「ん? 本心って?」
「グ、グラ! 変なことを言うななのです!」
小首を傾げるセレーナさんを遮るように、グラの肩を氷ハンマーでコツン。
彼女はますます怪訝そうにしていましたが、無視して足を踏み出すのです。
しかしセレーナさんは、少し慌てた様子で口を開きました。
「ちょっと待って。 魔石は回収しなくて良いの? これだけあれば、かなりの額になるわよ?」
彼女の言葉を聞いて立ち止まったわたしは、グルリと空間を見やりました。
確かに数え切れないほどの魔石が落ちていますが、答えは決まっているのです。
「わたしたちは氷屋であって、冒険者ではないのです。 魔石での収入は、望んでいないのですよ」
「何て言うか……凄いポリシーだと思っておくわ。 まぁ、今は緊急事態だし、のんびりする訳にも行かないか」
「そうなのです。 早く帰って、支払ってもらわないと困るのです」
「お金にがめついのかそうじゃないのか、判断し辛いわね……」
「うるさいのです」
こうしてわたしたちは、ダンジョンの奥へと向かうのでした。
このとき前を向いていたわたしは、グラが空間を眺めて、厳しい表情をしていたことに気付けなかったのです。
ネージュの帳簿
残り氷柱=なし
今回収入=+0メル
前回までの収入=+0メル
今回支出=-1,150メル(氷相場情報料500メル、新ダンジョン情報料650メル)
前回までの支出=-0メル
―――――――――――――――
収支総合計=-1,150メル
精霊薬販売×1=相場20,000メル+配送料10%+魔術使用手数料90%(初級10%、中級30%、上級50%)=40,000メル(帰還後支払い予定)
定期購入契約(3か月)×1件=6,000メル
優先=被害ゼロ
次回目的地=新ダンジョン奥
次回「友だち記念、スタンプをポンなのです」、明日の21:00に投稿します。
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